心を開くのが怖い理由
話してみた。
信頼していた人だった。少しだけ、本当のことを言ってみた。職場でしんどいこと、うまくいっていないこと。「言ってよかった」と思っていた。
しばらくして、別の人が知っていた。
「聞いたよ、大変だったね」と言われたとき、体が固まった。
——ああ、そうか。
それ以来、「打ち明ける」という行動ができなくなった。正確には、「また同じことが起きるかもしれない」という感覚が先に来るようになった。
人を信用したい。でも、怖い。
その感覚、間違っていないと思う。
第1章:「また傷つくかもしれない」は、学習によって生まれた正しい反応だ
打ち明けたことを広められた。信頼したのに、笑い話にされた。弱みを見せたら、利用された。
こういう経験が一度でもあると、「自己開示はリスクだ」という学習が起きる。
これは、感情的になりすぎとか、性格の問題とか、そういうことじゃない。経験から学んだ、正しい反応だ。
問題は、その学習が「この人も信用できないかもしれない」という形で、関係ない相手にも適用されてしまうことだ。
過去に火傷した人が、火を怖がる。それは当たり前だ。でも、ロウソクの炎も電気ストーブも怖くなってしまうと、冬が越えにくくなる。
コトネさん(30代・会社員)は、20代のころ、職場の同期に「好きな人がいる」と打ち明けた。翌日、それがグループ内に知れ渡っていた。
「あれ以来、職場では本当のことを言わなくなった。転職しても、新しい場所でも、同じようにやってきた。安全だけど、なんか孤独だった」とコトネさんは言っていた。
付き合いが深くなりそうな人が現れると、「距離を置こう」という感覚が先に来てしまうそうだ。
「おかしいとはわかってる。でも、怖い」
こういう状態、一人でなんとかしようとしても、なかなか抜けにくい。
なぜかというと、「怖い→近づかない→傷つかない→やっぱり近づかないほうがいい」というループが、うまく機能してしまうから。ループを壊すきっかけが来にくい。
ただ、「近づかない」が長くなると、孤独は深まっていく。
正直な話をすると、僕も似た時期があった。
製造業に入って10年ほど、職場で限界まで追い詰められていた。体重が10キロ近く落ちた。夜はお粥しか食べられない日が1年近く続いた。通院しても良くならないから、やがて通うのをやめた。
「会社を辞めると終わりだ」という感覚が強くて、誰にも言えなかった。心配させたくなかったし、言っても変わらないと思っていた。何より、弱いところを見せることへの恐怖があった。
そのあいだ、コミュニケーション教室に3年通って、年間40〜50万円かけた。一人でなんとかしようとしていた。半年後には、また同じところにいた。
「一人で抜けようとすること」が、ループを維持していたんだとあとでわかった。
じゃあどうすればよかったのか。ここで「正しい答え」を書ければ楽なのだけど、それが書けない理由がある。
「誰に」「何を」「どのタイミングで」話すかは、人によって全然違うから。そして、それを見つけるプロセス自体に、意味があることも多い。
第2章:「全部話す」か「全部隠す」かの二択じゃない
ここで、一つだけ伝えたいことがある。
心を開くというのは、「全部さらけ出す」ということじゃない。
「いつ・誰に・何を・どれくらい話すか」は、自分で決めていい。というより、自分で決めるべきだ。
これを「プライバシーの管理」と言ったりする。自分の情報をどう扱うかの、意思決定だ。
ただ、ほとんどの人は「全部話す(openにする)か、全部隠す(closedにする)か」の二択で考えてしまいがちだ。だから、「心を開く=傷つくリスクがある」という等号になってしまう。
タツヤさん(40代・フリーランス)は、数年前まで「人に悩みを話せない人間」だと思っていた。
変わったのは、ある人と話してから、とだけ言っていた。「全部話さなくていいんだ、とわかったとき、逆に話せるようになった」と。
その後、職場の人間関係が変わったわけじゃない。でも、「自分で選んで話す」という感覚が生まれてから、孤独の質が変わったと言っていた。半年後、「新しい仕事の相談ができる人が3人できた」と言っていた。以前はゼロだった。
ユイさん(30代・育児中)は、子どもが生まれてから、「強くいなきゃ」という感覚が強くなっていた。
あるとき、「全部話さなくていい。今日ここで話せる分だけ話せばいい」という状況があった。そこで初めて、少しだけ本当のことを言えた。
「泣いた」と言っていた。話した内容は大したことじゃなかったけど、「自分で選んで話した」という感覚が初めてあった、とも。
3か月後、「夫に、初めて仕事を辞めたいと言えた」とメッセージが来た。以前は「絶対言えない」と思っていたそうだ。
これらの人たちに共通しているのは、「全部話さなきゃいけない」から解放されたことだ。
何がそれを可能にしたのかは、人によって違う。ただ、「自分のパターンが見えた」という表現を、何人かが使っていた。
そのパターンが何かは、一人で探すより、誰かと話しながら見つけるほうが早いことが多い。
第3章:「自分を守りながら近づく」の難しさ
問題を整理すると、こういうことになる。
「心を開かない→孤独が続く→それが辛い→心を開こうとする→怖い→やっぱり開けない」
このループの中で、「もっと勇気を持て」という話は、あまり機能しない。勇気の問題じゃないからだ。
「じゃあどうすればいいか」という部分を、自分一人で考えようとするとき、たいていは「もっとうまく話せばいい」か「話さなければいい」に戻ってしまう。
でも、それよりもっと前の段階——「自分はどういうときに怖くなるのか」「どういう相手なら少し話せそうか」——ここを見る方法がある。
ただ、これは自分の目で自分の目を検査するような難しさがある。
僕自身、5年ほどこのループにいた。
一人でいろいろやった。本も読んだ。セミナーにも行った。そのたびに「わかった気がした」。でも半年後、また同じところにいた。
「フィードバックなしに自分のパターンを変えた人」を、僕はほとんど見ていない。
正直に言えることと言えないことがある。
「この50分で劇的に変わる」という保証もできない。実際、1回で大きく変わった人はほとんどいない。合わなかったと感じた人もいた。
でも、「自分が今どういう状況にいるのか」を整理する場所として、使ってもらえるかもしれない。「いつ・誰に・何を話すか」を、一緒に考える。それくらいのことはできると思っている。
この記事の最後まで来て、何か引っかかるものがあったなら——
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一人で抱えてきた時間は、思っているより長くなる。僕は5年かかった。そのうちの何年かは、向きが違っていた。
おわりに
「また傷つくかもしれない」という感覚は、正しい反応だと思う。
過去の経験から学んだ、正直な感覚だ。それを「気にしすぎ」と片付けるのは、違う。
ただ、その感覚が強くなりすぎると、孤独が長くなる。
この記事を読んで何か引っかかるものがあったなら、それはたぶん、本当のことだからだと思う。
🙋 このブログを書いている人についてだいき|産業カウンセラー・キャリアコンサルタント会社員時代、職場の人間関係でメンタルが限界に。「このままではまずい」と一念発起し、コミュニケーションを学び直した経験が、産業カウンセラー・キャリアコンサルタントの資格取得につながりました。恋愛・婚活でも7年間で88人とデートを重ねながら、うまくいかない時期が長く続きました。その苦しさを知っているからこそ、脳科学・進化心理学・愛着理論といった知識を「自分ごと」として学び続けてきました。キャリアブレイクコミュニティでは160回以上のワークショップを主催。さまざまな悩みや状況を持つ方と向き合い続けてきた経験が、相談の土台になっています。「記事を読んで、もう少し深く話してみたい」と感じたら、ぜひココナラのサービスをのぞいてみてください。