ワタシ個人的には絶望的なディストピア社会。だが、人によってはそこまで恐ろしいものではないのかもしれません。
ぶっちゃけ、今とそんなに変わらん!という人もいるかもしれない・・・
そんな絶望的状況でも、日本では表にも裏にも属さないでいられる方法があります。
なぜなら、人がいない秘境・樹海がまだ存在しているからです。電波・電力の届かない野生の領域が存在している。
文字通り、サバイバルする、という方法がかろうじて可能。
社会インフラに頼らないサバイバル能力を身に着けておくことで、山にこもりながら、個人の自由を確保することができる。
自主的に行方不明者になる方法です。
野生動物としてこっそり生存していく方法、ですね。
日本の場合は、気候が良いので、食べられる作物も豊富です。採集だけでも、冬以外は生存可能。南部や誰にも知られていない秘湯のある場所なら冬場も可能です。
サバイバル知識、火の起こし方や薬草や危険な動植物の知識、気象を読む知識。狩猟・採集、加工能力、身近なものを使って武器や罠を作る、防寒対策グッズを作る・・・などなどオールマイティーな知識と経験が必要になります。
なーに、何年も戦争が終わったことも気が付かず、東南アジアの密林で生きのびた日本兵もいたんです。やってやれないことはない。
ディストピアをイメージした時、そこは都会である必要があります。狭い範囲にぎゅっと固まって住むことになる。スマートシティ的な空間です。そうでないと、コントロール・管理・監視がしにくい。
ということは、電波の届かない地域、山奥、辺鄙なところは、監視の目が届かない可能性が高い。
家は?服は?病気になったら?動けなくなったら?
・・・ダメならダメで野垂れ死ねばいい。
という、覚悟を持って山や樹海にこもりましょう。
少なくとも、全体で3-4割の人がディストピア社会にNOと意志表示できる状態でなければ、誰も行動を起こそうという気にはなりません。みんなが黙って従順にディストピア社会を受け入れて、行動もしない状態でいる限り、いくら待っても現状は変わらない。ますます悪化するだけです。ディストピア社会は、どんどんエスカレートしていきますが、誰も何も言わない、行動しない以上、ディストピアのまま腐っていくだけです。
特権階級、特にディストピアのような少数寡頭制のコントロール社会の場合では、この腐敗が残虐行為に至ることが多い。
「なんでもできる」「何をしてもいい」と思う人間が至る思考は、みんなほぼ同じです。
支配者層の人たちも、いつ転落するか分からないという危機感がありますから、日々相当なストレスを抱えています。ストレスの吐け口として、非人間的行為に走るんでしょうねぇ。エリートや経営者にSM嗜好の人が多いっていうのも納得です。
理不尽に人が殺される。無念を抱えて死んでいく。人を人とも思わないのが支配している世界ですから。誰かが生贄になっても、それを「自分じゃなくてよかった」とやり過ごすだけです。
「あいつら、人を人だと思ってねぇ」と腹立たしく思うだけでは、現実は何も変わらない。それどころか、そう思っている自分がその毒気にやられて自滅します。
こういう状態になってしまった時でも、一般公務員、会社員・派遣社員といった、ディストピア社会で多くを占める労働者階級の人たちが大勢、一気に、自己保身以外の思考で動くことができれば、秘密警察もその数に対応しきれなくなるので無効化できると思います!
AI技術が発展しても、人をいちいち取り締まるのは人間ですからね。それにデジタル機器を使わなければ、AIとは無縁です。
だが、これはタイミング勝負の賭けになります。
少しでも躊躇すれば、その行動はすぐに鎮圧されてしまいますから、流れが来たと思ったら即座に行動の決断をしなければいけません。隣にいる人の顔色を窺うような人ばかりでは失敗です。
保身で迷い、行動を躊躇した時点で、それは「絶対に」失敗しますからね。
祀りあげられた首謀者が処刑されるだけです。
支配者の側は知っているのです。暴動や反乱の場合、後ろからついて行く人たちだけでは何もできない。集団の中にいる名前も顔もない一人一人では、本当に何もできないんです。
だから、一人の首謀者だけを処刑すればいい。その他大勢は「見殺しにした」という罪悪感と「自分じゃなくてよかった」という卑怯者の安堵感で、本当に動けなくなってしまうんです。立ちすくんでしまうんです。思考停止して、感情に蓋をして、いずれ心が作動していないただの生き物になります。
他人がハメられたり、陥れられた時に「自分じゃなくてよかった」「自分に火の粉が降りかからないでくれ」と願うような人たちばかりでは、ディストピア社会は壊せない。
だから、自分なりのディストピア対策を考えておく必要があるのです。
今、現実として必要なのは、社会をディストピア化させないこと。その流れを止めることです。
前回ご紹介した動画のような、日々その辺に転がっている「何気ない一言」の違和感に気づくかどうか。
その先を想像できるかどうか。
まず、自分が納得できないこと・筋が通らないと思うことを命じられた時にきちんと「嫌です」と意志表示することです。これができなければ、違和感に気が付かないので、ディストピア方向の流れにも気づかないままでしょう。
同調圧力・上の命令でも、納得できない仕事を「やらない」だけで風通しは良くなるはずです。
自分の立場が悪くなるから・お金がもらえないから・一人になっちゃうから・周りに迷惑をかけるから・・・という言い訳はいらないです。
そういうことを考えないで済むような信頼できる人間関係を仕事でもプライベートでも構築してください。
納得できない仕事をし続けて、自分の心を殺して、自殺するような状態にまで自分追い詰める・・・くらいなら、「嫌です」と言ってしまえばいい。あなたが「嫌です」と言ったら、別の人間がその仕事を引き受けることになるのですが、その人も嫌なら「嫌です」と言えばいい。
その仕事に納得できる人がやればいいし、「仕事に納得できる・できないなんて考えたことない。言われた通りにやるのが仕事だろ」と心に違和感なくいられる人たちがやればいいんです。
もちろん、そういう人たちが組織の上に行きます。
そうすると、「心に違和感ない」少数の人たちがその組織を牛耳ることになります。
「心に違和感を覚えさせる」仕事ばかりさせる組織が長続きすることはないのです。
なぜかというと、違和感に気が付かないということは、その人の想像力が鈍いから。本質をとらえることができず、表面だけを繕えばいいという考えで動いているから。誤魔化しとまやかしと幻想で、現実を動かすことはできません。
すぐに組織自体がよどみます。そして「違和感」を持つ人たちは、そういう組織から離れていきます。
残るのは、違和感ない人たちと、心がすでに作動していない人たちだけになります。
ミニ・ディストピアの完成です。
こんな人たちに何ができるというのです?
よどんだ組織が腐り、崩壊していくまで、どれほどの人の生活や命を脅かすか。どれほどの悪臭を撒きちらすのか。こういう組織のせいで、理不尽な亡くなり方をした人たちは、今までもたくさんいます。
だから、気づいたら、即座にその場から立ち去ることを考えなければいけないのです。それが、社会全体や組織を本格的ディストピア化させない方法です。
気づくためには「納得できないことを拒否する」という行動だけでいい。
そして、周りの人たちと信頼しあえる環境に身を置かなければいけません。納得できないことを拒否しても理解してくれる人が一人でもいる場所を探せばいいのです。
そして、もしあなたの「納得できないこと」が、どうしても必要な不可欠な仕事だった場合、信頼関係のある人ならば、ちゃんと事情を説明し、あなたに納得いく説明をして、理不尽なことを要求しているわけではないと分からせてくれるはずです。
今なら、まだディストピア社会じゃないので、命の危険もないしチップを埋め込まれたりもしてないし、人格破壊や収容所送りの心配もありません。
ただ周りの人とちゃんと信頼関係を構築するだけでいい。ただ周りの人と嘘のない関係を築けばいい。
嫌なことを嫌だと拒否するだけでいいのです。それだけで、ディストピア社会に向かいにくくなるはずです。
今ならば、まだ自分の居場所は選べる。納得できる仕事、納得できる環境、納得できる人間関係を選べるのです。
それが無理ならディストピア社会に備えてください。
あなたが生贄になった時、誰も助けてくれないし、知らん顔です。みんな「自分じゃなくてよかった」とほっとしているだけです。
ディストピア社会は、個人個人がバラバラで疑心暗鬼になる状況を意図的に作り出します。人を分断して、団結させない方法は、長い歴史の中でたくさん編み出されています。
また団結している団体、信頼関係のある人間関係の切り崩しは簡単で、ウソや噂を使ったり、お金や立場、家族の利益や不利益を利用して脅す、といった手法が伝統的に使われます。精神的に、肉体的に追い詰めていきます。
末期になりますと、ある日突然、問答無用で逮捕され訳が分からないまま有罪判決が出る。
こうなったら、普通の人間はウサギのように追い立てられる、ただの狩りの対象動物です。
追い詰められた一羽のウサギは、個体差なく、同じ行動をします。
そのために、戦略的に追い詰めていくのです。
現在でもすでに、人が疑問に思わないように、仕事は細分化されています。自分が何の片棒を担がされているかなんて、誰も気づかないし、考えないようにできています。
8割の人間は大勢の波にのまれていきます。そのうちの2-3割くらいは支配者層のプロパガンダに心酔してしまうでしょう。そして1割くらいのナイーブな人たちはかなり早い段階で「本来の人間性」などを口にして再教育施設送りです。それ以外の人たちは、ただただ怯えながら生きていくだけです。
そして、ある時自分が生贄になった時に、初めて、自分が追い詰められたウサギだと気づく。その恐ろしさにやっと気づく。そして、その時にはもう逃げ場なんてありません。
何が恐ろしいって、周りにいる人たちと恐怖を共有できないことです。
あなたの周りにいる人たちが、すでにもう心が作動していない人ばかりだったら、その中に身を置く方が危険になるのです。
誰か特定の人物が神格化・英雄視されるようになったら警戒してください。歴史上の人物の生まれ変わり!とか〇〇神の降臨!救世主!と言ったようなことで、担ぎ上げられる人が出てくるでしょう。仕組まれた演出によって、一見アホみたいな方法で、伝説ができていくのです。
かつてのドイツ人たちも、まさかナチスみたいな政党が世の中をどうこうできるわけない、そんな馬鹿なことが起こるわけないと思っていたのです。
そういう馬鹿なことが、ある時、本当に起きてしまうのです。あれよという間に。
気づいたら、もう手遅れなんです。
その時、あなたは生贄に選ばれているか、あなたの大事な人が生贄になっているはずです。
山にこもる・隠者生活になる人は、少数だがあちこちにいるはずです。もしかしたら、何かの宗教団体が主導する可能性もあります。または、同じ考えや感覚を持った人たちの団体やグループ・サークルが秘密裏に組織化するかもしれません。今の段階ですでにこっそりと「いざという時」の組織化をシュミレーションして動いている団体もあるかもしれませんね。
・・・まずは、自分がどうしたいのか、何が嫌で、何をしたくないのか明確にしておきましょう。そして、それをお互いに尊重できるような人、団体・グループとダイレクトにつながっておきましょう。
「この人なら」と思える人が一人でもいる、恐れを共有できる人がいる、もしくは、そこに行けば仲間がいると分かっている場所があるだけで、人は生きる希望が湧いてくるものです。
ディストピア社会はじわじわとやってくるのです。気づいたら、すでにもうその中にいるのです。今だってすでにもう・・・そうなっていると言えるのかもしれません。