「反応」、そして「結果」

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先日、知人と議論をしている時のことでした。マスクの下で口元が引きつっていくのを感じながら、懸命に笑おうとしている自分を感じた瞬間、グラスを持つ手が震えていました。いつもの反応が始ったのです。私の場合、自分の意見を否定されて嫌な気持ち(感情)になった時、口元が引きつり、手が震え(身体)、最後には必要以上に持論を主張(行動)してしまいます。

社会人になった時、先輩から「おまえはすぐ表情にでるな」と言われたことがありました。また2社目に勤務したオーナー社長に仕事のやり方を非難された時は「おまえ、俺の話を聞かずに自分のことばかりしゃべっているぞ!」と怒鳴られたこともあります。コーチとしては大失格ですね。(笑)

あれから何年も立ちますが、成熟度の低い私は今でも嫌なことがあると同じような状況になります。最近はマスクで表情を隠すことが出来るので嫌な顔をして周囲の人を不快感にすることはないと思いますが、持論にこだわり、必要以上に自己主張するという点では嫌な思いをさせているかもしれません。でも本気でこのままではいけないと思っています。

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上記は放送大学「認知行動療法」に載っている図をポワポで作成したものです。セラピストが心理的に問題を抱えているクライアントに介入するケースフォーミューレーションの説明ページに載っていました。クライアントがある状況(刺激場面)に遭遇したあと反応し、その結果起きる事象がまた問題を維持することを示した図ですが、刺激場面と結果は反応と切り離すことはできないということがわかります。(なお、この図では反応の「認知、感情、身体、行動」が独立して描かれていますが、実際は密接に関連しています。)

ということは私の反応が維持されているのは認知、感情、身体、行動のどこかに不具合があると考えられます。一つだけ確実言えるのは、自分の意見と違う意見をぶつけられた時、私は「非難された」と認識してしまう点です(認知)。人それぞれいろいろな意見があって当たり前なのですが、私はこれをいつも「非難された」と取ってしまいます。相手が強く自分の意見を述べたり、少しきつい言葉を使ったりした時には特にそう感じるようです。

相手が違う意見を言っている時、どんな場合でも「人それぞれ意見がある」と認知できれば私の手の震えも収まるかもしれません。ただ感情を即、新しい認知に結び付けることは結構難しく、それこそ身体で憶えていくしかありません。ではどうやって?一つの解決策は言葉を発しないということです。マスクの下で顔を引きつらせながらうなずけばいいはずです。2,3回深呼吸でもすればもっと落ち着くでしょう。

先日もそのことに途中から気付いた私はグラスをテーブルの上に戻した後、「なるほど」としか言葉を発しませんでした。すると徐々に顔のほころびもほぐれ、手の震えも止まっていったのです。まだまだ私にとって認知修正の道は険しいですが進んでいく価値があります。どんな場面でも「人それぞれ意見がある」と思い、間違っても非難されたと認識しない自分をゴールにしてセルフコーチングしたいと思った夜でした。

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