【メンタルの弱さを受け入れる】
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学び
日常的スピリチュアル、安田です。
メンタルというのは
誰でも弱いのです。
強そうに見せることはできても
メンタルは弱いので
ちょっとしたことでも
感情が揺れてしまうのです。
強いメンタルを
求めている人がいますが
強くなくてもいいのです。
実際、メンタルの強さというのは
分かるようで分からないし
何をもって強いか、弱いかを
判断することはできないのです。
つまり、メンタルを
計る基準はないということです。
私たちの感情というのは
常に不安定なのです。
感情の不安定さに
悩んでいる人もいますが
一定の感情を保つことはできません。
他の人の感情は
安定しているように
見えるのですが
不安定な感情を
そのまま出していたら
収拾がつかなくなり
何もできなくなってしまうのです。
私たちには
他の人の感情が
分からないので
自分だけが
不安定だと思いがちですが
似たり寄ったりのことを
感じているのです。
感情が不安定なのは
仕方がないのです。
湧き上がってくる思いや考えを
「感じるな、考えるな」と諭して
抑えようとしても
次々に出てくるのです。
私たちは
歴史的な思い、考えを
背負っているので
自分の思い、考えのようで
自分だけの思い
考えではないのです。
過去の先人たちの
思いや考えを
引き継いでいるので
我知らず
湧き上がってくる思い
考えが出てくるのです。
なので
良い意味での
責任転嫁も必要なのです。
特定の誰かのせいに
するのではなく
歴史的な思い、考えという
漠然としたことに
責任転嫁すればいいのです。
その責任転嫁によって
ありのままの感情を
受け入れることができ
自分の弱さを知ることができます。
私たちは
強くないといけない
完璧でないといけない
という教育を受けてきたので
自分の弱みを
知ろうとしないのです。
歴史的に
闘いの歴史が続いてきたので
弱みを見せることが
できなかったのですが
弱みを見せなくても
弱みを知ることは
必要なのです。
わざわざ自分の弱みを
出さなくてもいいのですが
自分で自分の弱みを知ることは
必要なのです。
時代が成熟することで
メンタルが弱くなっていきます。
闘いのような時代では
必死になるしかないし
ハングリー精神で
歩むことができたのですが
成熟した時代では
必死になる必要はないし
ハングリー精神も
必要ないのです。
なので、現代人は
過去の先人たちよりも
メンタルが弱いのです。
精神的に病んでしまうのは
メンタルの弱さが原因であり
メンタルの弱さは
成熟した環境の影響が
大きいのです。
かといって
今さら過去のような
時代に戻ることはないので
成熟した時代の中で
どう歩んでいくかを
考えていく必要があるのです。
これからより
テクノロジーが発達し
より成熟していきます。
便利さ、快適さという
次元ではなく
効率的、効果的という
次元でもなく
次の段階の次元になるので
感情が追いついていないのです。
現実の環境と感情に
大きなギャップがあるので
心理的なバランスが崩れ
精神的に病んでしまうのです。
どんなに環境が
良くなったとしても
感情が追いついていなければ
メンタルが弱くなります。
自分次元の意識では
メンタルが弱くなり
精神的に病みやすくなるので
より大きな目的を
目指す意識が必要なのです。
メンタルの弱さを
受け入れることで
ありのままの感情を
把握することができ
受け入れられた
安心感によって
歩みやすくなります。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌