【ピンと来ることを学ぶ】

記事
学び


日常的スピリチュアル、安田です。

学ぶことの必要性を
感じていても
何を学んだらいいのかが
分からない人がいます。
私たちは
「これを学びなさい」と
学ぶことを
義務化されてきたので
何を学んだらいいのかが
分からなくなっています。
学ぶべきことは
無数に、無限にあるのですが
その中から
選ぶしかないのです。
選ぶ基準は
ピンと来ることを
基準にしていくのですが
何にピンと来るのかの
把握が必要なのです。
ピンと来ることを
意識化することで
把握することが
できるようになります。
常に気を張る必要はありませんが
何となく必要に感じることを
とりあえず学んで見てください。
学び始めることで
必要なことなのかが
分かるようになります。
必要性を感じられないことを
いくら学ぼうとしても
学ぶことはできないのです。
簡単に言えば
学びたいことを
学べばいいのです。
学ぶことは
義務、強制することは
できないのです。
義務、強制ができないことを
させられてきた感があるので
勉強嫌いの人が
多いのです。
本来、学びというのは
最も贅沢なことなのです。
その贅沢なことを
拒否している人が
多いのです。
子どもの頃
学生時期は
仕方がないのですが
大人になってからは
学びたいことを
学べばいいのです。
勉強からの解放というのは
勉強しない解放ではなく
義務、強制されてきた
勉強からの解放なのです。
学ぶことは
生涯必要なのです。
今は生涯学習
生涯現役の時代なので
それこそ
霊的世界に行く直前まで
学ぶくらいの
学習力が必要なのです。
この世での学びは
霊的世界にも連結されていきます。
霊的世界は
この世の延長なので
この世で学んだことは
永遠に残るのです。
霊的世界に行って
記憶喪失になるのではなく
むしろ、霊的な面が
そのまま強くなるのです。
霊的世界には
時間、空間の制限が無いので
この世の一日が
一年になります。
一年で学ぶことを
一日で学ぶことが
できるのです。
時間、空間の制限が
無いというのは
圧縮することが
できるということです。
霊的世界に行ってからも
学ぶようになるのです。
なので
生涯学習のみならず
永遠学習になるのです。
ピンと来ることを
学ぶことができるようになれば
学ぶことが
快楽になります。
快楽を感じながら
努力することができるのです。
快楽を感じながらの努力によって
成長欲求を満たすことができます。
努力というのは
学ぶことであり
実行することであり
瞑想、運動を
することなのです。
学べないというのは
努力ができないということです。
努力ができなければ
成長することもできないし
成長欲求を満たすことが
できないということです。
学べる人は
実行することができ
瞑想や運動も
できるようになります。
努力というのは
連結されていくので
何か一つでも
できるようになれば
他の努力も
できるようになります。
大人の学びには
教科はありません。
何を学んでもいいので
ピンと来ることを
学ぶしかないのです。
ピンと来ることを学び
極めることができれば
価値を生み出す歩みが
できるようになります。
永遠の観点からの
学びができるようになれば
永遠につながる学びが
できるようになり
学びの価値を
高めることが
できるようになります。

今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌
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