昔はネットで調べ物といえば、YahooかGoogleの検索窓だけでした。
SNSも含めたネット媒体の普及で、あまりにも情報が溢れ、自分では整理できずに判断がつかないことが多くなったように思います。
情報の整理も他人まかせ
そうした中で、まとめ情報やランキング、おすすめ情報など、判断や選択を助けるコンテンツが定着してきています。とくに私たちに影響を与えるのが、レビュー情報です。
ブログでも動画でも、未だ触れていないものやサービスに、先んじて触れた人たちの率直な意見や感想は、ものやサービスの作り手や売り手発信の情報とは、比較にならないほど説得力をもって私たちの心に飛び込んできます。
実は感性や勘に頼っている
一方で、さまざまに整理された情報を受けたとしても、それに100%依存した選択をしているかと言えば、そうでもなく、最後の決め手は自分の感性や勘でに頼っている面も無視できません。
自身を振り返るとホントそうです。「後悔しない選択」というのは、結局、自分が決めているかどうかがポイントだと思います。
選択や判断を他人に委ねすぎてしまうと、うまくいかなかった場合には、責任逃れや責任追及しか生まれてきません。それは極力避けたいですね。
自分の体験と実感をそのままに
自分の頭と心と体で感じたままの事実こそが「真実」であること。それを誰しもの本心が欲しているように思います。
私から見れば、情報に振り回されてしまって、自分の判断や行動にその情報を活かせていない人がいわゆる「情報弱者」だと思うのです。
モノも情報も、多ければいいというものではなく、むしろ必要最低限でいいように思います。
自分の感性や勘を磨くために
・いいものに触れる
・いい人と会う
・いい場所に行く
・何かに挑戦する
心がけたいものです。
独りよがりでいい
いわゆる世論は、二次情報三次情報でできていると思うのです。感じ方なんて人それぞれ異なるわけで、あたかも正論かのように二次情報がSNSで拡散されて世論=正論のようになっていく。
挙げ句の果てに、自分の主張が「炎上」というカタチで「出る杭」扱いされていきます。
「独りよがり=悪」ではないと思うのです。堂々と独りよがりできる寛容な世の中になっていかないものでしょうか。
そんな独りよがりが許されるフィールドがあるんです。ブログです。