毎月6万円ずつ減っていく。40代独身、転職活動10ヶ月目の選択

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貯金が減っていく恐怖


ダイキのカウンセリングルームに入ってきたタカシさんは、少し疲れた表情をしていた。椅子に座ると、まずは深呼吸をしてから口を開いた。

タカシ「ダイキさん、最近全然眠れないんです。夜中に目が覚めて、スマホで銀行口座の残高を確認してしまうんですよね...」

ダイキ「夜中に、ですか」

タカシ「はい。もう何度も見てるのに、また見ちゃうんです。当たり前ですけど、残高は減ってるだけで増えてない。それを確認するたびに、ドキドキして...」

タカシさんは言葉を切った。その表情には、言葉にならない不安が浮かんでいた。

ダイキ「残高を確認する時、どんな気持ちになりますか?」

タカシ「......怖いんです。このまま減り続けたら、どうしようって」

少し間を置いて、タカシさんは続けた。

タカシ「前の会社を辞めてから、もう10ヶ月経ちました。最初は貯金が400万円くらいあったんです。でも今は...250万を切ってます」

ダイキ「10ヶ月で150万円ほど...」

タカシ「そうなんです。月に平均すると、15万円くらい使ってることになりますよね。でも失業給付をもらってた期間もあったから、実際はかなり使ってて...」

タカシさんは手元の資料を見ながら、少し早口で説明を続けた。

タカシ「社会保険が月3万円、住民税が月2万円、家賃が5万円。それだけで10万円です。食費と光熱費で4万円として...月14万円は最低でもかかる。でも収入がないから、全部貯金から出ていくんです」

ダイキ「収入がない中で、毎月そのくらいの支出が...」

タカシ「はい。しかも、これだけじゃないんです」

「自己投資」という名の出費


タカシさんは、少し躊躇するような表情を見せた。

タカシ「転職活動のために、いろいろお金を使ってしまったんです...」

ダイキ「転職活動のために、というと?」

タカシ「まず、資格のスクールに通いました。30万円です。それから、キャリアコーチングを受けて...これが15万円。あとは、スーツを新調したり、ビジネス書を買ったり...」

タカシさんは指を折りながら数えていく。その様子からは、自分でも驚いているような雰囲気が感じられた。

タカシ「全部で...たぶん60万円くらい使ってます。貯金の減少分の半分近くが、こういう『自己投資』なんです」

ダイキ「60万円を、転職活動のために...」

タカシ「そうなんです。でもこれって、必要な投資だと思ってたんです。『転職するなら、スキルを磨かないといけない』『プロのアドバイスを受けないと成功しない』って、いろんな人に言われて...」

そう言って、タカシさんは少し言葉に詰まった。

タカシ「でも、結果が出てないんです。書類選考は通るようになったけど、面接で落ちる。もう20社以上受けて、全部ダメで...」

ダイキ「20社以上...」

タカシ「『まだ足りないのかな』って思うんです。もっとスキルを磨かないといけないのかな、もっとコーチングを受けた方がいいのかなって。でも、貯金はどんどん減っていく。このまま続けていいのか、それとも...」

タカシさんの声が小さくなっていった。

父親の失業と、刷り込まれた恐怖


ダイキ「お金が減っていくことへの不安は、いつ頃から強く感じるようになりましたか?」

タカシさんは少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。

タカシ「...たぶん、昔からです。私が就職活動をする少し前に、大きな経済危機があったんです。父親がその時、会社をクビになったんです」

ダイキ「お父さんが...」

タカシ「はい。父は当時50代でした。それまでずっと真面目に働いてきた人だったのに、ある日突然『会社を辞めることになった』って。家族全員、頭が真っ白になりました」

タカシさんは、まるで昨日のことのように鮮明に覚えているかのように話した。

タカシ「ニュースでは、毎日のように『失業者が増えている』『ホームレスが増えている』って報道されてました。私、その時思ったんです。『仕事を失うって、こういうことなんだ』って」

ダイキ「仕事を失うことが、どういうことだと...?」

タカシ「......終わりなんだって思いました。人生が終わるんじゃないかって。父は結局、半年後に別の会社に就職できたんですけど、給料は半分以下になって...母はパートに出るようになったし、私の大学の学費も奨学金に頼ることになりました」

タカシさんは、少し震える声で続けた。

タカシ「だから、私は絶対に『安定』を手放しちゃいけないって思ってたんです。新卒で入った会社は、正直向いてなかったんですけど...辞められなかった。14年間、ずっと我慢して働き続けました」

ダイキ「14年間...」

タカシ「でも結局、メンタルが持たなくて辞めちゃったんです。今思えば、もっと早く辞めてれば良かったのかもしれない。でも、あの時の父の姿が頭にあって...『仕事を失ったら終わりだ』って、ずっと思ってたんです」

ダイキはゆっくりとうなずいた。タカシさんの中に刷り込まれた恐怖の正体が、少しずつ見えてきた。

止まらない比較と、募る焦り


ダイキ「今、転職活動をしている中で、一番しんどいことは何ですか?」

タカシさんは少し考えてから、静かに答えた。

タカシ「...周りと比べちゃうんです」

ダイキ「周りと?」

タカシ「SNSとか見ちゃうんですよね。同世代の人たちが『転職しました!』『年収アップしました!』って投稿してるのを見ると...自分は何やってるんだろうって」

タカシさんは、スマホの画面を見るような仕草をした。

タカシ「前の会社の同期なんか、もう管理職になってるし、家も建ててるし、子どももいる。それに比べて私は...貯金を切り崩して、毎日求人サイトを眺めてるだけで」

ダイキ「それを見ると、どんな気持ちになりますか?」

タカシ「......焦ります。『早く何とかしないと』って。このままだと本当に貯金が尽きちゃう。そうなったら、本当に...」

言葉が途切れた。タカシさんは、手で顔を覆った。

しばらく沈黙が続いた。ダイキは何も言わず、タカシさんのペースを待った。

やがて、タカシさんはゆっくりと手を下ろした。

タカシ「すみません...情けないですよね。40過ぎた大人が、こんなことで...」

ダイキ「情けないとは思いませんよ」

ダイキ「タカシさん、一つ聞いてもいいですか。貯金が尽きたら、どうなると思いますか?」

タカシさんは少し驚いた表情を見せた。

タカシ「え...?」

ダイキ「具体的に、どうなると思いますか?」

タカシ「......それは、その...」

タカシさんは言葉を探すように、視線を泳がせた。

タカシ「...ホームレスになるとか、死ぬとか...そういう...」

ダイキ「本当にそうなると思いますか?」

タカシ「......」

タカシさんは黙り込んだ。その表情には、困惑と、そして何か気づきかけているような雰囲気があった。

不安の正体


ダイキ「タカシさんは、お父さんが失業した時のことを覚えてるんですよね」

タカシ「はい...」

ダイキ「お父さんは、ホームレスになりましたか?」

タカシ「いえ、なってません。半年後に就職できましたし...」

ダイキ「家族は、どうなりましたか?」

タカシ「...みんな、なんとか生活してました。大変でしたけど...死ぬようなことには...」

タカシさんは、ハッとした表情になった。

ダイキ「タカシさんの中には、『仕事を失う=人生の終わり』という強いイメージがあるんですね。でも、実際にお父さんを見てきた経験では、『大変だったけど、何とかなった』という記憶もある」

タカシ「......そうですね」

ダイキ「どちらが現実に近いと思いますか?」

タカシさんは、しばらく黙っていた。そして、小さな声で言った。

タカシ「...何とかなる、のかもしれないですね」

ダイキ「今の時代、タカシさんが就職活動をしてた時とは違いますよね」

タカシ「はい...人手不足だって言われてますし、実際、書類選考は通るようになってるし...」

ダイキ「貯金が250万円あるということは、まだ1年以上は生活できるということですよね」

タカシ「そうですね...月15万円使っても、16ヶ月は...」

タカシさんは、少しずつ表情が和らいでいくのがわかった。

ダイキ「不安は、未来に起こるかもしれないことへの警告なんです。タカシさんの中の不安は、『このままだとまずいよ』って教えてくれてる」

タカシ「警告...」

ダイキ「ただ、その警告が大きすぎて、現実が見えなくなることもある。タカシさんは今、『絶対に失敗できない』『貯金が尽きたら終わりだ』っていう強い恐怖の中にいる。だから、焦って自己投資にお金を使ってしまったり、夜中に何度も残高を確認してしまったりする」

タカシ「......そうかもしれません」

ダイキ「でも、その不安のおかげで、タカシさんは転職活動を続けてこられたとも言えますよね」

タカシさんは、少し驚いた表情を見せた。

ダイキ「もし不安がなかったら、『まあ、いつか何とかなるでしょ』って何もしないかもしれない。不安があるから、毎日求人を見て、応募書類を書いて、面接の準備をする。不安は、タカシさんを動かすエネルギーにもなってるんです」

タカシ「...そうか。不安が、私を動かしてるのか...」

タカシさんは、初めてそのことに気づいたかのように、ゆっくりとうなずいた。

「失うものを意識する」という力


ダイキ「タカシさん、一つ質問があるんですが」

タカシ「はい」

ダイキ「もし、今の転職活動がうまくいかなかったら、何を失うと思いますか?」

タカシさんは、少し考えてから答えた。

タカシ「...貯金、ですかね。それと、時間。あとは...自信とか、プライドとか...」

ダイキ「それは、本当に失われるものですか?」

タカシ「え...?」

ダイキ「貯金は減るかもしれない。でも、ゼロになるまでには、まだ時間がありますよね。時間は、誰にとっても平等に過ぎていくもの。自信やプライドは...誰かに奪われるものではなくて、タカシさん自身が手放すかどうかを決められるものです」

タカシさんは、じっと考え込んでいた。

ダイキ「逆に、今のまま焦って自己投資を続けたら、何が起こると思いますか?」

タカシ「...貯金が、もっと早く減る」

ダイキ「そうですね。そして?」

タカシ「...もっと焦る。もっと不安になる。で、また何かにお金を使っちゃう...」

タカシさんは、ハッとした表情を見せた。

タカシ「悪循環、ですね...」

ダイキ「今のタカシさんは、『何かをしないといけない』という焦りの中にいる。でも、その『何か』が本当に必要なのか、立ち止まって考える時間がなかった」

タカシ「...そうかもしれません」

ダイキ「心理学の研究で、こんなことがわかっています。『失うものを意識する』と、人は誘惑に負けにくくなるんです」

タカシ「失うものを、意識する...?」

ダイキ「例えば、タカシさんが何か新しい自己投資をしようと思った時。『これをやったら、貯金が10万円減る。そうしたら、生活できる期間が何ヶ月減るだろう?』って具体的に考えてみる」

タカシ「ああ...」

ダイキ「それでも必要だと思えるなら、やればいい。でも、『とりあえずやっておいた方がいいかも』っていう曖昧な理由だったら、やめておく。そうやって、失うものを意識することで、本当に大切なことに集中できるようになるんです」

タカシさんは、深くうなずいた。

タカシ「そうか...私、『とりあえず』でいろいろやってたかもしれません」

小さな目標と、小さな行動


ダイキ「タカシさん、今日からできることを、一つ決めてみませんか?」

タカシ「今日から、ですか」

ダイキ「はい。すぐにできる、小さなことです」

タカシさんは少し考えてから、言った。

タカシ「...夜中に、銀行口座を見ないようにする、とか?」

ダイキ「いいですね。具体的には、どうやって?」

タカシ「スマホを、寝室に持ち込まないようにします」

ダイキ「それ、今日からできますか?」

タカシ「...できます」

ダイキ「もう一つ、お金に関することで決められそうなことはありますか?」

タカシさんは、しばらく考えてから言った。

タカシ「...新しい自己投資をする前に、一週間考える時間を作る」

ダイキ「一週間考えて、それでも必要だと思ったら?」

タカシ「その時は...メリットとデメリットを紙に書き出してから決める」

ダイキ「素晴らしいですね」

タカシさんは、少し照れたように笑った。

ダイキ「不安は、なくならないかもしれません。でも、不安との付き合い方は変えられます」

タカシ「不安との、付き合い方...」

ダイキ「『不安があるから、ちゃんと考えよう』『不安があるから、慎重に決めよう』って。不安を敵にするんじゃなくて、味方にしていく」

タカシさんは、深く息を吸って、吐いた。

タカシ「...少し、楽になった気がします」

ダイキ「今日話したこと、覚えておいてくださいね。貯金が減ることは怖い。でも、タカシさんには時間がある。焦らなくても、ちゃんと考えながら進めば、必ず道は開けます」

タカシ「はい...ありがとうございます」

タカシさんは立ち上がり、ダイキに深々と頭を下げた。その背中は、来た時よりも少しだけ軽くなっているように見えた。

カウンセリングルームを出るタカシさんを見送りながら、ダイキは思った。

経済的な不安は、誰にでも訪れる。でも、その不安に飲み込まれるのではなく、不安を力に変えていくことができる。大切なのは、立ち止まって考えること。そして、小さくてもいいから、自分で決めて、自分で動くこと。

タカシさんの次の一歩が、きっと良い方向につながっていくだろう。


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