ヘッダー画像は万博の開幕日、始発で向かったときの夢洲駅。
この日は「一万人の第九」という催しがあったそう。
みんな同じ格好してるから普通に来た自分が不安になってました。
諸行無常の響きあり。
大阪・関西万博は2025年4月13日 に幕を開け、昨日その全日程を終えました。
私は
・開幕初日の始発
・5月
・そして駆け込み期の9月、
の三回、万博を訪れましたが、どれもめっちゃ楽しかったです。
もっと続いてほしかった気持ちは山々ですが、同時に、それを受け入れる自分もいて。
始まりがあるものには終わりがあります。
でも「いつか終わる」からこそ、限られた時間のなかで懸命に、鮮やかに輝くものになります。
そして次の世代へバトンを渡していく。脈々と続いていく。
“形あるもの”であることが、そういう循環を許すわけです。
万博の開幕前、まだ熱気が立ち上る前には、「技術を見せるならオンラインで十分だ」という声もありました。
しかし私には、この人々の熱量は、リアルでしか体感できないものに思えます。
リアルで開催するということは、土地を整備し、建物を建て、人の流れを設計するということ。
すなわち“形あるもの”として実在することを意味します。
形あるからこそ終わりがある。
でも終わりがあるからこそ、輝きが増す。
この半年間は、まさにその時間だったのだと思います。
これをバーチャルな世界で展開すれば、制約からは解き放たれるかもしれません。5年、10年と続けることも可能になるでしょう。
けれど、そこには「瞬間の勢い」が生まれにくくなります。
“そこに在ること”が当たり前になってしまうと、時間あたりの最大風速はどうしても下がるもの。
継続する尊さもあるけれど、終わりがあるからこそ、その瞬間が光るものではないでしょうか。
各国のパビリオンで働いていたスタッフたちはそれぞれの国へ帰り、いくつかのパビリオンは日本各地に移設される予定です。
人も、モノも、散り散りになるけれど、移った先でまた何かが芽吹くはず。
そしてそれは“脈々と”という言葉の本質でもあります。
終わりがあるということは、新たに始まるものがあるということ。
それでいいのかな、と思います。
万博、本当に楽しかった(*´∀`* )
関わった人たちも本当にお疲れ様でした。