【小説サンプル】鬼ごっこ/壱

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 かつん、かつん。
 革靴の踵が立てる音。だんだんと近付いてくるそれに、私は身を潜めて息を押し殺す。
 怖い、怖い、怖い。
 思考を占めるのはそんな感情だけで、他に何かを考える余裕などなかった。それほどまでに、私はただ恐怖していた。
 ――ぎぃぃ、……ぱたん。
 どこからか聞こえてくる、蝶番の悲鳴と扉が閉まる音。それが静まって、少しの間を置いて、再び聞こえ出す靴音。かつん、かつん。ぎぃぃ、……ぱたん。そして、また靴音がして、ついに。
 ――ぎぃぃ……。
 私が隠れる部屋の扉が、開いてしまった。
「っ」
 思わず上げそうになった悲鳴をどうにか押し殺し、どうにか見つからないようにと身体を縮こまらせる。さっきまでとは違い、扉を閉める音がしない。代わりのように、すぅ、はぁ、と呼吸の音がして、きっと部屋の中を見回しているのだろうと思わされた。
(やだ、やだ、見つかりたくない)
 ぎゅう、と目を閉じ、神に祈る。
(お願いします、神様、どうか、どうか……っ)
 その願いが天に通じたのかは判らない。けれど「ぱたん」と音がして、部屋の中が静かになった。
(嗚呼、助かった)
 そう、考えた瞬間。
「――みぃつけた」
 囁くような声がして、私の唇から「ひっ」と音が漏れる。それが相手に確信を与えたらしい。きぃ、と金属が擦れる音がして、視界を遮っていた扉が、開いた。開いて、しまった。
「あ、あ……」
 涙で滲んだ視界の中、その人は――その鬼は、綺麗な顔を愉悦に歪めた。
 *
「あまりにも綺麗な者には、注意しなきゃいけないよ」
 そんな言葉を幼い私に教え込んだのは、母方の祖母だった。
「本当に人を魅了するのは人間じゃないかもしれないからね」
「人じゃなかったら、何なの?」
「怪異――鬼さ」
「おに?」
 今よりも幾分か高い私の声。記憶に残るそれに、祖母は優しく応えてくれる。
「そう、鬼。人間を襲い、喰らう者だよ」
「食べられちゃうの……?」
 怖くなって震える私の頭を撫でた祖母が、「大丈夫」と柔らかく微笑んで。
「これさえ覚えておけば、鬼に遭ってもきっと助かるからね」
「?」
「それはね、――」


―続―

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