正しくありたい

記事
コラム
人はなぜ、「正しくありたい」と願うのでしょうか。



間違うことを恐れているようでいて、

本当は——自らしてきたことを否定したくないだけかもしれません。



誰かが自分と違う意見を言うとき、

心の奥でざわめきが起きることはありませんか。

その不安を鎮めるために、人は「正しい」という言葉を使います。



「あなたのためを思って」

「それは間違ってるよ」

やさしい言葉が出るのは、

痛いところを見たくない自分への、ささやかな甘やかしかもしれません。



正しさとは、震える手を隠すために使われることが多いものです。

うまく隠せれば、誰にも触れられない。

自分でさえ触れないことが多いものです。



人は正しくあることで、自分を守り、

同時に、住んでいる世界も守ろうとします。

けれど、何を守りたいのか知らないまま、

正しさを他者を裁くために使ってしまう。



誰かの選択を見て「それは違う」と言いたくなるとき、

本当に違うのでしょうか。

それとも、自分の中の恐れが騒いでいるだけでしょうか。



立ち止まった沈黙の中で、見えてくるもの。

それが、あなたの正しさの正体です。



本来、正しいも間違いもありません。

ただ「正しいと信じたい」だけなのです。

それが崩れたら、何を頼ればいいのかわからなくなる。



正しさにしがみつくのは、安心のためかもしれません。

けれど、しがみつきたい自分を見ないふりをしない。

正しさを疑うことは、自分を責めることではなく、

ただ、もう少し広い世界を見てみるということです。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら