じゃあ、何を言えばいいの
記事
コラム
こんなシーンで言うべきは
子どもが学校で過去のことや外見を揶揄され
発言者に強く反発して、その現場だけを見た
教員が「友達に乱暴な行為をしました。注意
深く見守って下さい」と連絡してきたとして
”保護者として自分が恥ずかしい思いをした”
という(誰にでも沸き起こる)(人生経験が
あるゆえの)瞬間的感情を、どうしますか。
人の感情はとても厄介で、客観的第三者なら
おかしいと当然わかるようなことでも、急に
当事者になると、過去の体験や、傷つきたく
ないという防衛本能から
・私は悪くありません
・そちらにも非があるんじゃないですか
・今までの経過を知らずに勝手なことを
・そもそも前々からおかしいと思ってたのに
等々
・本来の話と関係のないこと
・その場で主張しても致し方ないこと
・そもそも相手(他人)にはわからないこと
を持ち出し、正当化してしまったりします。
最近ありがちな
・NGワード→悪い子に育つ
・こうすれば→いい子に育つ(いい子とは?)
・これだけで→すべて解決
のようなことはなくー自己肯定感を養うため
褒めて育てましょうと盛んに言われる一方で
「先生、どうか皆の前で褒めないで下さい」
という本が出たり、一体どうしたらいいのか
と思いますよね。
そもそも、上記のような直線的考え方自体、
困難にある方を「解決方法があるのにトライ
していない愚か者」と専断する恐れがありー
実際には、人の成長は遺伝・環境・努力など
の複合的要因によって幾通りも変化します。
ですから、まぁ、帯でなく本の中身をよく
読むと「場合によりけり」「状況によって
も大きく異なる」ことがわかるわけですが。
冒頭のシチュエーションで
頭ごなしに「うちの子はそんなことしない」
と、子どもの話を少しも聞かずに応対したら
どうなるでしょう。
→子どもは「”そんなこと”をしたら、自分は
”うちの子”と認めてもらえなくなるんだ」
と、考えるかもしれません。
逆に
「そんなことしてないよね?信じてるよ?」
と妄信しても同様(間違えたら全否定)に。
「申し訳ありません、きつく言い聞かせます」
と、これも子どもの話を聞かずに即答したら
→「自分は何を言っても信じてもらえない」
と、感じるかもしれません。
では、
・教員の前で「にわかには信じられませんが
何があったか子どもからよく話を聞き、後
ほどお返事します」と答えたら…?
→その直後「なんで私に恥をかかせるの!!」
と子どもに激怒したら、恐らく子どもは、
今後何も相談できなくなることでしょう。
また、
根掘り葉掘り話を聞こうとしても、
(子どもにも”恥”の感情はありますから)
・怒られるかもしれない
・口を開いたら泣いてしまう
・間違ったことをしたかもしれない
・とにかく今この瞬間がいたたまれない
等々の理由で、口をつぐんでしまったり、
真実と微妙に異なることを自分の視点で
述べたりすることは、十分にあり得ます。
ここで”感情の処理”の話です
注意された、恥ずかしかった、驚いた…
それは、この件に関し子どもと対応する際
無関係な事象です。
本来の目的は
・何があったか正確なところを知りたい
・不適切な行為があったなら注意したい
・誤解だったなら事実をわかってほしい
だろうと思います。
したがって、素直に話しやすい関係性を
日ごろから築いておき、
・何があったか教えてくれる?
・話したくなったらでいいよ
・何があったにせよ、あなたが好きだよ
の主旨に沿った発言をすることで、子どもは
親が”社会的に公平な裁判官”ではなく
”自分の味方になってくれる唯一無二の存在”
と信じられるのです。
それでいいんです、親子だから。
時代は変わりました
30度どころか35度を超える夏になりました。
プールが暑さのため、中止になる日常です。
毎日どこかで線状降水帯が発生しています。
私達が過ごした時代とは、状況が違います。
とにもかくにも「この夏をよく生き抜いたね」
という視線で、自分の子を、地域の子を、
今の子どもたちを、見守ってあげませんか。