【悟れる時期の違い】
記事
学び
日常的スピリチュアル、安田です。
同じことを学んでも
同じことを知っていても
悟れる時期は
人それぞれで違います。
本心基準では
早く悟りたいのですが
悟るために必要な経験
体験をするようになります。
悟りの境地に至ると
「もっと早く悟りたかった」という
思いに駆られますが
適切な時期に
悟れるように
導かれています。
環境、状況というのは
必要な経験、体験をするために
与えられるのです。
自己責任を全うできないことで
与えられることもありますが
どんなことが与えられても
必要な経験、体験が
与えられているということです。
何が必要なことなのかは
私たちの次元では
分からないことなのです。
願ってもいないこと
願った覚えがないことが
与えられることで
感じたくない境地を
感じるようになるのですが
その経験、体験が
活かせるようになるのです。
経験、体験が
いつ活かせるのかは
分かりようがないのですが
悟るために
与えられることがあります。
悟りの境地には
努力を続けることで
至ることができるのですが
その時期というのは
誰にも分かりません。
自分でも、自分が
いつ悟れるのかは
分からないのです。
あるいは
いつ悟ったかも
分からないのですが
過去の自分の基準よりも
高くなっていれば
悟っているということです。
成長の度合い
段階というのは
人それぞれで違うのは
努力の度合い
積み上げてきた
基準の違いで異なります。
なので、他の人
周りの人と比べても
意味がないのです。
自分のペースで歩み
努力していくことで
確実に積み上げる歩みができ
成長することができ
悟りの境地に至れるのです。
現代人が求めているのは
悟りの境地なのです。
今や知識や情報は
民主化されているので
何かを知っていることは
価値視されないのです。
情報弱者が多いので
ちょっとでも多くのことを
知っていることが
価値視されてしまうのです。
情報弱者というのは
知らないことが
多いということではなく
学ばない人のことをいいます。
どんなに多くのことを
学んでいたとしても
知っていることよりも
知らないことの方が
圧倒的に多いのです。
知っている
知らないを基準にしたら
全ての人は情報弱者なのです。
知らないことが
多いことが問題なのではなく
学ばない、学び続けられないことが
情報弱者の問題なのです。
学び続けている人の
行き詰まりというのは
悟れないことなのです。
知っていることは
それなりにあっても
悟れないことで
知っていることが
活かせないのです。
全く知らないことが
できないことには
何の葛藤もないのですが
知っていることが
できないことに
葛藤しているのです。
その葛藤によって
居心地の悪さを感じることで
転換したくなり
悟りの境地に至れるのです。
悟りに必要なのは
居心地の悪さ、違和感
感じたくない境地
葛藤なのです。
どれも反射的に
避けたくなるのですが
生みの苦しみを感じることで
悟りの境地に至れるのです。
努力し続ける中で
生みの苦しみを感じることで
悟りの境地に至るのですが
私たちの本能は
痛みを避けようとします。
本心は痛みを感じても
悟ることを求めるのですが
本能が痛みを避けようとするのです。
心霊基準が上がることで
本心基準を強めることができ
本心の願いを求めるようになります。
知識、情報を
知っていることだけに
行き詰まりを感じることで
悟りの境地を求めるようになり
本心基準の願いを
求めることができます。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌