イタリア館のアレを見てきた話。

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コラム
「空間における連続性の唯一の形態」。皆さんはご存知でしょうか。
こんなやつ↓

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作者はイタリアの芸術家、ウンベルト・ボッチョーニ。
ついボッーニって言いたくなるけどボッチョーニです。
芸術には疎い私ですが、これは学生時代の記憶に残っています。

美術の時間。
先生の授業もろくに聞かず資料集をパラパラ眺めていたとき、たまたま目にしたコレ。この圧倒的?独創的?なフォルムと、圧倒的に長い作品名。「なんやこれは…」と思ったことを覚えています。

そして現在、大阪万博閉幕まであと少し。
これの現物がイタリア館に展示されていることは知っていました。

見たい。
他にもダヴィンチの手稿とかアトラス像とかキリストの復活とか超ド級の目玉作品が死ぬほどあるのは知ってるけど、私は「空間における連続性の唯一の形態」の実物が見たい。ついでに他の作品も見られたらなおよし。この機を逃したらみんな本国イタリアに帰っちゃうし。

「空間における連続性の唯一の形態」は東京のアーティゾン美術館にもあるらしいけど、そこまで行くのは遠いし。
※この作品は一品しかないわけではなく、オリジナルの石膏を元に複数体が鋳造されています。そのため世界の主要館に兄弟がおり、万博にあるのもこのうちのひとつ。

やっぱり見るなら今しかないよなあ…。
行くか!

ということで、
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来ました。
三度目の万博!

神戸から夢洲は2時間くらいで来られるのがいいところ。
閉幕間際の駆け込みラッシュで死ぬほど人が多いのは難点ですが…そこはね!

私は過去にも2回万博に来ていますが↓


そのときよりも遥かに人が多かった。
早めに万博体験の大部分を済ませておいて正解だったなと思います。
ちなみにイタリア館の予約は気合でもぎとりました。

もともと大人気だったイタリア館ですが、今は普通に並ぶと5~7時間待ちだそうです。あまりにも行列が長くなると列自体が定員オーバーとなり、並ぶことすらできなくなります。私が行った日は15時くらいには並べなくなっていました。つまり夕方の15時以降に入場するとその時点でもう無理。

予約キャンセルで生じた空き枠を狙う戦法もありますが、ずっと画面に張り付いてないといけないですからね。いずれにしても大変だと思います。

ここからは空間における連続性の唯一の形態は「空連唯形(くうれんゆいけい)」と略します
さすがにちょっと長すぎるからね!なんかゲームの必殺技みたいな響きがありますが、そこはそれ。情報伝達における利便性と正確性はトレードオフなのです。

ちなみに原題の「Forme uniche della continuità nello spazio」も大概の長さ。

日本語 「くうかんにおける れんぞくせいの ゆいいつの けいたい」
イタリア語「ふぉるめ うーにけ でっら こんてぃぬいた ねっろ すぱーつぃお」
…うん!原題のほうが長いな!!

前衛芸術は独創的すぎてパッと見で何を表現しているのかわからない作品も多くあります。だからときには作品名が説明文っぽくなることもあり、空連唯形もそのひとつ。それはそれでインパクトがあって面白いですけどネ。

というわけで…。
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おお…!本物!
本物の空連唯形じゃん!

前日の夜から勉強がてらこの作品のことを調べており、この時点で既に「空連唯形」という勝手な略語まで決めていたので、見た瞬間に勝手に「くうれん…くうれんじゃん!」と盛り上がっていました。

空連唯形からすると勝手にあだ名を付けられた上に盛り上がってるやつが目の前にいて複雑な気持ちだったかもしれません。作品に気持ちがあるかは知らんけど。


空連唯形が表現しているのは一言で言うなら「スピード感」です。
人が歩いている姿が元なのですが、体や衣服が風に溶け込んでいるように抽象化されています。普通は歩いている姿の一瞬だけを切り取るものですが、空連唯形は動きの流れを連続的に表現。
iPhoneでいうなら普通の写真とライブフォト(長押しすると数秒動くやつ)の違いみたいな。

この連続性の表現が、なんか好き。
語彙力はどこかへ消えました。

こちらの作者「ウンベルト・ボッチョーニ」は未来派の芸術家です。
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未来派とはなんぞやというと「新しい時代の速さや機械の力ってカッケーじゃん」という考え方。

そもそも1900年代のイタリアはルネサンスの国として「俺たちの伝統芸術はすごいんだぞ」という誇りがある一方、「新しい時代に出遅れてる」という不安も抱えていました。産業革命の波で、自動車や電車、飛行機が急速に広まって、都市は騒音やスピードで溢れかえるようになっていたからです。

それまでのゆったりした時間が流れる時代から、「機械化と速さの時代」への変化。この流れに不安と焦りが生じていたわけですね。

そんなとき、イタリアの詩人フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティは
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「未来派宣言するで」と言いました。

内容をざっくり説明すると、
・昔の芸術はもう古い!
博物館や図書館にある昔のものを大事にするんじゃなくて、今の時代を見よう。

・スピードは美しい!
自動車が走る姿は、古代のすごい彫刻よりも美しい。

・力とエネルギーを愛せ!
戦い、速さ、力強さを芸術にしよう。

・機械や都市こそ現代の宝!
工場、鉄道、飛行機、街の雑音…そういう新しい時代のものを芸術に取り込もう。

という、時代の変化を芸術に取り込もうとする考え方です。
要するに「機械文明っていいじゃん、速さとかエネルギーっていいじゃん」みたいなことを言いたかったわけですね。

そしてボッチョーニもこの考え方に共鳴しており、「空連唯形」では未来派が重視するスピード感が表現されている…ということ。まるで風と一体化したような「動き」「速さ」そのものの表現は、未来派志向から来ているわけです。

ちなみにダヴィンチの時代(1500年前後あたり)はボッチョーニよりもずっと昔ですが、そのときも中世からルネサンス時代への移り変わりの真っ只中でした。

神様の信仰のための芸術というそれまでの考え方から、「人間の知恵で世界を探求する」というルネサンスへの切り替わり。神の時代から人の時代、その流れの中で生まれたスーパー天才がダヴィンチです。
ダヴィンチもボッチョーニも時代は違いますが、新しいことに取り組む姿勢は共通していますよね。

みんながアトラス像とキリストの復活に集まっている中、一人で空連唯形に張り付いていました。たのしい。

ちなみにこちらは空連唯形のスタディモデルで「ボッチョーニの拳の力線」という作品。簡単に言えば他人が作ったリメイク版みたいなものです。
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作者は「ジャコモ・バッラ」という名で、ボッチョーニの師匠にあたる人物。

そもそも未来派には「戦争を肯定する」という、かなり危うい思想があります。さきほどのマリネッティの未来派宣言の中にも
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戦争は世界の唯一の衛生である」という言葉があり、つまり「戦争は世の中の腐敗や古い価値観を洗い流すリセット装置だ」みたいな考えがあったわけです。これが後の「戦争と軍事力こそ国を強くする」というファシズム思想とつながっていくわけですが…。

そのためボッチョーニも言い出しっぺの法則に従って(?)1915年に志願兵として入隊しています。自分自身も本当に戦争に参加しようとしたんですね。
しかし実際の戦場に出る前、訓練中に落馬してしまったことで33歳の若さで亡くなってしまいます。

その早すぎる死に衝撃を受けたのが師匠であるジャコモ・バッラであり、それを受けて作られたのがこの「ボッチョーニの拳の力線」。

こちらと空連唯形は、師匠と弟子の作品として近くに配置されています。
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しかしこうして見ると、芸術ってメッセージなんですよね。
誰かに伝えたいことがあって、それを言葉で言う人もいれば、音楽を奏でる人もいて、絵を描く人や彫刻で表現する人もいる。でも根っこには「誰かに伝えたい」という熱意が共通している。こうやってブログを書いているのだって、広い意味で言えば誰かに伝えたいから…かも。日記を書くだけなら日記帳でいいわけですしね。

まーなんか芸術って面白いね!
というお話でした。

ちなみにこちらは今回の戦利品、もっちりミャクミャクくん。
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空連唯形は「速さと動きの連続性」を表現していました。
これは…なんだろう…
安定感・大らかさ・豊かさ…?

まあかわいいからいっか。
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