早く働かなきゃ、でも動けない──プレッシャーの中で見失っていたもの

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プレッシャーの渦中で


カウンセリングルームの椅子に座ったクライエントは、最初、少し緊張した様子だった。手元のハンカチを何度も握りしめては、また広げる。

ダイキ「今日はどんなことをお話ししたいですか?」

クライエント「......毎日、母親から『まだ仕事探してないの?』って言われるんです」

声が小さく、言葉を選ぶように話す。

クライエント「親戚が集まると、『もう働いた?』『求人は見てるの?』って。みんな心配してくれてるんだと思うんですけど......」

そこまで言って、クライエントは言葉を詰まらせた。

ダイキ「......毎日、ですか」

クライエント「はい。朝起きて、リビングに行くと『今日はハローワーク行くの?』って。夕方帰ってきた父親も『どうするんだ?』って......」

クライエントの目に、うっすらと涙が浮かんだ。

ダイキ「毎日聞かれると、どんな気持ちになりますか?」

クライエント「......焦ります。すごく焦るんです。でも、同時に......動けないんです」

「働いていない自分」への罪悪感


ダイキ「動けない、というのは?」

クライエント「求人サイトを開いても、何も目に入ってこなくて。応募しようと思っても、指が動かないんです。それで、自分はダメな人間だって......」

クライエントは俯いた。

ダイキ「ダメな人間、と思ってしまうんですね」

クライエント「だって、もう7ヶ月も経ってるんですよ? 普通だったらとっくに働いてるはずなのに。周りの人は、みんな働いてるのに......」

ダイキ「周りの人と比べてしまう?」

クライエント「はい......。友達のSNSを見ると、みんな仕事の話をしてたり、楽しそうに過ごしてて。私だけ取り残されてる感じがして......」

そこで、クライエントは息を吐いた。長い、深いため息だった。

クライエント「母親は『あなたのためを思って言ってる』って言うんです。でも......怒られてる感じがして」

まじめに努力すれば、という思い込み


ダイキ「お母さんの言葉を、どう受け取っていますか?」

クライエント「......私が、ちゃんとしてないから、って」

ダイキ「ちゃんと、というのは?」

クライエント「まじめに、努力してないから。もっとちゃんと探せば、仕事は見つかるはずなのに......って」

クライエントは、自分を責めるような口調で言った。

ダイキ「まじめに努力すれば、仕事は見つかると?」

クライエント「......そう、思ってました」

ダイキ「思ってました、ということは......?」

クライエント「前の会社で、私、すごくまじめにやってたんです。残業も多かったし、休日も勉強したりして。でも......結局、うまくいかなくて」

クライエントの声が震えた。

クライエント「まじめにやってたのに、評価されなかったんです。周りの人は、そんなに頑張ってないのに、うまくやってる人もいて......」

ダイキ「それで、どう思いました?」

クライエント「......私が、足りないんだって。もっと頑張らなきゃって、思いました」

頑張りすぎた代償


しばらく沈黙が続いた。クライエントは、窓の外を見つめていた。

ダイキ「前の会社では、どれくらい働いていたんですか?」

クライエント「毎日、10時間くらい......。多いときは12時間とか」

ダイキ「12時間......。それを、どれくらい続けていたんですか?」

クライエント「......3年くらい、かな」

ダイキは少し間を置いた。

ダイキ「3年間、毎日10時間以上働いて......体は、どうでしたか?」

クライエント「......疲れてました。でも、みんなそうだったし」

ダイキ「みんなそうだった?」

クライエント「職場の人、みんな忙しかったんです。だから、私だけ休むわけにはいかなくて......」

クライエントは、また俯いた。

クライエント「でも、ある日......朝、起きられなくなったんです」

体が教えてくれたこと


ダイキ「起きられなくなった」

クライエント「目覚ましが鳴っても、体が動かなくて。頭では『起きなきゃ』って思ってるのに......」

クライエントの声が、さらに小さくなった。

クライエント「それから、何日か休んで......結局、辞めることになりました」

ダイキ「辞めることを決めたとき、どんな気持ちでしたか?」

クライエント「......情けない、って思いました。もっと頑張れたはずなのに、って」

ダイキ「もっと頑張れた、と」

クライエント「はい......。でも、今は......」

クライエントは言葉を探すように、しばらく黙っていた。

クライエント「今は、あのまま続けてたら、本当に壊れてたかもって......思うこともあります」

ダイキ「壊れてた」

クライエント「はい......。夜、眠れなくなってたし、食事も喉を通らなくて。でも、それでも『頑張らなきゃ』って......」

クライエントの目から、涙がこぼれた。

休むことへの罪悪感


ダイキはティッシュを差し出した。クライエントは、小さく「ありがとうございます」と言って受け取った。

ダイキ「今、実家で過ごして7ヶ月......この期間は、どんな感じですか?」

クライエント「......最初の2ヶ月くらいは、とにかく寝てました。それから、少しずつ起きられるようになって......」

ダイキ「体は、回復してきた?」

クライエント「......まだ、疲れやすいです。でも、前よりは......」

ダイキ「前よりは、良くなってきている」

クライエント「はい。でも......」

クライエントは、また俯いた。

クライエント「休んでることが、すごく申し訳なくて。母親は『いつまで休むつもり?』って言うし......」

ダイキ「休むこと自体に、罪悪感がある?」

クライエント「......はい。働いてない自分に、価値がないって感じがして」

「働かない=価値がない」という思い込み


ダイキ「働いてない自分には、価値がない」

クライエント「......そう、思ってしまうんです」

ダイキ「それは、いつ頃から思うようになりましたか?」

クライエント「......子どもの頃から、かもしれません」

ダイキ「子どもの頃?」

クライエント「母親が、よく『ちゃんと働かないとダメ』って言ってたんです。親戚の人が仕事を辞めたときも、『あの人はダメね』って......」

クライエントは、少し苦しそうに笑った。

クライエント「だから、働いてない自分は、ダメな人間だって......無意識に思ってたのかもしれません」

ダイキ「お母さんの言葉が、今も影響している」

クライエント「......はい」

ダイキ「今のあなたは、本当に『ダメな人間』でしょうか?」

クライエントは、顔を上げた。

クライエント「......え?」

ダイキ「3年間、毎日10時間以上働いて、体を壊すまで頑張った。それでも『ダメ』なんでしょうか?」

クライエントは、言葉に詰まった。

気づきの瞬間


ダイキ「もし、あなたの大切な友達が、同じ状況だったら......何て声をかけますか?」

クライエントは、しばらく考えていた。

クライエント「......『よく頑張ったね』って......言うと思います」

ダイキ「『よく頑張ったね』」

クライエント「はい......。『無理しなくていいよ』って」

ダイキ「でも、自分には?」

クライエント「......言えないです」

ダイキ「なぜでしょう?」

クライエント「......わからないです。でも......」

クライエントは、自分の手を見つめた。

クライエント「友達だったら、休んでいいって思えるのに......自分のことだと、そう思えなくて」

ダイキ「そうですね。自分に厳しくなってしまう」

クライエント「......はい」

ダイキ「でも、今、気づきましたね。友達には『休んでいい』と言えることに」

クライエントは、ゆっくりと頷いた。

周囲のプレッシャーの正体


ダイキ「お母さんや親戚の方々は、なぜ『早く働け』と言うと思いますか?」

クライエント「......心配してるから、だと思います」

ダイキ「心配している」

クライエント「はい。私がこのままずっと働かないんじゃないか、って......」

ダイキ「お母さんたちは、何を心配しているんでしょう?」

クライエントは、少し考えた。

クライエント「......私の将来?」

ダイキ「将来......。具体的には?」

クライエント「お金のこととか、一人で生きていけるかとか......」

ダイキ「なるほど。では、お母さんたちは......あなたのことを心配して、声をかけている」

クライエント「......そう、だと思います」

ダイキ「でも、あなたには、どう聞こえていますか?」

クライエント「......責められてるみたいに、聞こえます」

ダイキ「責められている」

クライエント「はい......。『あなたはダメだ』って言われてるみたいで」

言葉の裏にあるもの


ダイキ「お母さんの『早く働きなさい』という言葉......もし、別の言い方だったら、どう感じますか?」

クライエント「......別の言い方?」

ダイキ「たとえば、『体は大丈夫? 無理しないでね。でも、将来のことも少しずつ考えていこうか』みたいな」

クライエントは、目を見開いた。

クライエント「......そう言われたら、違います」

ダイキ「どう違いますか?」

クライエント「......責められてる感じがしない。心配してくれてるって、わかります」

ダイキ「そうですね。同じ『心配』でも、伝え方で受け取り方が変わる」

クライエント「......はい」

ダイキ「お母さんは、もしかしたら、自分の世代の常識で話しているのかもしれませんね」

クライエント「常識......?」

ダイキ「お母さんたちの時代は、『まじめに働けば、ちゃんと暮らせる』という時代だったかもしれません」

クライエント「......そうかもしれません」

ダイキ「でも、今は......?」

クライエント「......違いますよね。まじめに働いても、報われないこともある」

クライエントは、少し楽になったような表情をした。

自分のペースを取り戻す


ダイキ「今、あなたに必要なことは、何だと思いますか?」

クライエント「......休むこと、ですか?」

ダイキ「そうですね。でも、それだけじゃない」

クライエント「......?」

ダイキ「自分のペースを、取り戻すこと」

クライエントは、じっとダイキを見つめた。

ダイキ「周りのペースに合わせすぎて、自分のペースを見失っていませんでしたか?」

クライエント「......そう、かもしれません」

ダイキ「会社でも、みんなが働いているから、自分も働かなきゃ、と」

クライエント「はい......」

ダイキ「実家でも、お母さんが『働け』と言うから、働かなきゃ、と」

クライエント「......はい」

ダイキ「でも、今のあなたの体は、何て言っていますか?」

クライエントは、自分の胸に手を当てた。

クライエント「......まだ、休みたいって......言ってる気がします」

ダイキ「そうですね。体の声を、聞いてあげることも大切です」

小さな一歩の見つけ方


ダイキ「ただ、休むだけじゃなく......少しずつ、動き出す準備もできるといいですね」

クライエント「動き出す準備......?」

ダイキ「たとえば、今、何か興味のあることはありますか?」

クライエント「......特には......」

ダイキ「じゃあ、前の仕事で、少しでも楽しかったことは?」

クライエントは、しばらく考えた。

クライエント「......お客さんと話すのは、好きでした」

ダイキ「お客さんと話すこと」

クライエント「はい。ありがとうって言われると、嬉しくて」

ダイキ「そういう瞬間があったんですね」

クライエント「はい......。でも、それ以外は......」

ダイキ「それ以外は、辛かった」

クライエント「......はい」

ダイキ「では、次に働くとしたら......『お客さんと話す』みたいな、あなたが好きだった部分がある仕事を探すのはどうでしょう?」

クライエント「......できるでしょうか」

ダイキ「すぐじゃなくていいんです。でも、『自分が何を大切にしたいか』を考えることが、第一歩になります」

呼吸を整える


ダイキ「今日、一つだけ、やってみてほしいことがあります」

クライエント「......何ですか?」

ダイキ「呼吸を、ゆっくりすること」

クライエント「呼吸......?」

ダイキ「はい。焦っているとき、私たちの呼吸は浅く、速くなります」

クライエント「......そう、かもしれません」

ダイキ「意識的に、ゆっくり呼吸してみてください。10秒かけて息を吸って、10秒かけて吐く」

クライエント「......10秒......」

ダイキ「やってみますか?」

クライエントは頷いた。ダイキと一緒に、ゆっくりと呼吸を始めた。

吸って......吐いて......。

数回繰り返すと、クライエントの表情が、少し和らいだ。

クライエント「......少し、落ち着きました」

ダイキ「そうですね。焦りを感じたとき、呼吸を整えると、気持ちも落ち着きます」

未来への小さな希望


セッションの終わり頃、クライエントは少し前向きな表情になっていた。

クライエント「......今日、話してみて、少し楽になりました」

ダイキ「良かったです」

クライエント「自分が、こんなに自分を責めてたんだって......気づきました」

ダイキ「大きな気づきですね」

クライエント「母親の言葉も、本当は心配してくれてるだけなのかもって......思えるようになりました」

ダイキ「そうですね。伝え方の問題かもしれません」

クライエント「......次、実家に帰ったら、母親に話してみようと思います」

ダイキ「どんなことを?」

クライエント「今は、まだ休みたいこと。でも、少しずつ、自分のペースで動き出そうとしてることを......」

ダイキ「素晴らしいですね」

クライエント「......怖いですけど」

ダイキ「怖いですよね。でも、自分の気持ちを伝えることは、大切な一歩です」

クライエントは、小さく笑った。

クライエント「はい......。ありがとうございます」

カウンセリングルームを出るとき、クライエントの足取りは、来たときより少し軽くなっていた。

まだ、これからの道は見えない。でも、少なくとも今日、一つだけ分かったことがある。

自分を責めることをやめて、自分のペースで歩いていい。

それだけで、少しだけ、未来が明るく見えた。


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