自分で考える価値が高まっていく

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小さな工夫で思考免疫を高める

例えば工夫。どんな小さなことも、あなたが考えてあなたがやったこと、それ自体が大きな価値となる。大げさだなというなら「小さな価値」でもなんでもいい。認識はお任せしたい。ただそれを例えばAIがやるなら「小さな工夫を考えたのはあなたではない」し、また「それをやったのもあなたではない」ということになる。

AIに任せればうまくいくというのは流石に楽観的過ぎるのだけど、そこは一旦保留しておいて、では自分で考えてやってみる。そういう価値がどうなるか?相対的には価値が高くなるはずだが、間違えるとなぜかAIにそれらを任せて委ねてあとは楽したいとなる。

スマホ依存とか、SNS依存と同様にでAI依存になると、AIで考えるのでなく、AIに考えてもらうが普通になる。「で」と「に」はかなり違う。「で」はあくまで道具として、主体は人である。「に」は丸投げAIであり、人間はそこにいないといってもいい。

自分で工夫するということは、ただそれが意味があったのだ、という時代が終わり、AI時代に入っていくと、そういったある種の免疫というか、少しAIを脱するというかその感覚のためにより意味がでてくる。

簡単にいえば、自分を殺さないための免疫維持健康法みたいなものが小さな工夫をすることだし、自分でやってみることなんだと思う。

あなたの考え方を知りたい

これは切実な願いでもあるが、軽い冗談でもある。ただ嘘ではない。

僕はあなたの考えを知りたいのだ。これを読んでいる人は(AIが読み込んだりしていないと思っているが)まさにあなただ。誰かとこの記事を一緒に読むことはないだろう(笑)

よって、これはあなたがまず見たなら、あなたが行動して、あなたの意見や考え、アイデアを書いてみる。出してみる。形はなんでもいい。SNSでもいいけど、出来ればまとめて欲しい。ココナラのブログでもいいし、無料ブログでもなんでもいい。そこにあなたが考えた痕跡があればなおさら良い。もっと色々いえるけど、そういうことを書きたい人は多いのではないか。(そういう意味でそういう添削やアドバイスサービスも作ってみたいし、作った)

そう、それを僕は一旦「思考ブログ」と名付けている。ブログでなくてもいいけど、記事として書くというある種の塊、チャンクというところで、まとまってものということでは「思考ブログ」というのがしっくり来る。

もう一度言うが、あなたの考えを知りたい人は多い。それが特殊でどこかにないとか、マーケット?的にレアだけどニーズがあるとか。そんなのはどうでもいい。ただ読める日本語と、少しだけ構成があれば、十分だ。この記事も構成もくそもないわけだけど、読めるものでしょうと。

誰が読みたいのか?僕が読みたい。一人でもいたらまずいいのではないか?安心して欲しい。

考えを出す場が少なくなっているかもしれない

最後に一つだけ。こういう自分、人、工夫、考え。人っぽい言葉が出てくる気がしている。感覚的で申し訳ないが。

これってなんだろうか。そうAIがどうとかもあるが、まず人が何を知って、考えているかを知りたいのではないか。敵をあえて作りたい人はいないだろう。多分だけど。味方や仲間にしたいというわけでもないけど、平和が一番だ。

その手前のところで、相手を知るということがある。考えが一緒でないと仲良くできないとかでもない。違う考えでも面白がれる人は一杯いるからだ。そんな偏狭なものじゃない。

考えを出す。それがしづらくなるのかもしれない。しづらくなったのかもしれない。いや、SNSでできるでしょ、ネットでいくらでも。いやそれは多分考えというよりも、消費であり、下手すると浪費だ。他の考えに興味があってでなく、単にゴシップを探す、人を支配というか荒を探すだけのエンタメというか。そっちが強いのかなと。

それを全くするなとはいわないが、それだけやそれメインでも困ったもので「やれやれ」という感じがする。それも認めるし受け入れたい。ただ、それで抗わずにただゴシップ消費されるなら、それに対してやはり思考ブログで反撃したいし、別に戦うわけではないが、世界線は交わらないのだけど、精神的存在としての「思考ブログ」としてやっていきたいと考えている。

だからまずあなたにできることとして、一本記事を書いてみる。そこをおすすめしておきたいのだ。

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