マインドセット的な話です。
アウトプットが被っても良い?
色々な人に話すのですが、同じネタを違う人に話します。すると反応が異なります。書いてもいいですし、そこはコミュニケーションと言っておいたほうがいいかもです。
ある人は否定的、ある人は賛同、ある人は分からない、ある人は・・・。人によって違うということはあるので、そこで「違うんだな」「良いんだな」とかだけでなく、「なんでそう思われたか」を捉えておくと良さそうです。
この時、アウトプットは3人に話せば、3回する必要がある。ですが、その人がバラバラなので、相手視点では「1回」聴いたことでしかないです。このギャップはかなり大事です。
何度も話す場合は、強化されるといっていい。つまり、話し方や伝え方が相手によって微妙に変わる(あえて変えないのもありですけど)。そこもポイントです。それがコミュニケーションなんでしょうね。
ここで大事なのは、何度も繰り返すネタは一緒だと。それがビジネスの話でもいいし、考えたことでもいいし、面白かった発見ネタでもいいし、そこは自由です。アイデアの話でもいいですしね。人を選んで話していくと。
アウトプットが散らかっても良い
アウトプットで散らかしては駄目だ、綺麗にまとめなきゃというのはあまり良い方向にならないというか。本当に文字どおり散らかっていて収集がついてないとかだと違うんでしょうが。まあそこは置いておいて。
多くは「散らかっていて伝わらない」以前に「情報を伝えてない」という、伝える行動がないことのほうが問題かなと。それをやった上でなら、整理したほうがいいと。
散らかってとは、ここでもそうですが、なんか色々書いているな、で何が言いたい?というときに「これ」ってのがないことでしょうか。または、「あれこれ」散らかってるけど、それほど言いたくはなかったと気づいたり。まあ、とにかくアウトプットしたからこそ分かるところが大事だなと思うわけです。
そして、散らかっても何でも良いのですが、言う、伝える、書くというところでそれって気づいたことやネタそのもの、インプットが1mmもなければ書けませんし、言えないし、伝えられないと。あるということは何かあったと。そこが大事です。何かあるから、ネタがあるから書けるんですね。
ネタがあるならひとまず書いていってと。そしてそそれを誰かに見せるかどうかはおいておいて、まずはアウトプット。その後判断とすればいいわけです。誰かに見せるものを書かなきゃとするのでハードルが2倍になるというか。ならば、分ければいい。分解の基本ですが、そういうのやれているかどうかもありますよね。
散らかってもいいともいっておきます。失敗かもしれませんが、そうやって何度も何度も失敗して、学んでいけば良いので。学び率は人それぞれなので、回数や割合は自分の指標があると楽です。ないならひとまずやりましょう(笑)
出しまくると結局自分に戻ってくる
書いたり言ったり話したり伝えたり。
それらを繰り返していると、書いたものが伝えたものになり、伝えたものから言ってましたよねといってまた返ってくる。そういう意図があったかはおいておいて、そこでのズレを修正したり、「違い」を楽しむのが醍醐味です。
自分の意図通り全てがコントロールできるのは気持ちが良いかもしれませんが、想定外があるから面白いと。そこを受容できるほうが大事かもしれないですね。
最初はこれらのアウトプットが散らかる、未整理も、実は「自己組織化」みたいなので説明できるかもと。つまり、「分けなくても」勝手に分類されるみたいな不思議なことが起きる。それは、意識や無意識でも勝手に影響を与えるので、例えば誰かに伝えるとその考えに影響する/される、つまりし合う。ので、少しずつ似てきたり、または違いは違いで際立つというか。
これ面白いのでぜひ調べてもらえれば。(勝手に整理整頓 ─ 自動分類アルゴリズム、で調べてもらえれば)
という感じでそういう整理って意外に勝手にされるのでそこは勝手にということを踏まえつつ、でも本当に放置しても駄目なので、少しずつ自分の中に混ぜる、つまり行動の中に入れたりってことになっていくと。そういうのは実はめちゃくちゃ理にかなっている(自己組織化みたいなものとして)のだなと言えそうです。
まとめると、
・アウトプットをまずはする、同じことをいえば強化。違うことをいえば広がりが生まれる
・散らかしていいのでやっていく。そのうち整理される
・いつもの行動にそれらを入れていくと、それらが自然に整理されていく
というわけで、アウトプットしようという話になります。
今まさにアウトプットするものがないな。それなら、インプットがないとか、何か考える時間がないとか、視点がなくて漠然と見ているだけとか。何か不足があるはず!