「孤独」という言葉の重み
タカシさんは、カウンセリングルームに入ると、少し疲れた表情で椅子に座った。
タカシ「最近、なんだか......一人でいるのが辛くなってきたんです」
ダイキ「一人でいるのが、辛い」
私はタカシさんの言葉を繰り返した。
タカシ「はい。会社を辞めてから、毎日ほとんど一人で過ごしてるんですけど......最初は自由で良かったんです。誰にも気を使わなくていいし、自分のペースで仕事できるし」
タカシさんは一度言葉を切った。
タカシ「でも、気づいたら......誰とも話さない日が何日も続いてて。それで、なんか......」
ダイキ「なんか、どんな感じになりました?」
タカシ「......孤独、ですかね」
その言葉を口にした瞬間、タカシさんの表情が少し曇った。
孤独という感覚の正体
ダイキ「タカシさんにとって、孤独ってどういう状態なんでしょうか」
タカシ「え......? どういう状態......」
タカシさんは少し考え込んだ。
タカシ「誰とも繋がっていない感じ、でしょうか。誰も自分のこと気にかけてくれない、みたいな」
ダイキ「誰も気にかけてくれない」
タカシ「はい。会社にいた頃は、嫌な上司もいましたけど、それでも毎日誰かと顔を合わせて、雑談したり、ランチ食べたり......そういうのがあったんです」
タカシさんは窓の外を見た。
タカシ「今は、本当に誰とも会わない日が続くんです。家族以外とは、ほとんど......」
ダイキ「家族とは話すんですね」
タカシ「はい、実家に住んでるので。でも、なんていうか......それでも孤独なんです」
タカシさんの言葉には、自分でも理解できない矛盾が含まれているようだった。
一人でいることと孤独は違う
ダイキ「タカシさん、ちょっと聞きたいんですけど......今、一人でいることと、孤独って、同じものですか?」
タカシ「え......?」
タカシさんは少し驚いた顔をした。
ダイキ「つまり、一人で部屋にいるときと、孤独を感じるときって、いつも一緒ですか?」
タカシ「......いや、違いますね」
タカシさんは少し考えてから答えた。
タカシ「一人で作業してるときは、別に孤独じゃないです。集中してるときは、むしろ心地いいくらいで」
ダイキ「心地いい」
タカシ「はい。でも、作業が終わって、ふっと一息ついたときとか......夜寝る前とか、急に......なんか、ぽっかり穴が空いたみたいな感じになるんです」
タカシさんは胸のあたりに手を当てた。
ダイキ「ぽっかり穴が空いた感じ」
タカシ「そう......それが孤独なのかな、って」
本当に欲しいもの
ダイキ「タカシさんがその穴を感じるとき、何があったら埋まると思います?」
タカシさんは少し黙った。
タカシ「......誰かと繋がってる感じ、ですかね」
ダイキ「繋がってる感じ」
タカシ「はい。誰かが自分のこと気にかけてくれてるとか、自分が誰かのこと気にかけられるとか......そういう感じです」
ダイキ「気にかけ合える関係」
タカシ「そうです。会社にいたときは、それが自動的にあったんですよね。別に深い関係じゃなくても、『今日はどう?』とか『昨日のあれ、大変だったね』とか、そういう些細なやり取りが......」
タカシさんの声が少し詰まった。
タカシ「......それが、今は全くないんです」
エネルギーを奪う関係、与える関係
ダイキ「会社にいたときの人間関係って、タカシさんにとってどうでした?」
タカシ「え......?」
ダイキ「心地よかったですか?」
タカシさんは少し困った顔をした。
タカシ「......正直、めちゃくちゃ疲れてました」
ダイキ「疲れてた」
タカシ「はい。特に最後の方は......上司の顔色を常に伺って、同僚との関係も気を使って、それだけで一日が終わる感じでした」
タカシさんは深く息を吐いた。
タカシ「だから辞めたんです。もう限界だったから」
ダイキ「限界だった」
タカシ「はい。でも......辞めたら辞めたで、今度は孤独で......」
タカシさんは自分の言葉に戸惑っているようだった。
タカシ「......なんか、矛盾してますよね」
ダイキ「矛盾してるように感じる?」
タカシ「はい。あんなに疲れてたのに、今は人が恋しいなんて......」
気づきの瞬間
ダイキ「タカシさん、もしかしたらですけど......会社の人間関係が恋しいんじゃなくて、『安心できる繋がり』が欲しいのかもしれないですね」
タカシさんはハッとした顔をした。
タカシ「......安心できる、繋がり」
ダイキ「会社の人間関係は、繋がりはあったけど、安心はできなかった」
タカシ「......そうですね」
タカシさんはゆっくりと頷いた。
タカシ「いつも警戒してました。何か言ったら評価が下がるんじゃないかとか、嫌われるんじゃないかとか......」
ダイキ「警戒しながらの繋がり」
タカシ「はい。だから、繋がってるようで......本当は繋がってなかったのかもしれないです」
タカシさんの目に、少し涙が浮かんだ。
タカシ「......だから、今こんなに孤独なのかな」
人はエネルギーを使う
私たちはしばらく沈黙した。タカシさんは自分の手を見つめていた。
ダイキ「タカシさん、人と関わるって、エネルギーを使いますよね」
タカシ「はい......すごく使います」
ダイキ「特に、安心できない関係だと」
タカシ「そうですね。会社では、もう......毎日クタクタでした」
ダイキ「今はどうですか? 一人でいて、エネルギーの感じって」
タカシさんは少し考えた。
タカシ「......あ、そういえば、最初の頃は元気だったんです。体も軽くて、朝もスッキリ起きられて」
ダイキ「最初の頃は」
タカシ「はい。でも、最近また疲れてきて......」
ダイキ「それは、どんなことで疲れてるんでしょう?」
タカシさんははっとした表情になった。
タカシ「......孤独を感じることで、疲れてるのかもしれないです」
孤独を恐れる心
ダイキ「孤独を感じると、どうなります?」
タカシ「不安になります。このまま誰とも繋がれなかったらどうしようとか、自分は必要とされてないんじゃないかとか......」
タカシさんの声が震えた。
タカシ「そういうことばかり考えて、夜も眠れなくなることがあって......」
ダイキ「不安で眠れなくなる」
タカシ「はい。それで、焦って......誰かに連絡しようとしたり、SNSを見たり......でも、結局誰にも何も言えなくて」
タカシさんは疲れた顔で続けた。
タカシ「それで余計に疲れるんです」
ダイキ「不安が、エネルギーを奪っていく」
タカシ「......そうですね。そういうことかもしれないです」
本当に必要なもの
ダイキ「タカシさん、今のタカシさんに必要なのって、何だと思います?」
タカシさんは長い間黙っていた。
タカシ「......人との繋がり、だと思ってたんですけど」
ダイキ「思ってたけど?」
タカシ「でも、今話してて思ったんですけど......まず、この不安を何とかしないと、人と繋がっても、また同じように疲れるだけなのかもしれないです」
ダイキ「不安を何とかする」
タカシ「はい。会社でも、いつも不安で......だから人に気を使いすぎて、疲れてたんだと思います」
タカシさんはゆっくりと深呼吸した。
タカシ「......その不安を抱えたまま、また人と関わろうとしても、同じことの繰り返しになりそうです」
一人でいることの意味
ダイキ「今、一人でいる時間が増えたのは、もしかしたら......」
タカシ「......チャンスなのかもしれないです」
タカシさんは自分で言って、少し驚いたようだった。
タカシ「一人でいる時間を、不安と戦う時間にするんじゃなくて......自分を整える時間にできたら」
ダイキ「整える」
タカシ「はい。会社では、ずっと周りに気を使って、自分のことなんて全然見れてなかったから......」
タカシさんの表情が少し柔らかくなった。
タカシ「今は、誰にも邪魔されずに、自分と向き合える時間なのかもしれないです」
孤独と向き合う
ダイキ「自分と向き合うって、具体的にはどういうことでしょうか?」
タカシ「......うーん、難しいですけど」
タカシさんは少し考えた。
タカシ「まず、この不安の正体を知ることですかね。なんで孤独が怖いのか、本当に誰ともつながってないのか......」
ダイキ「本当に?」
タカシ「はい。家族はいるし、友達もいることはいます。連絡取ってないだけで」
ダイキ「連絡取ってないだけ」
タカシ「そうなんです。なんか、連絡するのが怖くて......変に思われたらどうしようとか」
ダイキ「変に思われる?」
タカシ「はい。会社辞めて、今フリーランスで......なんか、うまくいってない感じに見られたくなくて」
タカシさんは苦笑いした。
タカシ「......結局、また人の目を気にしてるんですね」
安全な場所から始める
ダイキ「タカシさん、もし誰かに連絡するとしたら、誰が一番安心できますか?」
タカシさんは少し考えた。
タカシ「......大学時代の友人ですかね。あいつとは、なんか......変に気を使わなくてよかったので」
ダイキ「変に気を使わなくてよかった」
タカシ「はい。まあ、もう2年くらい連絡取ってないんですけど......」
ダイキ「2年ぶりに連絡するとしたら、どんな気持ちになりそうですか?」
タカシさんは少し笑った。
タカシ「......ちょっと緊張しますけど、でも......話したい気持ちの方が大きいかもしれないです」
ダイキ「話したい」
タカシ「はい。あいつだったら、今の状況も正直に話せそうです」
小さな一歩
タカシさんは携帯電話を見つめた。
タカシ「......今日、連絡してみようかな」
ダイキ「いいですね」
タカシ「はい。久しぶりだけど、『最近どう?』って......単純なメッセージでもいいですよね」
ダイキ「もちろんです」
タカシさんの表情が少し明るくなった。
タカシ「なんか......さっきまでの孤独感が、少し軽くなった気がします」
ダイキ「軽くなった」
タカシ「はい。孤独って、人がいないから感じるんじゃなくて......『安心できる繋がりがない』から感じるんだって、今日わかりました」
一人でいることの価値
ダイキ「今後、一人でいる時間とどう付き合っていきたいですか?」
タカシさんはしばらく考えた。
タカシ「......一人でいること自体は、悪いことじゃないと思うんです」
ダイキ「悪いことじゃない」
タカシ「はい。むしろ、自分のペースで過ごせる大切な時間だと思います。ただ......」
ダイキ「ただ?」
タカシ「その中に、安心できる繋がりも必要なんだと思います。たくさんじゃなくていいから、本当に安心できる人が数人いて、時々連絡を取り合える......そういう関係があれば」
タカシさんは微笑んだ。
タカシ「一人でいることも、孤独じゃなくなる気がします」
これからの生き方
ダイキ「タカシさん、これから何をしていきたいですか?」
タカシ「まず、今日友人に連絡します」
タカシさんははっきりと答えた。
タカシ「それから......今の自分の状態をちゃんと見つめて、無理に人と繋がろうとするんじゃなくて、まず自分のエネルギーを整えたいです」
ダイキ「エネルギーを整える」
タカシ「はい。会社で消耗しきってたので......まずはゆっくり休んで、回復させることが大事だと思いました」
タカシさんは少し照れくさそうに笑った。
タカシ「それから、本当に大切な人との関係を、少しずつ築いていきたいです。数は少なくてもいいから、安心できる関係を」
ダイキ「安心できる関係」
タカシ「はい。そうすれば、一人でいても孤独じゃなくなると思うんです」
終わりに
カウンセリングを終えて、タカシさんは軽い足取りで部屋を出ていった。
一人でいることと、孤独は違う。一人でいることは、自分と向き合い、エネルギーを整える大切な時間になり得る。ただし、それは安心できる繋がりがあってこそ、初めて心地よいものになる。
タカシさんは、その大切な違いに気づいた。これから彼は、無理に多くの人と繋がろうとするのではなく、少数の本当に安心できる人との関係を大切にしながら、一人の時間も楽しめるようになっていくだろう。
心地よい孤独とは、安心できる繋がりの中で味わう、自由な一人の時間のことなのかもしれない。