「令和のいじめ」の構造

「令和のいじめ」の構造

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コラム
一番大きな特徴は、見えにくいことです。
昔のいじめは、殴る、蹴る、物を壊す、無視するなど、比較的まわりから見えやすい形も多くありました。
しかし今は、いじめがLINE、Instagram、TikTok、オンラインゲーム、グループチャットなどにも広がっています。
学校で少しからかわれる。
その様子を誰かが動画に撮る。
グループLINEで共有される。
スタンプや短い言葉で笑われる。
本人だけが知らないところで、空気が作られていく。
こうなると、いじめは教室の中だけで終わりません。
家に帰っても続きます。
スマホを開けば、また傷つく。
通知が鳴るだけで怖くなる。
学校に行っていない時間まで、心が休まらなくなるのです。
文部科学省の最新調査でも、いじめの認知件数や重大事態が深刻な水準にあることが示されています。特に重大事態については、深刻な被害が明らかになる前に「いじめ」と認知されていなかったケースもあり、早期発見・早期対応・継続的な見守りの必要性が強調されています。
もう一つの特徴は、加害者が“いじめている自覚”を持ちにくいことです。
「いじっただけ」
「ノリだった」
「みんなやっていた」
「本人も笑っていた」
こうした言葉で片づけられることがあります。
しかし、いじめかどうかを決めるうえで大切なのは、加害側のつもりではありません。
受けた子が苦痛を感じているかどうかです。
特に令和のいじめでは、露骨な暴力よりも、微妙な排除が増えています。
グループから外す。
既読無視をする。
その子だけ誘わない。
わざとわからない話題で盛り上がる。
写真を上げるときに、その子だけ写っていないものを選ぶ。
「嫌い」とは言わない。
でも、「あなたはここにいない方がいい」という空気を作る。
これが、今の子どもたちを深く傷つけます。
さらに厄介なのは、傍観者がいじめの構造に組み込まれやすいことです。
直接悪口を言っていなくても、笑う。
止めない。
見て見ぬふりをする。
SNSでいいねを押す。
拡散する。
それだけで、被害を受けた子は「みんなが敵になった」と感じます。
いじめは、加害者と被害者だけの問題ではありません。
その場の空気を共有している集団全体の問題です。
令和のいじめは、孤立を作るいじめです。
体を傷つけるだけでなく、居場所を奪います。
「自分は嫌われている」
「学校に自分の味方はいない」
「どこにいても笑われている」
そう感じた子どもは、学校に行けなくなることがあります。
それは弱いからではありません。
心が、自分を守ろうとしているのです。
こども家庭庁も、いじめ、SNS・アプリ、心の悩みなどについて、子ども自身や保護者が相談できる窓口を案内しています。子どもが一人で抱え込まないこと、保護者も孤立しないことが重要です。
令和のいじめに対して、大人がすべきことは「昔もあった」で済ませることではありません。
今のいじめは、昔より見えにくく、広がりやすく、逃げにくくなっています。
だからこそ、大人は子どもの小さな変化に気づく必要があります。
急にスマホを見なくなる。
逆に、スマホを手放せなくなる。
朝になると体調を崩す。
友達の話をしなくなる。
表情が暗くなる。
「学校に行きたくない」と言い出す。
それは、単なるわがままではなく、SOSかもしれません。
令和のいじめは、教室の中だけでは見えません。
だからこそ、子どもの表情、沈黙、生活の変化を見ることが大切です。
そして何より、子どもが「つらい」と言ったときに、まず信じることです。
正論より先に、安心を渡すこと。
調査より先に、味方であることを伝えること。
子どもを守る第一歩は、そこから始まります。
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