はじめに、自分の身の上を話すことは、たとえ匿名であっても、とても勇気がいることだと思います。
だからこそ、まずは私自身が、これまでどんな道を歩いてきたのかをお伝えしたいと思いました。
私の経験や思いを知っていただくことで、あなたが少しでも安心して心を開き、
「この人なら話してもいいかもしれない」と感じていただけたら嬉しいです。
私は、父親の顔を知りません。物心ついたときから母子家庭で育ちました。母と姉は身体に障がいを抱えており、生活は決して楽ではありませんでした。
毎日の暮らしは慎ましく、物質的にも精神的にも余裕のない日々でしたが、その中で「愛されたい」「誰かに大切にされたい」という思いを、幼いながらに強く抱えていたことを今でも覚えています。
このような原体験が、私の人との関わり方、心の機微への感受性、そして他者の痛みへの共感力の土台となっています。
経歴
普通科の県立高校に進学し、在学中に初めての恋愛を経験。心から人を愛するということを学びました。卒業後はデザイン系の専門学校へ進学し、クリエイティブな表現を学ぶ日々の中で、自分と向き合う時間も増えていきました。
当時付き合っていた彼女とは遠距離恋愛となりながらも、互いの夢を応援し合う関係を築いていました。しかし専門学校での生活が進む中、クラスメイトとの交流が深まり、自然と相談を受けるようになったことで、新たな恋が芽生えました。遠距離恋愛の彼女とは別れを迎え、新しい彼女と真剣な交際が始まりました。
彼女は恋愛に真剣で、両親への挨拶を経て正式にお付き合いを続けることに。ご両親の配慮で同居を始めたものの、気を使いすぎてしまい、私は一度実家に戻ることになります。若さゆえの未熟さから、再び遠距離となった恋は破綻。復縁を試みましたが、彼女の心はすでに離れていました。
その思いを断ち切るため、オーストラリアへ渡航。ワーキングホリデーを経て、ホームステイ、ファームステイ、英会話学校への通学、長距離バスでの一周旅行、真珠養殖や日本食レストランでの勤務、現地ビジネスカレッジへの進学など、約5年間にわたる多彩な体験を重ねました。様々な国籍・文化背景を持つ人たちとのシェアハウス生活を通じて、多様な価値観を学ぶ貴重な時間となりました。
その後も旅を続け、バックパック一つで世界16か国を放浪。ニュージーランド、インドネシア、シンガポール、マレーシア(ボルネオ)、タイ、ミャンマー、インド、ラオス、カンボジア、ベトナム、香港、台湾、韓国、フィリピン、フィンランドなどを巡り、カメラを片手に風景と心の記録を重ねてきました。
帰国後は日本社会に馴染めない時期もあり、多くの職種を経験しました。結婚式のカメラマン、工場での派遣業務、障害者授産施設の指導員、溶接工、リラクゼーションマッサージなどに従事。中でもリラクゼーションマッサージは15年続け、心と体の癒しに向き合ってきました。
しかしその裏で、ストレスからうつ病を患い、人生をあきらめかけたこともあります。人間関係の悩み、上司からのパワハラ、不倫による心の疲弊、そしてパチンコ・競艇・株の信用取引によるギャンブル依存と破産。何度も「もう終わりだ」と感じながら、それでも生き延びてこられたのは、周囲の温かい支えがあったからです。
本音を打ち明けるには、勇気が必要です。特に身近な人には話せないことも多いです。そんな時、私を救ってくれたのは、信頼できる第三者の存在でした。「誰かに話を聞いてもらえた」ただそれだけでも、心が少し軽くなるものです。そして、「自分だけじゃない」と感じられたことが、大きな力になりました。
だからこそ、私は今この仕事を始めようと決意しました。
もし今、誰にも言えない思いを抱えて苦しんでいる方がいたら、
私のこれまでの経験が、ほんの少しでもあなたの心を軽くするきっかけになれたら——
それが、これまで何とか生き抜いてきた私の歩みに意味を与えてくれると信じています。
私はカウンセラーではありません。特別な資格もありません。
でも、誰よりも“痛みのそばにいた”人間として、
あなたの声に心から耳を傾け、共に感じることはできると思っています。
気を使う必要はありません。
あなたのペースで大丈夫です。
私は、あなたのお話を聴く準備ができています。
人は、自分が経験したことしか、本当の意味で語ることはできないと思います。
だからこそ、私が歩んできた道の中に、あなたの悩みに寄り添える何かがあると信じています。
そして、もしお話が終わったとき、あなたの心が少しでも軽くなって、
「また少しずつでも前に進んでみようかな」と思ってもらえるなら、
それ以上に嬉しいことはありません。
あなた様とお話できることを心から楽しみにしています。
ひろ