第4段(最終稿)追加記事あり ①霊性を高めていきませんか?自然と良い結果がうまれるかもしれませんよ

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初めての方はこちらから

悩み事や対処に困った時
フッと答えが出てきたり、なんとなく解決してしまう。
自分はその時この様に思います。
『未知のパワー』が手助けしてくれたと。
霊性を高めて、『未知のパワー』からの手助けを受けていきませんか?
先ずは、無料から始めさせていただきます

◎霊性を高めていきましょう。

自分なりの解釈で申し訳ありませんが、今まで生きてきて思った事や
相談を受けてきたりして 感じてきたことを書いていきたいと思います。
霊性、これは、感じようとして感じるものでなく、魂の清さとでも言ったほうが良いかもしれません。
神社に行ったり、朝日が昇るところを見たりして、心が安らかになったり
荘厳さを感じたりしたことはないですか?
又、他人に、迷惑をかけるような事をしたり、また、ごみ箱で無い所にゴミを捨てたりしようとした時、
心に引っ掛かりを覚えた事はないですか?

共に「そんな事無いなぁ」
って、人は、残念ながら、霊性を上げる素質は、現時点では、素質は少ない無いのではないかと思います。
でも、今後、その様な感覚や後述していくことを理解し、行っていけば、霊性を、上げて「未知のパワー」を感じていくことは出来ると思います。

勿論、「その様な事は、良く有りますが、「未知のパワー」を感じた事は、無いです」
という人は、自分の中の基準で、それらを感じているのです。霊性を上げていく為には、必要な事です。先ずは、その基準は、そのままでも構いませんが、少し捉え方を少し変えていきませんか。
そうすれば、霊性も上げていきやすいと思います。

僧侶という職業についている方の中で、修行を積まれて徳を高めている方(積んでいる方)がいます。
これは、霊性を高めるより、難しいと思います。
でも、修行を積むだけでは、徳は高まりませんが、修行を積み、心を清らかにして人に対して心を尽くす事で
徳を積まれているのだと思います。
勿論、霊性も自然と相当高まっている事だと思います。
凡人の自分にはできない事です。

霊性を高める為に、そんな僧侶みたいな修行が要るのか。
要らないと自分は、思っています。

昔から、善い事をしたら、ちゃんと反ってくるよ。
悪い事したら、バチが当たるから止めなさい。
って、言われて来てますよね。

自分は、亡くなったおばあちゃんから、よく言われました。

善い事したのに、何にも無い。って思っている人多くないですか?
何かを期待して、善い事をする。それは、駄目だと思います。
善い事は、代価や代償では有りません。
そこを、間違わないで欲しいと思います。

先ず、善い事は、人にとって善い事。
人の認識の元で、善い事になって居ると思います。
自分は、霊性を上げるには、魂に対しての善い事をする事だと思っています。
霊性が、上がれば、どんな善い事が有るのか、先ずは考えていきましょう。



②霊性を高めていきませんか?自然と良い結果がうまれるかもしれませ

◎◎霊性が、高まれば何が良くなる?

◎霊性の高さって、何?
先ず、問いかけます。
神様と悪魔、何が違うと思いますか?
自分の答えとして言うなら、
同じです。
ただ、陰と陽が、有る同列の存在。
人からみたら、神様の方を良く思いたいのは、事実有りますよね。
よく神様が住む世界、そう、天上界と言うのでしょうか、それを感覚的に表現する時は
暖かくて眩しい位明るい。
逆に、悪魔の住む世界(もしくは、地獄界)は、暗くてジメジメしている
って、言われる事が多いのでは無いでしょうか。
また、悪魔が、神を見た時には、
「眩しいとか」、「溶けてしまう」とか、言っていると表現されませんか?
暖かい⇔冷たい、寒い
明るい⇔暗い
天上界⇔地獄界
対極の表現ですね。
その真ん中に居るのが、身体や物質を持った三次元に生きる生き物でないかと、自分は思って居ます。
仏教や各宗教等に出てくる世界観の様だと自分も思います。
霊と言えば、幽霊とか、仏さんとかその感覚になる人も多いですが、そこは、大まかな捉え方をしてください。
神も悪魔も、自分達と同じ霊であると(言い方は抽象的ですが)いっても良いと思います。
ただ、神や悪魔は、一度も肉体を持つ事の無い霊です。
◎霊性の霊について。
神道では、この様に言われています。
(日本古来からある自然界を中心とした宗教)
神も一霊四魂から成り立つと。
一度は、伊勢神宮に行かれたことが有るかとおもいますが、その内宮の神。そう、
天照大御神も
一つの霊「直霊(なおひ)」と、
四つの魂「荒魂(あらみたま)」「和魂(にぎみたま)」「幸魂(さきみたま)」「奇魂(くしみたま)」の状態をもって、天照大御神とされ、各魂の社殿が、設けられています。
人の場合、1つの肉体にそれが入り、混ざりあって、霊となっているようです。
また、肉体を持った霊は、肉体が滅ぶまで魂の修行を行い霊性を上げて、神に近づく事をしていきます。
勿論、修行を怠ったり、しない時は、また、自らの高慢や傲りが、強いときは、霊性は、下げられます。
その極端な形は、神の霊性を持ちながら、霊性が下がって、天界を追われ改心もする事も無かったので、地獄へ落とされた天使。そう、堕天使、ルシフェル。
乱暴狼藉を働いて天高原から放逐された神、スサノオ神。
など、宗教や神話の中でも同じ様に出てきています。
名前は聞いたことが有ると思います。それは、崇徳天皇。
この方は、政権争いに敗れ、地方に流されて仏教に帰依しながらも、怨嗟の為に、怨みを持って死を迎えて、為政者の周りが病に倒れて行く中で、それが、崇徳天皇の怨霊のせいとされ、それを鎮める為に、御霊を建てられ最後には、神として崇められた方。
また、学問の神様として有名な菅原道真も、天神さんとして祭られているけど、恐れ怖がられ、悪霊・怨霊の言われたひとり。
讒言により都を追われて地方で憤死した後、御所に雷が落ち、讒言した者達が、死んだり都に病が流行ったりしたのを、菅原道真の怨霊の祟りとされて、菅原道真の魂を鎮める為に天満宮が建てられ、祭られた。
魂を敬い崇め奉られる事で、悪霊としての波動も収まり、長きにわたり信仰が引き継がれる事により、霊性も神となったのでしょう。
神として居ながら、悪魔や悪霊となったり、人霊から、悪霊、そして神となったり、霊の持っている霊性は、いろいろ変化していきます。
勿論、生きている人の霊性も変化します。
それは、日々の行動や基本的な想いで、変わっていきます。
徳の高く霊性も高くなった高僧でも、昔はならず者のヤクザな行動をしていた人もいます。
※霊性の高低の影響は、死後に現れます。
この世での生活が終わり、霊と成って何処に行くか。
この霊性の高低で決まると言って構わないと自分は、思います。
人の霊魂は、生まれ変わって行きます。
死後、霊の世界に帰り、そこで一時休息した後、この生き物の世界へ転生し、再び霊魂の修行を行い、霊の世界に戻るを繰り返します。
ただ、霊性が、神の様な高さで有れば、転生は無くなり、霊魂の世界で、思いのままの満ちた状態で存在していると思います。
◎では、何故霊性を上げる事になるのか。(求められてしまうのか)
はやりそれは、その人を担当している守護霊や守護神が、居るからです。
人には、守護霊と言われる人が多く付いています。
勿論、その霊性は、高い者も有れば低い者も居ます。
そして、メインの守護霊は、その付いている人と同レベルの霊性の守護霊が付き、その人と同じ様に人が霊性が上がれば、守護霊も霊性が上がって行きます。(守護霊も自分のステップが上がれば、上のステップの霊とチェンジして行きます。(上がる限界が有るので))
その為、人は、自然と努力させられたり、精神的に鍛えられたりするのです。
また、逆も有ります。
霊性を下げさせる守護霊も居るという事です。
その場合、高位の守護霊と波動が合わなくなり、助けられなくなる事も多いみたいです。

ここから追加分
今回、ここからは本題近くなる為、ストレートに記載します。
◎霊性を上げるのは死後の為?
※答は、そうであり、また、違うといえます。

人は、この世の中では、基本的に同レベルで生きています。生活していく環境という意味では無いです。
産まれて、成長してそして死ぬ。過程は違ってもそこは同じです。そして、人として生きていく意味は、魂としての修行で、霊性をあげていく為に生きていると言っても過言ではないと思います。
でも、身体的能力が違ったり、免疫力が違ったり、様々な違いが個々の中で発生しています。
元々の魂の霊性も 個々に於いて違います。
人という生き物の身体を器として魂の修行をこの世でしている為なのです。

人は、今の人生を謳歌する事が全てと思っている人が、殆どなので、死ぬことが怖く、辛いものと思っている事が殆どです。
勿論、霊性が、上がらず低い霊性の状態で、亡くなるとしたら、生に未練を遺したり、人に恨みを遺したり、生きてきた事に対して後悔する事が、多くなるので死に対しての恐怖は、大きいでしょう。



仏陀は、産まれながらにして王子でした。でも、生に対する答を見つける為に、その王子の、生活を捨てて出家の道をえらびました。
そして、生に対する悟りを拓き、その真理にて、仏教としての悟りを見つけました。それが、仏陀を慕う者により、広められ、仏教となりました。

仏陀は、悟りを拓いたその時点から、死後、生まれ変わらないといけない霊性では無くった筈です。
何故なら、仏陀の霊性は、神に近いものか、神域に入る者になっているからです。
では、仏陀の霊性は、何時上がったのでしょう。
それは、王子の生活をな捨て、心の修行を始め、悟りを拓こうとしていく時から徐々に上がっていっている筈です。

前項で、守護霊は、変わっていくと申し上げました。
普通、守護霊は、各階層の霊がひとりの人に付いています。俗にいう守護霊団です。そしてその人の霊性に近い霊が、メインの守護霊として、人の霊性を上げる(下げる)手助けをします。
そして、その守護霊の霊性に近づけば新しい別の守護霊と代わり、更に人の霊性を上げる(下げる)様にしていきます。

その為、仏陀は、生まれ変わる事がないのです。(守護霊として、仏陀の魂の霊性を上げられる者が居ない為)

(最重要ポイント)
そこで、生きている人(魂から)考えたら、
守護霊は、生きている人をサポートする霊です。その霊の能力が高ければ、サポートを自然と受ける人は、善い事が、重なっていくという事です。
逆な考えを考えると。
マイナスな霊性で、悪事を働いていると、よりマイナスな守護霊が付き、より人を恨んだり、妬んだりさせながら、人霊性を下げさせ、引きづり込んできます。

今、貴方の担当をしている守護霊より霊性が高く霊力がある守護霊に替われば、貴方の霊性を上げる為に、しっかりと導き、貴方が、人や理や自然に感謝しやすい状況を作ってくれるという事です。
そして、その守護霊は、貴方の霊性を上げる事により、その守護霊も霊性が上がり、次の上位霊に替わります。替わった前の守護霊は、上階のより位の高い霊界へ上がっていきます。

では、どの様にしたら、自分の霊性が、上がって行くのでしょう。
次は、最終章として、それを考えていきたいと思います。今回、ここからは本題近くなる為、ストレートに記載します。

◎霊性を上げるのは死後の為?
※答は、そうであり、また、違うといえます。

人は、この世の中では、基本的に同レベルで生きています。生活していく環境という意味では無いです。
産まれて、成長してそして死ぬ。過程は違ってもそこは同じです。そして、人として生きていく意味は、魂としての修行で、霊性をあげていく為に生きていると言っても過言ではないと思います。
でも、身体的能力が違ったり、免疫力が違ったり、様々な違いが個々の中で発生しています。
元々の魂の霊性も 個々に於いて違います。
人という生き物の身体を器として魂の修行をこの世でしている為なのです。

人は、今の人生を謳歌する事が全てと思っている人が、殆どなので、死ぬことが怖く、辛いものと思っている事が殆どです。
勿論、霊性が、上がらず低い霊性の状態で、亡くなるとしたら、生に未練を遺したり、人に恨みを遺したり、生きてきた事に対して後悔する事が、多くなるので死に対しての恐怖は、大きいでしょう。



仏陀は、産まれながらにして王子でした。でも、生に対する答を見つける為に、その王子の、生活を捨てて出家の道をえらびました。
そして、生に対する悟りを拓き、その真理にて、仏教としての悟りを見つけました。それが、仏陀を慕う者により、広められ、仏教となりました。

仏陀は、悟りを拓いたその時点から、死後、生まれ変わらないといけない霊性では無くった筈です。
何故なら、仏陀の霊性は、神に近いものか、神域に入る者になっているからです。
では、仏陀の霊性は、何時上がったのでしょう。
それは、王子の生活をな捨て、心の修行を始め、悟りを拓こうとしていく時から徐々に上がっていっている筈です。

前項で、守護霊は、変わっていくと申し上げました。
普通、守護霊は、各階層の霊がひとりの人に付いています。俗にいう守護霊団です。そしてその人の霊性に近い霊が、メインの守護霊として、人の霊性を上げる(下げる)手助けをします。
そして、その守護霊の霊性に近づけば新しい別の守護霊と代わり、更に人の霊性を上げる(下げる)様にしていきます。

その為、仏陀は、生まれ変わる事がないのです。(守護霊として、仏陀の魂の霊性を上げられる者が居ない為)

(最重要ポイント)
そこで、生きている人(魂から)考えたら、
守護霊は、生きている人をサポートする霊です。その霊の能力が高ければ、サポートを自然と受ける人は、善い事が、重なっていくという事です。
逆な考えを考えると。
マイナスな霊性で、悪事を働いていると、よりマイナスな守護霊が付き、より人を恨んだり、妬んだりさせながら、人霊性を下げさせ、引きづり込んできます。

今、貴方の担当をしている守護霊より霊性が高く霊力がある守護霊に替われば、貴方の霊性を上げる為に、しっかりと導き、貴方が、人や理や自然に感謝しやすい状況を作ってくれるという事です。
そして、その守護霊は、貴方の霊性を上げる事により、その守護霊も霊性が上がり、次の上位霊に替わります。替わった前の守護霊は、上階のより位の高い霊界へ上がっていきます。

では、どの様にしたら、自分の霊性が、上がって行くのでしょう。
次は、最終章として、それを考えていきたいと思います。

ここから下は追加記事です。(単独でも出しています)

神や悪魔、守護霊や一般霊にも霊性があり、日頃存在する場所が、違っています。
それらが、お互いの交わりを持つのがこの現世です。
現世では、それらも霊性の修行をしています。何故なら、現世には、欲望がある為、霊性を上げる為の試練を修行として行う事ができるからです。
勿論、人との関わりで、霊性も変化します。
そう、前項で申し上げた守護霊が、人の霊性を上げる事により、自分の霊性も上がると言う事などです。(逆も勿論有ります)

では、どの様にして、人の霊性を上げたら良いのか。
最高なのは、人を欲望から解放させる事。そう、悟りを拓かせる。
残念ながら、殆ど無いです。
絶望に打ちひしがれ、完全に無気力にさせ、全ての事を諦めさせる事は出来ますが、それは悪魔等が、人との霊性や欲望を食う事で起こる事なので、悟りを開いたとは、言わないです。

1番よく使われるのが、感謝させる様にする事。
人は、何か希望する事が叶えば、先ず喜びます。そしてそれをステップにして、次に進みますが、その前にその喜びを、他に感謝として分け与えられるか。
そう、何事にも、他に感謝し、自分より持ち上げられる様にする事で、人の霊性は上がっていきます。基本、守護霊は、この方法で、人の霊性を上げさせようとしてきます。

見えないけど、感じないけど、神仏を味方に付けていきましょう。
どこかのコマーシャルの文言で
「明日に礼拝、夕べに感謝!」
なんか聞いた事ないですか?
朝起きたら、先祖、神に礼拝し、
1日過ごせた事を感謝する。
勿論、神仏に感謝する心が有れば、悪事を働いたり、人に迷惑をかけていく事は、しにくいと思います。そして、悪い事も興らず、平穏に過ごせたら、
無事に対する感謝を神仏に報告していく。
「神仏の貴方が、加護してくれていたから、無事過ごせたよ。ありがとう」てな感じですね。
先ずは、ここからです。
そして、悪い事が、発生しても、
「貴方見ていてくれたので、この状態ですみました。今後も御加護をしてもらえる様に、お願いいたします。」
運勢のプラス思考です。

神棚や仏壇が無い家庭も多くなっています。
「実家には、有るのだけどなぁ」
形式や礼拝する対象物は、関係ないと自分は思っています。
どの様な物にも、霊性があり、神が宿っていると考えてください。
だから、朝日に、風に、雨に、見えている空に、
礼拝したら自分は良いと思っています
どの様な時でも、それを思うその心が、大切なのです。
なんと無くわかって貰えますか?
そして、普通、一般的にはそこからスタートで、良いと思います。

そうすれば、神仏からの加護も増え、その様に思える心が、
貴方の霊性を上げて行く事に繋がっていきます。


ありがとうございました。
また、記載していきたいと思います。
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