自己肯定感は高くないとダメ?

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コラム
自己肯定感。
読んで字のごとく自己を肯定する感覚。
高い人もいれば低い人もいます。

「自己肯定感を上げる方法」で検索すると、山のようにページがヒットしますよね。最近では、そういった書籍も多く目にするようになりました。
自己肯定感、高ければそれに越したことはありません。低いよりは高いほうがいいに決まっています。

でも、高くないとダメなのか?と言われると、別にそんなことはないんじゃないかなって。ということで今回は自己肯定感のお話。

自己肯定感とは「ありのままの自分を肯定する力」です。
高ければ自分の考え方や行動に疑問を持ったり、後悔したりすることも少ないでしょう。
ひいては「自分はダメなやつだ」「なんで自分はこんなこともできないんだ」と自分を戒める脳内の声も少なくなり、結果的に生きやすくなるのだと思います。
自信があるからこそ決断力にも優れ、仕事でもプライベートでも生産的な時間が過ごせるかもしれません。
それはそれでとても良いことだと思います。

ただその一方で、自己肯定感が低い人だって、高い人に劣っているとは思いません。
たしかに自己肯定感が低ければいろんなところで自分の言動を振り返って反省します。
私だってココナラ電話相談をガッツリやり込んでいたときは、「また今回も喋りすぎちゃった」「今回の相談と似たケース、過去にも経験があったな…。なんでそれをパッと言えなかったんだろう」「今回のお客様が求めていたのは相談というよりは傾聴だったな」とか、いっぱい反省していました。

でもその都度、反省点を修正していったからこそ、今の自分があります。
テストで100点満点だったら、もうそれ以上点数を上げる余地はありません。
でも80点なら、まだ20点分、成長できる余地があります。
自己肯定感の低さとは成長の可能性です。

周りから「十分やってるよ、立派だよ」と言われても、自分では「そう言ってくれる気持ちは嬉しいけど、実際に反省点があるし」などと思っちゃうもの。
それならばいっそのこと、思いっきり反省すればいいと思います。

そもそも「ありのままの自分を肯定する」ことが自己肯定感の定義ならば、そうやってクヨクヨ悩む自分のことも、そのまま肯定すればいいと思うのです。それだって自分の一部ですからネ。

適度な反省は必要です。
しかしその気持ちが大きすぎるあまり、身動きがとれなくなってはいけません。「出社するのがつらい」「生きていくのがつらい」までいってしまうと、ちょっとテコ入れが必要。何事もバランスが大切です。

反省点を成長に活かせるタイプと、そのまま生きづらさに繋がって気持ちがドンドン沈んでいってしまうタイプの違いは「人格否定があるか否か」です。

仕事で失敗して反省するとき「ココがダメだったから次からはこうしよう」と思うのは前者。あくまで仕事の反省をしているだけです。

しかし「なんで失敗しちゃうんだろう、自分って本当にダメだ」と自分の人格や存在そのものを否定してしまうのは、後者。生きづらくなっちゃいます。

だから反省すること自体は何も悪くないのだけど、自分の人格まで否定しちゃうとしんどくなるよ、ということになります。

私も常に反省しっぱなしですが、自分の人格を否定することは(たぶん)ありません。「ま、次はうまくいくだろ」とか偉そうに思ったりしてます。自己肯定感が高いというより図太いだけかもしれない。
脱線しましたが「反省するときに人格否定が含まれているか否か」というのはひとつの基準です。

仕事の反省、大いに結構。
けれど仕事の否定と人格の否定は似て非なるもの。その境目は大切にしたいですね。
それでもしんどくなったときは誰かの力を借りるのもアリだと思います。ここにはトップランカーの方たちが沢山いますからね。

「あなたの思考法を改善します」という解決型と、「自然体でお聞きします」という傾聴型。自分に合った人を選んでもらいたいと思います。


●つまり?
・自己肯定感は高いに越したことはないよ
・でも低いからって悪いことじゃないよ
・人格否定までいってしまうと生きづらいから、誰かと話すのもいいかもね

というお話でした。
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