世界一の富豪が入れ替わったり、緊急事態宣言が発令されたり、日本政府に賠償命令が出されたり、厳しい寒波で電力会社が慌てていたり、寒波で休校になるかも知れないよ…と言ってた学校が通常通りの登校となって子供たちは意気消沈してトボトボ歩いて行ったり、カゴから出た2羽のジュウシマツが私の頭に止まったりしていますが、皆さまは健やかにお過ごしでしょうか?
私はココナラにて悩み相談を承っていますので、その関連の本に興味が湧きます。
いま、臨床心理学者の河合隼雄氏の著書を読んでいるのですが、そこに
「カウンセラーとは木を育てるようなものですな」と。
十分な日光・十分な水分・十分な肥料、これを注いでいくと木は自分で伸びていく。
しかし、いっぺんに伸ばそうとひっぱっても木は伸びない。
肥料が多すぎると逆に枯れてしまう。
ははぁ、そうだなぁ、と感慨深いものに頷く私でした。
一方でTwitter散策をしていると、辛い現状にいる方の生の意見を知ることが出来ます。
カウンセラーさん等に悩みを相談すると言われる
「悩みと向き合ってみましょう」
うん。わかるよ、最終的にはそう
。
でも本当に悩んでる人間って川で溺れてる状態に近いから、自分の悩みと向き合う余裕なんて正直ない、それより今すぐ酸素がほしい。
欲しいのは抽象的なアドバイスではなく、具体的な解決策。
焦ってもすぐには木は伸びないけれど、木は苦しくて早く伸びたがっている。
「でも本当に悩んでる人間って川で溺れてる状態に近いから、自分の悩みと向き合う余裕なんて正直ない、それより今すぐ酸素がほしい。
」
これは決してカウンセラーには直接言えない、心の内の本音です。
溺れて苦しい、助けて。
具体的な解決策はあるのです。
辛い環境から逃げる。日光を浴びる。栄養バランスを考えた食事。運動。早寝早起き。
けれども、これらは行動持続に壁がある。
逃げる…においては、自分のモラルを捨てる勇気と、軍資金も必要になる。
解決策に魅力が見えないのです。
これらを受け入れられる状態にするのが、カウンセラーの腕前かも知れません。
なので、催眠療法や科学的心理療法の取得者が増えているのでしょう。
私も勉強中です。
が、Twitter散策していると、根っこの大切なところを忘れてはいかんなぁ、と気付かされるのです。
酸素は決して「具体的な解決策」だけではないのです。
いや、具体的な解決策だけでは酸素にはならないのではないかと思います。
私が苦しかった時に、胸が軽くなる時間がありました。
そこには信じてくれる存在がいて、
向き合ってくれる真摯な優しさがあり、なんだかホッとするのでした。
カウンセラーが表面のみで相手を敬い認めている振りをしても、絶対に見透かされます。クライアント側が不信感を持ったら、技法の効果も半減します。
河合隼雄氏の著書に
「医師にしても、カウンセラーにしても、患者さんはその立場の人より弱い立場にいる。頼ってきている分、その人らを強者だと思っている。
弱者は勘で相手の本性を見極めなければならないから、とても敏感である。」と。
まさしくこの通りなのです。
私も精神が弱っている時、
「この先生は好きだけれど、この先生は嫌い、このカウンセラーは仕方なしに仕事しているだけだ、このカウンセラーはこちらを向いている。」
そんな風に自分の勘が研ぎ澄まされ、判断をしていました。
これは学校の教師と生徒にも当てはまり、好き・嫌い、信頼できる・信頼できない、を弱者である子供たちは、勘を研ぎ澄まして判断しています。
嫌いな先生の授業は学ぶ姿勢になれない。
もうですね、学んだり、ご相談を受けるたびに自分の小ささを思い知るのです。もっと真の優しさを身につけたい、揺るがぬ強さを身につけたい、この欲求を満たしたくて焦ります。
しかし、焦ったところで空回りもしやすい。
程良い加減でやります。
程良い加減でやりながらも、フラフラの中に心を置いているクライエントさんと、フラフラを同じくらい抱える覚悟で精進します。
心に触れる資格がある、常に自分でそう認めることが出来るよう、学びを止めてないことを肝に銘じます。
今日のブログは誰に向けて書いたのか、というと私です。
すみません、私用目的で(*´з`)テヘヘ
強がらない心の声が聴きたいです。
向き合うことに真剣ですので、返信に1時間以上かかります。
メッセージを通し心同士が会話をします。
こちらはコミュニケーションの楽しさをお届け♪