戦いに勝つのではなく

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 漫画家のやなせたかしさんが、10月13日に亡くなられました。「手のひらを太陽に」という曲の作詞者としても知られますが、何といっても「アンパンマン」の作者として、とみに有名でしょう。
 絵本『アンパンマン』が誕生して50年、テレビアニメの放映が始まって34年になります。その間、アンパンマンは、つねに子どもたちのヒーローであり、国民的人気キャラクターであり続けているのです。
 幼稚園の面接で、先生から「何が好き?」と尋ねられて、「アンパンマン・・・」と恥ずかしそうに答えていたのを、今も鮮明に覚えています。
 アンパンマンのどこが魅力なのか?なぜ子どもたちは惹かれるのか?――その理由が、やなせさんが亡くなられてから、さまざまな報道を通してわかったような気がします。
 やなせさんは言います。正義のヒーローは「戦いに勝つことではなく、ひもじい者に食べ物を与えることだ」と。アンパンマンのキャラクターは、その信念で貫かれているのです。戦争体験をされたやなせさんならではの発想です。そこから「自分の顔を食べさせることで、飢えから助けてあげる」真のヒーローとして、アンパンマンが誕生したのだそうです。
 「ほんとうの正義というのは、決してかっこいいものではない。必ず自分も深く傷つくものです」とも言われます。
 自らが犠牲になって、弱者や困窮している人を助ける――そこに人びと、特に子どもたちは尊敬のまなざしを持って共感するのでしょう。
大悲の心が私を救う
 「他者を救うために犠牲になる」という出来事は、最近、ほかのところでも話題になりました。
 横浜市緑区のJR線踏切内で、線路上に倒れたお年寄りの男性を、40歳の女性が助け、結果として自身が電車に轢(ひ)かれて犠牲になられました。彼女の行為に対して、種々の反応はあったものの、多くの人々が心動かされ、お花を供え、手を合わせる人が後を絶たなかったといわれます。
 実は、自己犠牲の話は仏教では「付き物」なのです。
 ジャータカ物語では「捨身飼虎(しゃしんしこ)」など、前世のお釈迦さまの善行として数多く語られていますし、「身代わり観音」や「身代わり地蔵尊」など、苦しむ人たちに成り代わって、その苦を引き受ける菩薩の霊験譚(たん)が、全国各地で言い伝えられてきました。
 日本人の心の中に、こうした自己犠牲を伴う救済に深く感動する心、敬い感謝する心が、今もなお、息づいているということなのでしょう。
 かといって、私自身の心の中をのぞいた時に、それがあるかと言えば、お恥ずかしいとしか言いようがありません。
 今、私は、あれだけ世話になった年老いた母を、介護施設に入れたまま、寂しいであろうその母の側に居てあげていません。月に一、二度ぐらいしか顔を見せていないのです。恩知らずなのです。
 また、最近、私は大腸にがんができていたことがわかり、ポリープを切除し、なおかつ、近日、大腸とリンパ節の一部を切除する予定です。そこで思ったことは、いかに大腸に負担をかけていたかということです。つらい思いをさせ苦労をかけ、その上、一部を切り取り捨ててしまうのですから、身勝手としか言いようがありません。申しわけないことです。
 大腸もいのち、リンパもいのち、それらが連携しあって、より大きな「私」と思っている「いのち」を支えていると言えるでしょう。
 まったく都合のいい話ですが、切除されたポリープも、毎日の排泄物も、「自己犠牲」となって、私を生かしてくれているのかもしれません。どんな小さなものであっても、そこにいのちの息吹を感じたならば、それは間違いなく、仏さまの大いなる慈悲のお心に通じるものがあります。
 「摂取不捨(せっしゅふしゃ)」―おさめ取って決して捨てない阿弥陀さまの大悲のお心が、そんな私を救ってくださっています。

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