そうめん「で」いい?

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「そうめん『で』いい」なのか、
「そうめん『が』いい」なのか。

元となった論争は企業のSNS運用の話ですが、今回は恋愛相談の視点から見ていきたいなーと思います。

もし「今日はそうめんでいいよ」という言葉を夫が妻に言ったとして、それで妻にカチンとこられてしまうのなら、それはだいたい夫の日頃の行いに原因があります。

そもそも「そうめん『で』いいよ」という言い方の何が悪いのかというと、お願いする側と実際に作業する側に認識のズレが生じているからです。

お願いする側の言わんとするところは「他の料理に比べたらそうめんを用意するのは楽だから、それでいいよ」ということであり、平たく言えば楽な作業だと思っているわけです。

しかし実際に作業する側にとって楽かというと、そうではありません。
たとえお湯を沸かして麺を入れて…というだけだとしても、面倒は面倒なのです。場合によってはそれ以外のおかずを作ることもありますしね。
多分私が女性の立場なら「じゃあ自分で作ればいいやん」とか言っちゃう気がする。

つまりお願いする側は楽な作業という認識で言っており、実際に作る側は面倒だと思っている。このズレが感情的なトラブルに発展するわけです。

こういうことって仕事の場でもありますよね。
先輩から「あとこの書類だけ作っちゃって。それ終わったら帰っていいから」って言われちゃうとか。
「書類だけって…これも結構面倒なんだけど…」と不満を持ってしまうのではないでしょうか。

この問題の根っこにあるのは認識のズレです。
要するに自分は面倒な作業を課せられているのに、相手はそんな自分の苦労を理解しておらず、このすれ違いがよくないということ。
つまりお願いする側が相手の気持ちを理解したうえで言うのなら問題はないことになります。

だからもし先輩から「おつかれさま。最近頑張ってるし、今日はあとこの書類だけ作ってくれたら上がっていいから」みたいな言い方をされれば、そこまでの不満は出ないのではないでしょうか。相手は自分の苦労をわかってくれているからです。

もしくは先輩が自分よりも多くの仕事を抱えているのに、こちらには「あとは俺がやっとくから、君はそれだけやったら上がっていいよ」と言ってくれる場合も同様。
この場合は「相手のほうが自分よりも苦労している」という認識になるので不公平感は出ません。

それを踏まえて家庭の話。
夫がろくに家事もやらずにダラダラしたうえで「そうめん『で』いいよ」と言えば、妻からは「じゃあ自分でやれ」と怒られます。

しかし夫が十分に家事をこなしているうえで「君も大変だろうし、今日はそうめん『で』いいよ」と言えば、その言葉に悪意は感じないのではないでしょうか。自分と同じくらい家事をやっている夫からの言葉なら、そこに不公平感は生じないからです。

つまり「そうめん『で』」「そうめん『が』」という言葉の使い方がどうというよりも、お願いする側の日頃の行いによって、言われた側に不公平感が生じるかどうかがこの問題の本質です。

言葉を気をつければいいという話ではなく、日頃からちゃんと怒られないように家事やんなきゃダメだよ、ということ

かつてはイクメンという言葉が流行りましたが、今は男性が育児に参加するのは当然という認識が流布されているせいか、この言葉自体が死語になりつつあるそうです。代わりに「共育」なんて言葉が登場してますよね。

ちなみに私の友人は毎週末、子供を連れて外に出かけて、その間は奥さんを一人にしてあげているそうです。頑張ってるなと思います。
もしこの流れで「夜には帰ってくるけど晩御飯はそうめんでいいよ」と言っても、それが悪い言い方とは捉えられないのではないでしょうか。これもやっぱり公平感。


日頃の行いって大事だよね、と思うのでした。

ちょっとそうめん食べたくなってきた。
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