年末から新年にかけて、一大事が発生。実家に帰省中です。
前々から癌の闘病していた父がとうとうダメだということで、急遽実家に戻る。
お正月15日までは飛行機が高いということで、20日に飛行機に乗りました。
もう間に合わない、生きている父とはもう会えないかも・・・と思いきや、驚異的な回復を見せ、数週間は穏やかな日々を過ごしたものの。
やっぱり、医者の言う余命宣告というのは、あながちあてずっぽうではないのだなと実感した次第です。
その後、葬儀だの、手続きだので忙殺され、今に至るということなのです。
在宅のお仕事は、こういうことなので、お休みしますと連絡したら「それならいっそのこと」と、お仕事まで切られ、現在無職。
人生で三度目の無職生活を満喫中。
ちょっとは貯金はあるので、落ち着くまで実家でのんびりする予定。
だけど、あんまりのんびりもできないのが残念ですね。
人の寿命と同じ、貯金にも限りがあるのです(笑)
最近、朝ドラを見つつ、朝食、十時にコーヒーを頂きますが、今までと違って、ネット接続環境がないのでテキトーな暇つぶしのユーチューブも見られないのが残念です。
今、ネット接続が私のモバイルWifiしかないんです・・・。
自宅では無制限のつなぎ放題だったのが、制限ありになり、それで戸惑っているわけです。
暇なのに、ネット接続環境が心もとないため、ブログ更新すら思うようにできないのが残念です。
いやいや、それにしても、昨年のブログ、歓喜の歌、第九。
ちょうど父の死を予感させるような「審判」のカードだったので、改めてタロットすげえ・・・と驚愕したんですね。(ご興味のある方は、ぜひぜひ去年のブログをさかのぼってご覧ください。私的には大発見で驚きの連続だったのですが、どうもなかなかその感覚が上手にシェアできないのが残念)
タロットカードで「死神」のカードは死を意味しない。
本気でおびえなければいけないのは、20番の審判、21番の世界のカードだったわけです。
ラスボスは・・・ラスボスっていうのか?神だったんです!
あぁ、怖い。
父は自宅で息を引き取りましたので、同居家族が見守る中一人で必死で死に向かっていたわけですね。
いやいや、生きている人の中で一人死ななきゃいけない状況って結構大変だなーって。
「お前らはいいよな!死ぬのは俺だもんな!」という気分になるのではないだろうか・・・と今振り返るとちょっと申し訳ないような気がします。
今、父が無事に死んだあと、ちょっと切なくなることがあるのです。
うちの猫。
父が倒れるまで、猫の世話は父の役目だったのです。
餌やりに、ブラッシングに、父が世話してたんですよね。
でね、今、父がいないので、私が代わりにその猫のブラッシングをすることにしてるんですけど・・・どうも気に入らないみたいなのです。
ブラッシングは好きみたいなんですが、私のやり方が違うんだって。
たしかに私の手は父の手ではない。力加減もタイミングも違う。
それが気に入らないんだって。
「おとーさんはもっと上手だった!」「おとーさんみたいにやってよ!」って言われても、ごめん。私、おとーさんのようにはできないんだよ・・・。
相手が猫ですら、切なくなるのに、相手が子供だったらと思うと、想像するだけで泣きそうになります。
「ママはもっと上手にやってくれたよ!」「ママがいいの!」「ママじゃなきゃダメなの!」なんて子供に言われたお父さん、お爺ちゃん、お婆ちゃんの気持ちを考えたら、なんというかもう・・・奥歯がひしひし痛くなるような気持になりますね。
特にお父さんの場合、最愛の妻がなくなっただけでもつらいのに、そのことで子供から純粋に責められたら、もう言葉もないよ。
「こっちが泣きたいよ」
純粋無垢な存在からの、まっすぐな言葉に傷ついて、そのことをこぼす相手もいなかったら、孤独感増すな。
「どうしたらいいんだよ!」
死は理不尽なものなのです。
どうしようもないのです。
猫にそんなことを説明したところで、「どうして?」「なんで?」って顔されるだけ。
「だって、そういう仕組みになっているんだもん」
頭でっかちに理解したつもりでいたって、「そんなのイヤだもん」って拒否されたらなすすべなし。
私が悪いわけではないのに、猫に謝っている今日この頃です。
お仕事再開できる状態ではないので、もうしばらく実家で家事手伝い状態。
仕事も探さなきゃいけないしねぇ(笑)
生きている人同士、お互いに助け合って、支え合っていきましょうね。
理不尽なことばかり起きるけど、その理不尽さが世界です。
・・・そんな納得、しなくていいんだけどね!