こんにちは皆様。
朝起きたら食べる筈だったフェンネルが、生きていて光に向かっていました。
このフェンネル、生命力トンデモナイ、何があっても生きとるんちゃうか、朝から食べるつもりだったフェンネルのせいに感動して、どう食べようかなって思っています。
朝ご飯はインスタグラムに上げてから、昨日のだったと思い返し、編集、編集、出来ない・・・・・・と自身の能力の無さに絶望しながら、ぼんやり本を読んでいます。
連休中は娘も暇だからと言って料理をしてくれているので、本読み放題。
子供が小さい頃は、本を読んでいると邪魔しに来るので、寝た時か遊びに夢中の時立って読んでいた覚えがある。(座ると気を抜いた途端、本を持って行かれる、舐められる状況だった)
今はしっかり本が読めているのに、前より時間かけて読んでいる、目が悪くなったのか、はたまた頭が悪くなったのか知れないが、時間が掛かる。
時間かけて読むと、表現が見えてくる、元々小説は表現方法が問題で、ストーリー自体(面白い方が良いが)に余り求めたりしていなかったので、昔より表現が見えてきたのは良い事なのだろう。
子供の小さい頃、果てしなく育児が続くような気がして、急いて急いて本を読んでいた私に、絶対に落ち着く日が来るからねと言ってやりたいが、言ってもその頃の自分は信じないと思う。
人に言われても疑心暗鬼な時代だからな、子供だって大きくなるんだよ、と言っても直ぐには信じないし、大人だって信じないよね。
子供は生命力の塊で、大人は身体にブラブラ引っ付いている生命力をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、子供とぶつかり合っていくしかない。
そんな時、これもうちょっとで終わるからって言葉は慰めでしかない。
大人も子供も生きやすい様に出来る場所があればいいのに、(行政的には作っているよと思っているだろうが)良い所は見当たらない。
でも昨今は私の子育ての時期よりやりやすいのかな?
私は知らないけど、子供が育たないと、社会が淀むから、子供が育つ社会って良いな、と思っています。
いつも、有難うございます。