そもそも「シゴトづくり」とは何か?

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ビジネス・マーケティング
シゴトクリエイターを名乗っています。肩書とかコピーは名乗れますから、タダです(笑)
ただ、名乗る以上はーみたいな話になっていくのかなと。

あとは倫理?とか興味とか、向き合いかた、あと仕事とするならそれなりにやっていく、お客様への対応から全てですけど、まあどこまでやらないといけないかって限度もないと。それは下限もですが、上限もない世界と考えています。

当然下限とは詐欺や騙すことですが、倫理でまずエラーになるので駄目ですが、法を犯すとかもですよね。上限はやり過ぎで、シンプルにその価格でやり過ぎとか。まあ職人気質があればやりがちです。悪くはないんですがこれも上限はあると思います。例えば自分が倒れるくらいは「働きすぎ」ですからね。別に強制されてないとかでも、体が壊れるのはやり過ぎですよと。

そういう世界というか感覚がありつつ、じゃあシゴトってなんですかと。そしてそのシゴトをつくるという「シゴトづくり」とは?

大きなテーマなので、現時点ではさらっとです。

なのですが、結論的には、シゴトをつくる、でかわりはないし、そこを創ることがまさに本質中の本質みたいな話です。

新しい単位としての「シゴト」

概念としては色々提示したと思いますし、世の中にもあります。

例えば、副業、複業。小商い、商い。商売、ビジネス、事業。小規模事業者、個人事業主。ライフワーク、ライスワーク。ソウルワークなんてあるみたいですが。天職、転職?は違いますかね。

これらは仕事を指す言葉です。その切り口が色々ある。

なのですが、しっくり来なかったのは、ある言葉は「ある状態」を示せるが、その単位は結構バラバラだなと。

例えば、副業とは本業がある人が「メイン」ではない意図があります。それはいいのですが、「副業」だから「楽」にできるのか?というとそういうわけではない。例えば、外資コンサルみたいな人が資料作成が出来るスキルをとってきて、「副業」でそれこそココナラをやると。いいんですよ。批判するわけでなくて。ではそれは「本業」と何が違うのか?ってツッコミです。

僕からすれば、別に一緒じゃないかなと思うと。むしろ、「生業」としての収益が少ないとか、対応の仕方が異なる、お客さんが異なる、そういう異なりがあることを意味する程度なんじゃないかなと。

ここにおいて、本業も副業も、別に「シゴト」じゃないか。分ける意味は?ってことなんですよ。まずは。

つまり、シゴトとは、超超小規模のなにか一歩で、最初はお金がでなくてもいいそのアクションややり取りや活動を指すイメージです。一方でそれが、それだけで食える、生計が立てられるレベル、人を雇えるレベルでも「シゴト」というように使います。これは別に僕が言っているだけなので、そういう言葉や定義が世にあるわけではない。

つまり、万能で使っていいと。「シゴト」ですねと。まあ語感が「仕事」なので、分かりづらさがあるんですが、あんまり分かりづらいと使えないので見た目はそうカタカナとしちゃうと(笑)

シゴトをつくるとは?

シンプルに、最初の一歩を支援するでもいいし、形になってくるところを一緒に考える、手足を動かして一緒にやるまでを指すとしました。それがシゴトをつくるということです。

なので、泥くさく、地道で、すぐ出来なくて。そういうものなんですよ。同時に苦労しなければいけないとか、楽してはいけないとかでもない。そのバランスというかニュアンスが難しいのですが、そこってバランスです。好きだと苦労っぽいのも乗り越えられるパワーがある感じですかね。

一方でこれはシゴトづくりではないなというのを書いてみると、僕の感覚ですが、
・転職活動をしたい=いわゆる求職である、会社→会社というものなどの支援を行う
・キャリア相談に乗る=どうやっていきていけばいいか、仕事の積み重ね方を話す
前者ははっきりと違うわけですが、後者は含まれることもありそうです。ですが、やはり、「シゴトをつくる」意志というか、なにかやってみたいんだよね。それがまさに「つくる」なんですが、それがないと違うよと。

そう感じています。もう少し言語化必要ですが、まさに直観でそれは「シゴトづくりだな」とか「じゃないな」はなんとなくいえると。それは後で言語化できるし、していく予定です。のんびりやるとかでもないので、できるだけアウトプットしてみます。

自分はシゴトづくりができているのか?

シゴトクリエイターということを名乗って、他人=要するに人ですが、「シゴトどんなの作ってるんですか?」と聞かれたことって意外にないんですね。興味がないかもしれないし、そんなのやっているとも思ってないかもしれないです(笑)

それはおいておいて、自分としては「アイデア出しのシゴトを作った」と思っていて、それだけで食えるレベルというと僕の主観では違うのですが、それが元になってシゴトが生まれる、重なって違うシゴトが生まれるを体感しているわけです。そのレベル感は色々あれど、それをまさに体験している、体感しているというところで、十分だなと。それは十分とは、これでやりきった!満足した!ということではもちろんないです。

レベルの問題はあれど、初めてやるとか、やろうとしてもわからないとか、そういう人に「有効」であるという意味です。上とか下とかと比較しない、すぐ比較してどうとかもあまり意味がないので。当然それは僕の話であって、人が勝手に比較して来るのはあるわけですよ、避けられない。それはもうしょうがないですよ、僕も逆の立場なら思う。

あとは、その実績やエビデンスややった感覚、言語化、そのあたりはもう出し惜しみはないわけで、そこで信じてもらう。少なくとも騙すわけではないし、というところで信頼をもらえるか。それだけなんですよね。もちろん信頼がなければ依頼はないでしょう。頼んでみようとか、相談してみよう、または一緒にやってみようとかがない。なぜなら、深くかなり入り込んで、対話していくわけですから。そこはかなりの関係性になる。

少なくとも、手軽に買ってハイ終わりとかではないって感じです。サービス自体に意志がいるというか、そういうお客さんだと僕が思い、またはそこを一緒んみたいと思えるか。そこ難しいと思われるかもですが、それって対話すれば見えますからね。僕は少なくとも「見えると思っている」ので、見えるんですね。間違えたら修正していくだけですし。思ったよりも気楽です(笑)

なので、このシゴトづくり実績問題は自分の中ではクリアしていると。なので、後は人の支援というか「誰か他人がシゴトをつくった、生み出した」があればいいんですよ。これも超楽ではないですが、楽しいのは確かなので、できない理由を探す方が難しいという=そこそこできそうだ、というまさに予感があるんですね。こういうの大事ですよね。

なので、分かりやすくやると、「副業」づくりもあるでしょう。儲かるシゴト教えてくださいはやらないですが、お客さんが「副業」という言葉しか知らないこともある。そういう時は揉んで見るってことですね。対話をする。そこから出るかどうか。でないなら・・・厳しいかなと。見込みがあればというのはかなり偉そうですが、「副業」の前にやることがあるってことです。例えばシゴトってなんですか?と。大事じゃないですか?というか、それがないと僕が想定するシゴトづくりの意味がないってだけなんですよ。伝わりますかね?

一方でライフワークみたいなものも手伝うと。当然1年で出来るとかでもない。でも、それでも尚やりたいならやろうと。そういうことでいいじゃないですかと。そういう緩くも深くもあるような、対話やコミュニケーションで関わっていき本質を攻める。それって出来る人なかなかいないんじゃないかと、自負を込めつつ、盛り過ぎかもしれないですが、事実だとするならば、そのスキルなのか何かは使えばいいと。自分にだけ使うのも勿体ないかもしれないので、自分にも使うし検証しているし、相手=他人にも使おうと。

それが、最終的に色々考えて何か色々やってきたものであり、シゴトづくりだったといっても嘘ではないなあと。むしろまとまるんですよね。

ものすごくしっくり来たので、次はまた言語化や資料にして説明することがあるはずです(笑)

というわけで、端的にアイデアが欲しい人でもいいし、手前のシゴトってなんすか?ってところでもいいし、もっと前の自分のシゴトの見直し方とか、振り返りでもいいし。その相手の、人のレベルに応じて、「フル対応」ができると。それ聞いたことがないし、逆に僕がお客さんの立場なら、「待ってました!それですよ」となるので、まさに僕が欲しかった「シゴト」なんですよね。あとは見つけてもらう、気づいてもらうだけですから。まあここが難しいとはいえ、愚直にやるだけですよね。
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