先日、とある配信者さんが引退されまして。
私は電話相談の都合上リアルタイムで見ることはなかったのですが、たまに切り抜き動画を視聴していました。
好きな配信者さんだっただけに、残念な気持ちもあります。
最初のうちは人気があったものの、最近は視聴者数がやや下降気味になっていて、なんとなく大丈夫かな…と思ったり。
その人がつまらないということではありません。
問題なのは「その人と同じか、それ以上に面白い配信者がたくさんいること」です。
絶対評価なら100点中80点あったとしても、配信の世界にはそれくらいのレベルがゴロゴロいます。
そうなるともっと人気がある人から順に視聴者数が割り振られてることになり…。厳しい世界だと思います。
何かを表現し続けるのは大変なことです。
そもそも何かを表現するというのは、何かを体験した結果のできごとです。
映画を観たから感想をブログやSNSに書く、どこかにお出かけしてきたから感想を誰かに話す、心に残る音楽を聴いたから誰かにオススメしたくなる。
何かを体験したから、その感想を表現したくなるのです。
ちょっといい方は良くないですが、何かを食べて排泄することと同じ。
逆に言えば表現者であり続けたいのなら、常に何かを体験し続けなければなりません。
そのために必要なのは好奇心です。
いくつになっても「これ面白そう」と思えるアンテナを張り、行動すること。
それが尽きたときが、感性が尽きたとき。
電話相談だって常に自分をアップデートしていかなければなりません。
表現者ではありませんが、好奇心を持ち続けることは大切だと思います。
かつて陸上競技で活躍した、為末大さん。
その方の著書に「諦める力」というものがあります。
もともと100mの短距離走に打ち込んでいた彼は、ある年代から行き詰まりを感じるようになります。
100m走は陸上競技の花形、ライバルがウヨウヨいるところ。
このままではどれだけ頑張っても、自分に勝ち筋は見えない。
それならば自分が活躍できる場所を求めて、他の競技に転向してみよう。
そう考えた結果、100m短距離走から400mハードル走への転向を決断しました。
その後、彼は400mハードルで世界的に活躍することになります。
日本では諦めずに続けることが美徳とされているが、海外では向いてないと思ったらスパッと止めて他の競技に移ることはまったく珍しいことではない。
だから諦めることは、終わりではない。
無駄に今の世界にしがみつくことを止め、新しい可能性を模索する。
諦める力こそが、次の可能性を開くのだ。
そんなことを説いた内容でした。
何かを諦めるということは、何かを始めるということ。
その人が配信の世界から身を引いてしまったのは残念ですが、その人にとってはそこからが新しいスタート。
本人が納得して決断したことなら、リスナーとしては「いってらっしゃい!」と手を振るべきだよね、と思います。
そうは言ってもな~、やっぱなー、ネット世界の片隅にその人がいるのが当たり前だと思ってたしなあ…。
などとウジウジしているのでした。
明日はステーキを食べて気持ちをリセットします。
終わり!