歩いていると、青いトンボが空を切っていった。
虫が好きな息子の顔が脳裏に浮かぶ。
いま虫かごを持っていたなら、捕まえて持って帰ってあげるのに、と思った。
私は虫が好きじゃないけれど、それとは関係なく息子は虫が好きであり、
それは私にとって、とても重要なことなのだ。
ふと傍に目をやると、さっきの青いトンボと黄色いトンボが後尾をしていた。
とても複雑な体勢をしていて驚いた。
息子に見せようと写メを起動させている隙に、2匹はどこかに飛んでいってしまった。
青いトンボと黄色いトンボの子どもは緑色のハーフかな、なんて取るに足らない空想をしていたけれど、
気になって調べたら、その青いトンボは「シオカラトンボ」のオスであり、メスは黄色く、別名「ムギワラトンボ」と呼ばれていることが分かった。
トンボに関する知識なんて、私にとってはどうでもいいものだけど、
息子にとって価値があるかもしれない知識なら、それは私にとって、とても価値があるものなのだ。
息子から見える景色が見たいと願っていたら、
トンボの真っ青な身体や、デリケートな羽や、繁殖の瞬間を「美しい」と感じる、そんな景色が私の眼界に開けた。
帰りに、パン屋さんに寄った。
陳列棚の中に、アップルパイを見つけた。
私はそのパン屋さんの常連だけど、アップルパイが売っていることをはじめて知った。
先日、息子が出題してきた「おれの好きな食べ物クイズ」によると、第3位はアップルパイだった。
「食べたい」とねだられたことのない食べ物がランクインするなんて、なんだか悔しい。
ちなみに第2位はかまぼこ、第1位はたまごスープだった。
クイズには一個も正解しなかったけれど、「おれ」らしくて、すごくいいなと思った。
どの食べ物にもきっと、「おれ」だけが知っている、幸せな記憶があるはずだ。
私は、アップルパイを2つ買った。
糖質制限中だけど、今日は息子と一緒に食べたくなった。
私は、息子が好きなアップルパイの良さを、もっと知りたいと思った。
学校から帰ってきた息子に「アップルパイあるよ」と声をかけたら、
「ヤッタ!」と叫び、あっという間にバクバク食べてしまった。食べ終わるとすぐに、ポケモンを見始めた。
明日は遠足だから、宿題がないらしい。
なんの気がかりもなく、ただ好きなことをしてくつろぐ息子は、幸せそうである。
私の方を見向きもしない息子を眺めながら、私はアップルパイをちびちび食べる。
こんなふうに、私の日常は、息子への片想いで出来ている。
息子に片想いをしている時間は、とても幸せだ。
そして私は、いつもこんなふうに
人を愛せたらな、と思う。
好きなものがたくさんある、その人を。
好きなものをたくさん教えてくれる、その人を。
好きなことをして楽しんでいる、その人を。
私は勝手に応援して、勝手に幸せになるから、
どうか好きなように、幸せになってほしい。
息子が、私の大切な人たちが、そして私自身が。
どうか、心を自由にして生きていけますように。
ちなみに、「おれの好きな場所クイズ」の1位は「家」だった。
私も「おれ」がいる「家」が大好きだから、とても嬉しかった。
(2021年7月)