「やりたいことを見つけよう」というアドバイスの罠
「自己分析をしましょう」「長所と短所を書き出してみて」「将来のビジョンを描いてください」
転職サイトやキャリアコンサルタントは、こう言います。でも、正直なところ、そんなことをしても「やりたいこと」なんて見つかりませんよね。
むしろ、真面目に自己分析すればするほど、「自分には何もない」「特技もない」「これといって好きなこともない」という結論に行き着いてしまう。そして、ますます迷いが深まっていく。
なぜでしょうか?
実は、「やりたいことがわからない」という状態は、あなたに能力がないからでも、経験が足りないからでもありません。過去の否定的な記憶が、本来あなたが持っていた「やりたいこと」を覆い隠してしまっているからなのです。
答えは、未来にあるのではありません。過去の記憶の中に眠っています。
第1章 なぜ人は「やりたいこと」を見失うのか?
脳は「危険なもの」を避けるようにできている
人間の脳には、生き延びるための本能的なシステムが備わっています。それは「危険を避ける」という機能です。
原始時代、私たちの祖先は常に命の危険にさらされていました。猛獣に襲われる、毒のある植物を食べてしまう、部族から追放される、こうした危険を避けるために、脳は「痛い目に遭ったこと」を強烈に記憶するように進化しました。
現代社会では、命を脅かすような危険はほとんどありません。しかし、脳のシステムは変わっていません。「失敗した」「恥をかいた」「否定された」という経験を、脳は「命の危険」と同じくらい重大な脅威として記憶してしまうのです。
「やりたいこと」ではなく「やるべきこと」に支配される
子供の頃、あなたは何が好きでしたか?
絵を描くこと、走ること、虫を観察すること、機械をいじること、本を読むこと、きっと何か、夢中になれるものがあったはずです。
でも、いつの間にかそれらは「趣味」や「子供っぽいこと」として脇に追いやられ、代わりに「勉強しなさい」「いい大学に入りなさい」「安定した仕事に就きなさい」という「やるべきこと」が人生の中心を占めるようになりました。
そして気づけば、「やりたいこと」ではなく「やるべきこと」ばかりを追いかける人生になっていたのです。
ネガティブな記憶は、ポジティブな記憶の5倍強い
心理学の研究によれば、人間は良い出来事よりも悪い出来事を強く記憶する傾向があります。その比率は、約5対1。つまり、1回の失敗体験を打ち消すには、5回の成功体験が必要なのです。
子供の頃に「それじゃダメだ」と言われた一言。 先生に怒られた記憶。 友達に笑われた経験。
たった一度の否定的な経験が、あなたが本来好きだったことを「やってはいけないこと」に変えてしまったのかもしれません。
第2章 「好きだったこと」を封印した、たった一つの否定的な記憶
ケース1:Bさん(32歳・元営業職)の場合
Bさんは、子供の頃、理科が大好きでした。昆虫を観察したり、簡単な実験をしたり、科学雑誌を読んだり、将来は「発明家になりたい」と本気で思っていました。
しかし、小学4年生のとき、担任の先生に理科の自由研究を「こんなもの、役に立たない」と言われました。その一言がBさんの心に深く刺さりました。
それ以来、Bさんは理科に興味を持つことをやめました。「どうせ無駄なんだ」「自分には才能がない」と思い込むようになったのです。
大人になったBさんは、営業の仕事に就きました。でも、心の底から楽しいと思えたことは一度もありませんでした。「やりたいことがわからない」と悩み続け、30歳を過ぎてから会社を辞めました。
ケース2:Cさん(29歳・元事務職)の場合
Cさんは小学生の頃、走るのが好きでした。休み時間になると校庭を駆け回り、体育の授業では誰よりも速く走りました。
ところが中学の陸上部に入ったとき、顧問の先生から「お前は遅い。才能がない」と言われました。周りの部員たちも、Cさんより速い子ばかりでした。
Cさんは「自分は運動に向いていない」と思い込み、部活を辞めました。それ以来、運動をすることがなくなりました。
大人になったCさんは、デスクワークの仕事に就きました。でも、毎日体が重く、やる気が出ません。「何か運動でも始めようかな」と思っても、「どうせ続かない」という気持ちが邪魔をして、一歩を踏み出せませんでした。
ケース3:Dさん(35歳・元エンジニア)の場合
Dさんは中学生の頃、ギターを弾くのが好きでした。毎日練習して、友達とバンドを組んで、文化祭で演奏するのが夢でした。
しかし、ある日、父親から「そんなことやってないで勉強しろ。音楽で食っていけるわけがない」と怒鳴られました。
Dさんはギターをやめました。「親の言うことが正しい」「現実を見なきゃいけない」と自分に言い聞かせました。
大人になったDさんは、エンジニアとして働きました。安定した収入はありましたが、心の中はいつも空っぽでした。「本当にやりたいことは何だろう」と考えても、答えが見つかりませんでした。
共通点:「好きだったこと」と「否定的な記憶」が結びついている
BさんもCさんもDさんも、共通していることがあります。
それは、子供の頃に好きだったことが、たった一つの否定的な記憶によって封印されてしまったということです。
理科が好きだった → 「役に立たない」と言われた → 理科をやめた走るのが好きだった → 「才能がない」と言われた → 運動をやめたギターが好きだった → 「現実を見ろ」と言われた → 音楽をやめた
そして、その「好きだったこと」を思い出そうとすると、同時に「否定された記憶」も蘇ってしまうため、無意識のうちに避けるようになってしまったのです。
第3章 「過去の私テスト」で、封印された「やりたいこと」を掘り起こす
では、どうすれば封印された「やりたいこと」を取り戻すことができるのでしょうか?
その答えが、「過去の私テスト」です。
これは、過去の記憶を肯定的に捉え直すことで、本来あなたが持っていた興味や情熱を掘り起こす方法です。
ステップ1:子供の頃に好きだったことをリストアップする
まず、子供の頃(小学生から高校生くらいまで)に好きだったことを、できるだけたくさん書き出してください。
絵を描くこと
虫を観察すること
ゲームをすること
友達と遊ぶこと
本を読むこと
走ること
歌うこと
何かを作ること
どんな小さなことでも構いません。「これは趣味じゃないし」「大したことじゃないし」と思わずに、とにかく書き出してみてください。
ステップ2:それをやめた「きっかけ」を思い出す
次に、それぞれの「好きだったこと」について、いつ、なぜやめたのかを思い出してください。
多くの場合、そこには誰かからの否定的な言葉や、失敗体験があるはずです。
「それは無駄だ」と言われた
「才能がない」と言われた
「もっと勉強しなさい」と言われた
失敗して恥をかいた
周りと比べて劣っていると感じた
ステップ3:「否定的な記憶」と「好きだったこと」を切り離す
ここが最も重要なステップです。
「否定的な記憶」は事実ではありますが、「好きだったこと」が価値のないものだったわけではありません。
あなたが理科をやめたのは、理科がつまらなかったからではありません。誰かに否定されたから、やめただけです。
あなたが運動をやめたのは、運動が嫌いだったからではありません。「才能がない」と言われて、傷ついたから、やめただけです。
あなたがギターをやめたのは、音楽に興味がなかったからではありません。親に怒られて、諦めただけです。
「好きだったこと」と「否定された記憶」は、本来別々のものです。
ステップ4:「もし否定されなかったら」をイメージする
次に、こんな質問を自分に投げかけてみてください。
「もし、あの時否定されなかったら、今でもそれを続けていただろうか?」
おそらく、多くの場合、答えは「イエス」でしょう。
Bさんは、もし先生に否定されなければ、今でも理科が好きだったかもしれません。Cさんは、もし部活で「才能がない」と言われなければ、今でも走るのが好きだったかもしれません。Dさんは、もし親に怒られなければ、今でもギターを弾いていたかもしれません。
ステップ5:過去の自分を肯定する
最後に、過去の自分に語りかけてください。
「あなたは間違っていなかった」「あなたが好きだったことは、価値があることだった」「あの時、誰かに否定されたのは、あなたのせいじゃない」
過去の自分を肯定することで、封印されていた「やりたいこと」が、少しずつ姿を現してきます。
ステップ6:「今の自分」として再解釈する
そして、子供の頃に好きだったことを、「今の自分」の文脈で捉え直してみましょう。
例えば:
理科が好きだった → データ分析、プログラミング、環境問題に興味がある
走るのが好きだった → ジョギング、トレイルランニング、健康管理に関心がある
ギターが好きだった → 音楽鑑賞、ライブ鑑賞、音楽制作に興味がある
子供の頃の「好き」は、形を変えて今でもあなたの中に残っています。
第4章 「過去を肯定する」ことで見えてくる、本当の自分
実践方法1:小さく始める:「やらなきゃいけない」ではなく「やってみたい」で動く
「過去の私テスト」で掘り起こした「好きだったこと」を、もう一度やってみましょう。
ただし、いきなり大きなことをする必要はありません。
例えば:
理科が好きだった → 科学系の動画を見る、プラネタリウムに行く
走るのが好きだった → 近所を軽くジョギングしてみる、ランニングシューズを買ってみる
ギターが好きだった → 好きな音楽を聴く、楽器店に行ってみる
「やらなきゃいけない」ではなく、「やってみたい」という気持ちを大切にしてください。
実践方法2:「失敗」をジョークにする
もし、再びやってみて「やっぱり向いてないかも」と思ったら、こう考えてみてください。
「まあ、昔好きだったからって、今も好きとは限らないよね」
失敗を深刻に捉える必要はありません。むしろ、「試してみたこと」自体が、一歩前進なのです。
実践方法3:「今の自分」に合わせて調整する
子供の頃と今では、状況も体力も違います。
無理に「昔と同じように」やる必要はありません。
例えば:
理科が好きだった → 専門的な研究はしなくても、科学ニュースを読むだけでも楽しい
走るのが好きだった → タイムを競わなくても、自分のペースで走れば気持ちいい
ギターが好きだった → プロを目指さなくても、趣味で弾くだけで楽しい
「今の自分」に合った形で、好きだったことを楽しんでください。
未来は、過去を肯定することから始まる
「やりたいことがわからない」と悩んでいるあなたへ。
答えは、遠い未来にあるのではありません。あなたの過去の記憶の中に、すでに答えは眠っています。
子供の頃に好きだったこと。誰かに否定されてやめてしまったこと。もう一度やってみたいと、心のどこかで思っていること。
それが、あなたの「本当にやりたいこと」です。
過去を肯定することで、未来が見えてきます。過去の自分を受け入れることで、今の自分が動き出します。
さあ、「過去の私テスト」を試してみてください。封印されていた「やりたいこと」が、きっと姿を現すはずです。