「壊れた」と思った日が、始まりだった

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コラム

初めての面談


カウンセリングルームに入ってきたクライエントは、少し緊張した面持ちで椅子に座った。

クライエント「あの......正直、カウンセリングって初めてで、何を話せばいいのかよくわからなくて」

ダイキ「大丈夫ですよ。まずはゆっくり、今のお気持ちを聞かせてもらえますか?」

クライエントは少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。

クライエント「去年の秋ごろから、体がずっとだるくて。最初は季節の変わり目だからかなって思ってたんです。でも、どんどん悪化して......気づいたら、朝起きられなくなってました」

ダイキ「朝、起きられない?」

クライエント「はい。目は覚めるんですけど、体が重くて。ベッドから出るのに1時間とか......」

彼女の声には、自分を責めるような響きがあった。

「頑張らなきゃ」の罠


クライエント「それで、休職することになったんです。最初の1ヶ月は、本当に何もできなくて......」

ダイキ「何もできない、というのは?」

クライエント「文字通り、です。テレビも見られない、本も読めない。ただベッドで横になってるだけ。こんなの、時間の無駄だなって......」

少し間を置いて、クライエントは続けた。

クライエント「それで、2ヶ月目くらいから、少し動けるようになったんです。それで思ったんです。『このままじゃダメだ。何かしなきゃ』って」

ダイキ「それで、何をされたんですか?」

クライエント「まず、毎朝ジョギングを始めました。体力つけなきゃって思って。それから、前から興味があった資格の勉強も始めて......あと、友達に誘われて、山登りにも行きました」

ダイキ「......それで、どうなりました?」

クライエントは少し俯いた。

クライエント「......余計に、しんどくなりました。最初は良かったんです。『動けてる!』って。でも、1週間もしないうちに、また起きられなくなって。しかも、前よりもっと......重いんです」

彼女の声が震えた。

見えない疲労


ダイキ「その時、どんな気持ちでしたか?」

クライエント「......情けなかったです。せっかく動けるようになったのに、すぐダメになって。『私、何やってもダメなんだ』って......」

ダイキは静かに頷いた。

ダイキ「動けるようになった時、『何かしなきゃ』って思ったんですよね」

クライエント「はい......だって、休んでばかりいたら、体力も落ちるし、頭も働かなくなるじゃないですか」

ダイキ「そうですね。多くの人がそう考えます。でも、ひとつお聞きしたいんですが......その時、疲れは取れていましたか?」

クライエント「......え?」

ダイキ「動けるようになった、というのと、疲れが取れた、というのは、実は違うことなんです」

クライエントは少し驚いたような顔をした。

ダイキ「例えば、スマートフォンのバッテリーをイメージしてもらえますか。残量が10%くらいの時に、少し充電したら20%になりました。『お、充電できた!』と思って、すぐに使い始めたら......」

クライエント「......また、すぐ切れちゃいますね」

ダイキ「そうなんです。人間の体も同じで、少し回復したからといって、すぐにエネルギーを使う活動を始めると、また枯渇してしまうんです。しかも、疲れている時は、同じことをするにも、普段の2倍、3倍のエネルギーを使ってしまうんです」

クライエントは目を見開いた。

クライエント「......そんなこと、誰も教えてくれませんでした」

「楽しいこと」の落とし穴


ダイキ「山登りは、どうでしたか?」

クライエント「......楽しかったんです。久しぶりに、『生きてる』って感じがして。でも、帰ってきてから、3日間ベッドから出られませんでした」

ダイキ「楽しかったのに?」

クライエント「はい......それが、わからなくて。楽しいことなら、元気になるはずじゃないですか?」

ダイキ「そう思いますよね。でも、『楽しい』と『エネルギーを使わない』は、別のことなんです」

クライエントは少し考え込んだ。

ダイキ「山登りって、楽しいですけど、体力を使いますよね。資格の勉強も、頭を使います。ジョギングも、体を動かします。どれも、エネルギーを消費する活動なんです」

クライエント「でも......じゃあ、何もしないでいいんですか? それって、逃げてるだけじゃ......」

ダイキ「『何もしない』というより、『エネルギーを充電する』という考え方はどうでしょうか」

クライエントは黙って、ダイキを見つめた。

「離れる」「休む」「工夫する」


ダイキ「実は、体調を崩した時の回復には、順番があるんです」

クライエント「順番?」

ダイキ「はい。まず『離れる』。次に『休む』。それから『工夫する』」

クライエント「......離れる?」

ダイキ「そうです。まず、疲れの原因から離れること。物理的に、時間的に、心理的に」

クライエントは少し考えてから、小さく頷いた。

クライエント「......確かに、休職して、職場からは離れました」

ダイキ「それは大きな一歩ですね。で、次が『休む』。これが実は一番難しい」

クライエント「難しい......?」

ダイキ「多くの人が、『休む』ということができないんです。なぜなら、休んでいると『時間を無駄にしている』『何もしていない自分はダメだ』と思ってしまうから」

クライエントは、ハッとした表情になった。

クライエント「......まさに、私です」

ダイキ「そうですよね。でも、考えてみてください。充電中のスマホは、『何もしていない』わけじゃない。充電という、とても大切な作業をしているんです」

気づきの瞬間


クライエントは、しばらく黙って考えていた。そして、ゆっくりと口を開いた。

クライエント「......私、ずっと『壊れた』と思ってました。体も、心も、何もかも。でも......」

彼女の目に涙が浮かんだ。

クライエント「もしかして、壊れたんじゃなくて......『止まれ』って、体が言ってたのかもしれない」

ダイキはゆっくりと頷いた。

ダイキ「どうしてそう思いましたか?」

クライエント「だって......ずっと走り続けてましたから。学生の時から、止まったら負けだと思って。就職して、昇進して、プロジェクトを任されて......立ち止まることが、怖かったんです」

クライエントは、ハンカチで涙を拭った。

クライエント「それで、体が先に音を上げたんですね。『もう無理だよ』って」

ダイキ「そうかもしれませんね」

「ブレイク」の意味


クライエント「最近、ふと思ったんです。友達が『キャリアブレイク』って言葉を教えてくれて」

ダイキ「キャリアブレイク?」

クライエント「仕事から離れて、休息する期間のことらしいです。でも、『ブレイク』って、壊れるって意味ですよね......」

ダイキ「そうですね。でも、英語の『break』には、もう一つ意味がありますよね」

クライエント「......休憩?」

ダイキ「そう。それに、『breakthrough』——突破、っていう意味もあります」

クライエントは目を見開いた。

ダイキ「壊れたように見えた瞬間が、実は、新しい何かへの『break』、転機だったとしたら?」

クライエント「......転機」

ダイキ「今までの生き方が限界に来ていたから、体が『もう違う道に行こう』って教えてくれた。そういう見方もできませんか?」

クライエントは、長い沈黙の後、小さく頷いた。

クライエント「......そうかもしれません」

小さな一歩


次の面談で、クライエントは少し表情が明るくなっていた。

クライエント「あれから考えたんです。私、ずっと『何かしなきゃ』って思ってたけど、それって結局、元の自分に戻ろうとしてただけなんですよね」

ダイキ「元の自分?」

クライエント「バリバリ働いて、結果を出して、認められて......でも、その生き方が限界だったから、こうなったわけで」

ダイキ「そうですね」

クライエント「だから......新しい自分を見つけるために、まずちゃんと休もうって。充電しようって思ったんです」

ダイキ「素晴らしい気づきですね。具体的に、何か変えましたか?」

クライエント「はい。まず、朝のジョギングをやめました」

ダイキ「おお」

クライエント「代わりに、窓を開けて、深呼吸するだけにしました。5分だけ。それで、『今日は天気いいな』とか、『鳥が鳴いてるな』とか......そういうことに気づく時間にしたんです」

ダイキ「いいですね」

クライエント「資格の勉強も、一旦やめました。代わりに......」

彼女は少し照れくさそうに笑った。

クライエント「昼寝を、許可することにしました。眠くなったら、タイマーを20分にセットして、罪悪感なく寝る」

ダイキ「罪悪感なく、ですか」

クライエント「はい。これが一番難しかったです。でも、『充電中』って思うようにしたら、少し楽になりました」

過去を振り返る


ダイキ「少し、過去のことをお聞きしてもいいですか。今の生き方、『止まったら負け』って考え方は、いつ頃から?」

クライエントは少し考えた。

クライエント「......たぶん、中学生の頃からです。母親が、いつも言ってたんです。『頑張らないと、置いていかれるよ』って」

ダイキ「お母さん?」

クライエント「母は、自分が夢を諦めた人生だったみたいで......私には、絶対に後悔してほしくないって。だから、いつも『もっと頑張りなさい』『もっとできるはず』って」

彼女の声が少し震えた。

クライエント「愛情だったと思うんです。でも......いつの間にか、『頑張ってる自分』じゃないと、価値がないって思うようになってました」

ダイキ「そうだったんですね」

クライエント「だから、休むことが怖かった。止まったら、私の価値がなくなるって......」

今、そしてこれから


最後の面談で、クライエントは穏やかな表情で話し始めた。

クライエント「先生、最近気づいたんです。私、『壊れた』んじゃなくて、『壊された』んだって」

ダイキ「壊された?」

クライエント「自分で自分を。『もっと頑張れ』『休んじゃダメだ』って、ずっと自分を追い込んで......そうやって、自分で自分を壊してたんです」

ダイキ「......そうですね」

クライエント「でも、今は違います。『壊れた』んじゃなくて、『ブレイクした』んだって。人生の転機なんだって」

彼女は笑顔を見せた。

クライエント「この3ヶ月、ちゃんと休んで、充電して......少しずつ、新しい自分が見えてきた気がします」

ダイキ「どんな自分ですか?」

クライエント「まだ、はっきりとは見えてないんです。でも......『頑張ってる自分』じゃなくて、『ただ生きてる自分』に価値があるって、思えるようになりました」

ダイキ「素晴らしいですね」

クライエント「これから、どうするかはまだわからないです。でも、焦らないことにしました。時間を味方につける、って先生が言ってたように」

ダイキ「そうですね。焦らず、自分のペースで」

クライエント「はい。今は、毎朝窓を開けて深呼吸して、昼寝を罪悪感なくして......夜は8時間寝る。それだけで、十分すぎるくらい価値があるって、思えるようになりました」

エピローグ


カウンセリングを終えて、クライエントは明るい表情で部屋を出ていった。

人生の転機は、時に「壊れた」と感じる瞬間としてやってくる。でも、それは本当に「壊れた」のだろうか。

もしかしたら、それまでの生き方が限界に来ていて、新しい道へ進むための「ブレイク」——休息であり、突破口だったのかもしれない。

大切なのは、その転機をどう捉えるか。そして、焦らずに、自分のペースで、充電する時間を持つこと。

「頑張ってる自分」ではなく、「ただ生きてる自分」に価値がある。

そう思えた時、本当の意味での回復が始まるのかもしれない。


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