逢瀬

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小説

※(21) 過去に掲載したものを、改正して再投稿。

【短編集(シリーズ)より】


本文


数時間前


暑さに噎(む)せ返る都会の喧噪と
煩わしさから逃げるように
君と駅で待ち合わせ、東北新幹線に飛び乗った。


急な連絡にも拘わらず、君は紺絣の着物姿で現れた。


澄み切った空に、既に秋の気配が漂い始めた山間の駅で、新幹線から降りる。


タクシー運転手に勧められて
山門のような門構えの温泉旅館に、足を踏み入れた。


間口の広い玄関では
一見というのに、愛想の良い仲居に迎え入れられる。

南側の大通りに面した、ホテルの別館という建て前になっていた。



元々はこちらが本館だったんですよ…。
でも最近の家族連れのお客様は、ご家族のレジャー目的で
お見えになる方が多い様で…、
こちらとしても、ホテルの方が色々と都合がよいモノですから、
今じゃホテルの方が賑わっています。


仲居は言い訳めいた説明をしたながら
六畳と八畳二間続きで、落ち着いた佇まいの日本間へ案内する。


簡単に館内の施設を説明しながら、茶を入れると
差し出した心付けを受け取らずに
二人の雰囲気を察したように、仲居は引き下がった。


私は手持ちぶさたに縁側の籐椅子に腰掛けて
改めて君を見つめる…。

君は、私の視線を感じた様に


少し汗をかいた様です。汗を流してきますね。

言いながら、立ち上がり浴衣とタオルを手に取ると

貴男はどうなさるの…。

と私に問いかけてくる。


んっ、私もひとっ風呂浴びるとするか。ここの湯は何に効くのだろう…


と虚を掴まれた私は、自分でもつまらぬ返事をする。


じゃあ、これは貴男のですよ。



と言って、君はそつなく私に浴衣とタオルを差し出す。



※この話はフィクションです
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