『自分はもうダメだ』と思った日から、小さな成功を積み重ねるまで

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コラム

動けなくなった半年間


カウンセリングルームに入ってきた彼は、少し疲れた表情をしていた。スーツではなく、ラフな服装。目の下には薄い隈がある。

ダイキ「お久しぶりです。今日はどんなお話を聞かせていただけますか?」

クライエント「......あの、実は、まだあまり変わっていなくて」

彼は小さく笑った。自嘲的な笑いだった。

クライエント「前回お話しした案件のこと、覚えてらっしゃいますか? あれから半年経つんですけど、まだ引きずっていて。新しい仕事の話が来ても、なんだか......怖いんです」

ダイキ「怖い、ですか」

クライエント「はい。また失敗するんじゃないかって。いや、失敗するだろうなって。だから、小さい案件しか受けられなくて」

彼は言葉を切った。

クライエント「周りは『そろそろ立ち直ってもいいんじゃない?』みたいな雰囲気なんですけど......自分でもわかってるんです。でも、動けないんですよね」

彼の指が、無意識にテーブルを軽く叩いていた。焦りと不安が、その動作に現れているようだった。

ダイキ「その『失敗』について、もう少し詳しく聞かせてもらえますか? どんなことがあったんでしょう」

クライエント「ああ、そうですね......クライアントから依頼された案件で、納期も予算も全然守れなくて。チームのメンバーにも迷惑をかけて、最終的にはクライアントからもかなり厳しいことを言われて」

彼は視線を落とした。

クライエント「結局、プロジェクトは中止になって。チームも解散して。僕が全部ダメにしたんです」

ダイキ「その時のこと、思い出すとどんな気持ちになりますか?」

クライエント「......辛いです。惨めで、情けなくて。『もう二度とこんな思いはしたくない』って」

彼の声が小さくなった。

クライエント「だから、新しいプロジェクトの話が来ても、頭の中で失敗するシーンばかり浮かんでくるんです。納期に間に合わなくて、クライアントに怒られて、メンバーから責められて......」

ダイキ「失敗するシーンが、具体的に見えてくるんですね」

クライエント「はい。リアルに。だから、もう挑戦する気になれなくて」

失敗の意味を問い直す


ダイキ「その経験は、確かに辛いものだったんですね」

クライエント「はい......」

ダイキ「『全部ダメにした』とおっしゃいましたが、その時のこと、もう少し詳しく聞かせてもらえますか? 何が起きて、どうなったのか」

クライエント「えっと......最初は順調だったんです。でも、途中でクライアントの要望が変わって。それに対応しようとしたんですけど、スケジュールが......」

彼は話しながら、少しずつ状況を整理し始めた。

クライエント「あ、そういえば、メンバーの一人が急に休職することになって。それで人手が足りなくなって......でも、上司には相談できなくて」

ダイキ「相談できなかった、と」

クライエント「はい。『自分で何とかしなきゃ』って思ってて。でも、結局できなくて」

彼は深く息を吐いた。

ダイキ「今お話を聞いていて思ったんですが、『全部ダメにした』というのは、本当に全部あなた一人の責任だったんでしょうか?」

クライエント「......え?」

クライエントは顔を上げた。

ダイキ「クライアントの要望が変わったこと、メンバーが休職したこと、それは避けられないことでしたよね。そして、相談できなかったのは、もしかしたら職場の雰囲気や、あなたの中にある『自分で何とかしなきゃ』という思い込みも関係していたのかもしれません」

クライエント「でも、結果としてプロジェクトは失敗したんです」

ダイキ「その通りですね。プロジェクトはうまくいかなかった。それは事実です」

ダイキは穏やかな声で続けた。

ダイキ「でも、『プロジェクトがうまくいかなかった』ということと、『あなたが全部ダメにした』ということは、同じでしょうか?」

クライエントは黙り込んだ。

しばらく沈黙が流れた。彼は何かを考えているようだった。

クライエント「......同じじゃない、のかもしれません」

彼の声は小さかったが、そこには何か新しい気づきがあるように見えた。

小さな成功体験を思い出す


ダイキ「少し話を変えてもいいですか? あなたがこれまで仕事をしてきた中で、『うまくいった』と思える経験はありますか?」

クライエント「うまくいった......ですか」

彼は少し考えて、ぽつりと言った。

クライエント「ありますよ。小さい案件ですけど、クライアントにすごく喜んでもらえたこととか」

ダイキ「それはどんな案件だったんですか?」

クライエント「地元の小さな会社のWebサイトを作ったんです。予算も少なかったし、納期も短かったんですけど......なんか、やりがいがあって」

彼の表情が少し明るくなった。

クライエント「社長さんが『これが欲しかったんだよ!』って言ってくれて。それで、売上も上がったって後から連絡もらって」

ダイキ「それは素晴らしいですね」

クライエント「でも、小さい案件だから......」

ダイキ「小さい、ですか」

クライエント「はい。大きいプロジェクトを成功させないと、意味がないというか」

ダイキ「なるほど。では、質問なんですが......その地元の会社の社長さんにとって、あの案件は『小さい』ものだったと思いますか?」

クライエント「......え」

彼は言葉に詰まった。

ダイキ「きっと、その社長さんにとっては、とても大きな意味があったんじゃないでしょうか。売上が上がったということは、会社の経営にも影響があったかもしれない。従業員の生活にも関わっていたかもしれない」

クライエント「......そうですね」

クライエントはゆっくりと頷いた。

クライエント「確かに、そうかもしれません。自分では『小さい』って思ってたけど......」

ダイキ「大きいか小さいかは、誰の視点で見るかで変わるんです。そして、もし『小さな成功』を積み重ねていくことができれば、それはやがて大きな自信になっていくかもしれません」

失敗を学びに変える


クライエント「でも、ダイキさん......」

彼は少し躊躇してから、続けた。

クライエント「失敗したことは変えられないじゃないですか。もう、取り返しがつかないんです」

ダイキ「その通りですね。過去は変えられません」

ダイキは静かに答えた。

ダイキ「でも、『失敗』の意味を変えることはできるかもしれません」

クライエント「意味を......変える?」

ダイキ「はい。たとえば、あのプロジェクトから、何か学んだことはありますか?」

クライエント「学んだこと......」

彼は考え込んだ。

クライエント「......困ったときは、早めに相談すべきだった、とか」

ダイキ「それは大事な学びですね。他には?」

クライエント「メンバーの状況をもっとちゃんと把握すべきだった。クライアントともっとコミュニケーションを取るべきだった......」

彼は次々と言葉を紡いでいった。

クライエント「あと、自分一人で抱え込まないこと。無理だと思ったら、素直に言うこと」

ダイキ「たくさんの学びがあるんですね」

クライエント「......そうですね。言葉にしてみると、意外とあるんだなって」

彼は少し驚いた表情をした。

ダイキ「では、もう一つ質問です。もし次に同じような状況になったら、今度はどうしますか?」

クライエント「どうするか......」

クライエントは真剣な表情で考え始めた。

クライエント「まず、困ったことがあったらすぐに上司に相談します。それから、メンバーとも定期的に状況を共有して、問題が大きくなる前に対処する」

ダイキ「具体的ですね」

クライエント「あと、クライアントにも、できることとできないことをちゃんと伝える。無理な要望は、代替案を提案する」

彼の声には、少しずつ力が戻ってきているように感じられた。

ダイキ「それって、あのプロジェクトの前のあなたは、できていたことでしょうか?」

クライエント「......いえ、できてませんでした」

クライエント「つまり......」

彼は何かに気づいたように、目を見開いた。

クライエント「失敗したから、これができるようになった、ということですか?」

ダイキ「どう思いますか?」

クライエント「......そうかもしれません」

彼は静かに笑った。今度は自嘲ではなく、少しだけ前向きな笑顔だった。

悲観的な想像を味方にする


ダイキ「さっき、『新しいプロジェクトの話が来ると、失敗するシーンばかり浮かんでくる』とおっしゃいましたよね」

クライエント「はい......」

ダイキ「それって、実はとても大切な能力なんです」

クライエント「え? でも、ネガティブなことばかり考えて、前に進めなくなってるんですけど」

ダイキ「確かに、そうかもしれません。でも、その『失敗を想像する力』を、少し違う使い方をしてみたらどうでしょう」

クライエント「違う使い方......ですか」

ダイキ「はい。たとえば、次のプロジェクトで失敗しそうになる場面を想像したら、その時に『どうすれば乗り越えられるか』も一緒に考えてみる。失敗を避けるための具体的な行動を、事前にシミュレーションしておくんです」

クライエント「......なるほど」

ダイキ「『納期に間に合わなくなりそうだ』と想像したなら、『じゃあ、週に一度は進捗を上司に報告しよう』とか、『早めにリスクを伝えよう』とか。失敗のシーンを想像するだけじゃなくて、その先の『対策』まで想像してみる」

クライエント「......それって、つまり......」

彼は何かを考えるように、視線を宙に向けた。

クライエント「失敗を恐れるんじゃなくて、失敗を想定して、準備をしておくということですか?」

ダイキ「その通りです。人は誰でも、うまくいかないことを想像すると不安になります。でも、その不安を『準備のためのサイン』として使うことができれば、逆に成功する確率が高まるんです」

クライエント「......そっか」

彼はゆっくりと頷いた。

クライエント「確かに、失敗を想像するのが悪いんじゃなくて、そこで止まってしまうのが問題だったんですね」

ダイキ「そうです。悲観的に想像することは、決して悪いことじゃありません。むしろ、それを活かして準備をすれば、失敗を避ける力になります」

クライエント「なんか......ちょっと楽になった気がします」

彼の表情が、少し明るくなった。

クライエント「プロジェクトは失敗したけど、僕は失敗してない......ということなのかな」

ダイキは頷いた。

ダイキ「失敗から学ぶことができれば、それはもう『ただの失敗』ではなく、『成長の糧』になります。もちろん、辛い経験であることは変わりませんが」

クライエント「......なんか、少し楽になった気がします」

彼は深く息を吐いた。

成長する自分を認める


ダイキ「今日、ここまでお話を聞いてきて思ったんですが、あなたは『認められること』を大事にしてきた方なんじゃないかなと」

クライエント「認められること......」

ダイキ「大きいプロジェクトを成功させて、評価されたい。周りから『すごいね』って言われたい。そういう気持ちがあったんじゃないでしょうか」

クライエント「......確かに、そうかもしれません」

彼は少し照れたように笑った。

クライエント「子どもの頃から、親に褒められたくて頑張ってきたような気がします。テストでいい点を取ったり、習い事で賞を取ったり」

ダイキ「それは素晴らしいことです。でも、もしかしたら今は、少し視点を変えてみてもいいかもしれません」

クライエント「視点を変える、ですか?」

ダイキ「『認められるために頑張る』から、『成長するために頑張る』へ。周りの評価を気にするのではなく、自分が昨日よりも少しでも成長しているかどうかに目を向けてみる」

クライエント「成長......」

ダイキ「たとえば、半年前のあなたと今のあなたを比べてみてください。何か変わったことはありますか?」

クライエントは考え込んだ。

クライエント「......うーん、変わったこと......」

彼はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言った。

クライエント「前は、失敗について考えると、ただ辛いだけだったんです。でも今日、こうやって話してみて......『何を学んだか』とか『次にどうするか』って考えられるようになった気がします」

ダイキ「それは大きな変化ですね」

クライエント「そう......なのかな」

ダイキ「半年前には見えなかった景色が、今は見えている。それは、確実に成長している証拠だと思います」

クライエント「......ありがとうございます」

彼の目には、涙が浮かんでいた。

許容できる損失と小さな一歩


ダイキ「最後に一つ、お伝えしたいことがあります」

クライエント「はい」

ダイキ「次に何か新しいことを始めるとき、『失敗したらどうしよう』って思うのは自然なことです。でも、その時に考えてほしいのは、『何を失う可能性があるか』ということ」

クライエント「何を失う、ですか」

ダイキ「はい。たとえば、新しいプロジェクトに挑戦して、もしうまくいかなかった場合、あなたは何を失いますか?」

クライエント「......時間とか、労力とか」

ダイキ「それは確かにそうですね。では、その損失は、あなたが許容できる範囲でしょうか?」

クライエント「許容できる......」

彼は考え込んだ。

クライエント「うーん......まあ、命を取られるわけじゃないし。仕事を失うわけでもないし」

彼は自分の言葉に少し驚いたような表情を見せた。

クライエント「あれ、そう考えると......そんなに大きな損失じゃないのかも」

ダイキ「そうですよね。そして、もし許容できる範囲の損失なら、挑戦してみる価値があるかもしれません」

クライエント「でも、大きいプロジェクトだと、やっぱり怖いんです」

ダイキ「では、小さく始めてみるのはどうでしょう?」

クライエント「小さく......」

ダイキ「さっき話していた地元の会社の案件みたいに、規模は小さいけれど、自分がコントロールできる範囲のプロジェクトから始めてみる。そして、小さな成功を積み重ねていく」

クライエント「......そうですね。それなら、できるかもしれません」

彼の表情が、少しずつ明るくなっていった。

ダイキ「大切なのは、『完璧にやらなきゃ』と思わないことです。最初から100点を目指すんじゃなくて、60点でもいいから前に進んでみる」

クライエント「60点......」

ダイキ「そうです。60点でも、ゼロよりはずっといいですよね。そして、60点を積み重ねていけば、やがて80点、90点になっていく」

クライエント「確かに......」

彼は何度も頷いた。

クライエント「僕、いつも100点じゃなきゃダメだって思ってたんです。だから、失敗した時のショックも大きかったのかもしれません」

ダイキ「100点を目指すこと自体は悪いことではありません。でも、100点じゃないとダメだと思うと、挑戦すること自体が怖くなってしまう」

クライエント「......本当にそうですね」

彼の目には、涙が少し浮かんでいた。

クライエント「なんか、ずっと自分を追い詰めていたような気がします」

ダイキ「気づけたこと、それ自体が大きな一歩ですよ」

ダイキ「そして、もし失敗したとしても、そこから学べることがある。失敗は『終わり』ではなく、『次へのステップ』なんです」

クライエント「次へのステップ......」

彼は何度も頷いた。

クライエント「なんか、少しだけ前を向けそうな気がしてきました」

未来への一歩


ダイキ「今日のお話を聞いて、次に何かやってみたいことはありますか?」

クライエント「そうですね......」

彼は少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。

クライエント「まず、小さい案件を一つ、ちゃんとやり遂げてみようと思います。最近、知り合いから紹介された仕事があって。規模は小さいんですけど、丁寧にやってみようかなって」

ダイキ「いいですね」

クライエント「それから、失敗したプロジェクトのこと、もう一度振り返って、ちゃんと『学んだこと』をリストにしてみようかなと」

彼の声には、少しずつ力が戻ってきていた。

クライエント「今まで、振り返ることが怖かったんです。でも、今日話してみて、振り返ることで見えてくるものがあるって気づきました」

ダイキ「それは素晴らしいアイデアですね」

クライエント「あと......」

彼は少し照れたように笑った。

クライエント「毎日、『今日成長したこと』を一つでもいいから書き出してみようと思います。小さなことでもいいから」

ダイキ「それはとても良い習慣になると思います」

クライエント「本当に小さなことでもいいんですよね? たとえば、『今日は締切を守れた』とか、『メンバーに声をかけられた』とか」

ダイキ「もちろんです。むしろ、そういう小さな変化に気づけることが、一番大切だと思います」

クライエント「......ありがとうございます」

彼は立ち上がり、深く頭を下げた。

クライエント「ダイキさん、今日来て本当に良かったです。半年間、ずっともやもやしていたものが、少しだけ晴れた気がします」

ダイキ「こちらこそ、ありがとうございました。また何かあれば、いつでも来てくださいね」

クライエント「はい、また来ます」

彼がドアに手をかけた時、振り返ってもう一度言った。

クライエント「あの......プロジェクトは失敗したけど、僕は失敗してない。その言葉、忘れないようにします」

ダイキ「はい。あなたは、確実に成長しています」

彼がカウンセリングルームを出ていく後ろ姿は、来た時よりも少しだけ背筋が伸びているように見えた。

対話を終えて


失敗は、誰にとっても辛い経験だ。プロジェクトがうまくいかなかったこと、チームを解散させてしまったこと、クライアントからの厳しい言葉......それらは、確かに事実として存在する。

でも、「プロジェクトが失敗した」ということと、「あなたが失敗した」ということは、必ずしも同じではない。

失敗から何を学ぶか。次にどう活かすか。その視点を持てたとき、失敗は「ただの終わり」ではなく、「次へのステップ」に変わる。

このクライエントは、半年間ずっと「自分が全部ダメにした」という思い込みに苦しんでいた。でも、対話の中で、失敗の意味を問い直し、小さな成功体験を思い出し、そこから学んだことを言語化していった。

そして最後に気づいたのは、「プロジェクトは失敗したけど、僕は失敗してない」ということ。

これは、ただのポジティブシンキングではない。失敗から学び、成長した自分を認めることで得られる、本当の意味での「前向きさ」だ。

もし今、失敗に苦しんでいる人がこの対話を読んでくれているなら、こう伝えたい。

失敗は終わりじゃない。 小さな成功を積み重ねることから始めてみよう。 そして、失敗を想像する力を、準備の力に変えてみよう。

あなたが失敗から学べたなら、それはもう「ただの失敗」ではない。 それは、次の成功への、確かな一歩なのだから。

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