ワイ「SNS見ましたか?」
助手「なんの話?」
ワイ「修学旅行に日焼け止めクリーム持っていったら先生に取り上げられて1時間説教食らったっていう話です。」
助手「見たよ。保護者がツイートしてたやつでしょ?ただの日焼け止めなのにヒドイよね。」
ワイ「本当にそう思いますか?」
助手「なんでよ。お肌のケアに必要だし先生がおかしいと思うよ。」
ワイ「それがルールであってもですか?」
助手「うん。当然の権利でしょ。」
ワイ「ルールを破ることは正しいことでしょうか?」
助手「ルールがおかしいってこともあるじゃない?」
ワイ「では問います。そのルールを変えるために保護者は何か行動を起こしたのでしょうか?」
助手「SNS上げたことで問題提起できたじゃない。」
ワイ「その前段階でって意味です。SNSやメディアで取り上げられるのは最終手段であるべきです。」
助手「どういうこと?」
ワイ「保護者として、まずは学校のルールを変えるために話し合いの場を作る努力をしたか?ってことです。」
助手「したかもしれないじゃない。」
ワイ「そうですね。しかし片側の主張だけを見ても全くわからないわけです。」
助手「それはそうだけど。」
ワイ「”してなかった”と仮定するなら、まずプロセスが間違っていると言えます。保護者がするべきはまずルールを改めるために利害関係者の認識を一致させる取り組みをすべきです。」
助手「面倒くさいじゃん。」
ワイ「それですよ。しかしルールは事前に分かってますよね?それを破れば何らかのデメリットが生じることは想像できたわけです。」
助手「確かに。」
ワイ「分かっていてやっていたなら確信犯。分かってなかったのなら想像力の欠如ですよね。」
助手「相変わらず辛辣ね。」
ワイ「まず、”ルール”とは何のためにあるかを考えましょう。」
助手「風紀を乱さないため?」
ワイ「人間は集団で生活する生き物です。ルールがなければ好き勝手して収拾がつかなくなります。だからこそルールが生まれたのではないでしょうか。」
助手「そう言われると間違ってないよね。」
ワイ「ただ、ルールが時代遅れになることもある。それを変えようともしないのも問題と言える。」
助手「でしょ。だから今回の問題が起こったんじゃない?」
ワイ「ただ、各々が<自由に>ルールを破ってしまったら、それこそ無法地帯ですよね。収拾つかなくなるのは目に見えてるわけです。」
助手「うん、わかるよ。」
ワイ「だからこそ、ルールを変えるための取り組み・話し合いをして、お互いが主張をぶつけ合って納得したものを形にする必要があります。」
助手「確かに。」
ワイ「最近は『ルールがおかしい』と言って好き勝手したり、それをSNSで晒す人が多いと感じます。」
助手「よく目にするよ。」
ワイ「ただこれは悪手と思いますね。一方的な主張をして自分に同意するグループを形成するわけです。」
助手「味方をつけるのは大切よね。」
ワイ「その内容が”客観的であれば”に限定されますね。人って自分に有利な情報しか出しませんよ。」
助手「思い当たる節があるわ。」
ワイ「その情報を見た人も『それが正しい』と思い込んでしまう傾向があります。一方的な情報で味方が形成されるわけです。正しいと思いますか?」
助手「それは公平じゃないよね。」
ワイ「情報を見て冷静な判断を下すのって意外と難しいものですよ。情報リテラシーの高い人は一握りと思った方が良いです。」
助手「そうなんだ。」
ワイ「そもそも自分の主張が正しいと思うなら、議論の場で決着をつけられるはずですからね。」
助手「正々堂々やり合えってことね。」
ワイ「そうです。そうすれば正しい結論に導くことができます。」
助手「ここまで言うってことは、アナタもルールは守ってたのよね?」
ワイ「いえ、”ルールは破ってナンボ’がモットーですから。学生時代も好き勝手してました。」
助手「説得力が時空を超えていっちゃったよ。」
ワイ「もしかして炎上しますかね?」
助手「日焼け止めクリームじゃ足りないかもね。」