【他責にすると思考が停止する】
記事
学び
日常的スピリチュアル、安田です。
他責にしたい思いは
誰でもあるのですが
他責にしてしまうと
思考が停止してしまうのです。
自己責任にすることで
見えてくることがあり
気づきや悟りの境地に
至ることができます。
自己責任というのは
重荷を背負うことではなく
自分の軸を基準にして
見ることをいいます。
自分軸が確立していれば
自己責任で物事を
見ることができるのです。
自己責任で見ることで
出来ることが見えてきて
悟りの境地に至れるのです。
ただ、私たちには
他責にする癖があります。
無意識に、反射的に
「あいつが悪い、こいつが悪い」と
反応してしまうのです。
実際に、誰が悪いかどうかは
どうでもいいことなのです。
他責にしないで
自己責任にすることで
自分が出来ることが
見えてくるのです。
私たちの思考は
停止すること
停止させることを
願っています。
なぜなら
思考をするのは
過酷な労働だからです。
できる限り
思考をしないことを
願っているので
他責にしたくなるのです。
ですが、他責にしてしまうと
何も思考することができなくなり
何もできなくなってしまうのです。
思考を停止させないためには
何をするにしても
自己責任だと考えることが
必要なのです。
より大きな目的のために
歩むというのは
大きな目的をも
自己責任だと
考えることをいいます。
現実的には
大したことはできないのですが
大きな視野で考えることで
大きな発想ができるのです。
自己責任の全うは
出来ることに
最善を尽くすことなので
現実的には
当たり前のことを
するだけなのです。
ただ、どのような意識
考え方で歩んでいるかで
物事の見る角度を
変えることができるのです。
これからより
自己責任の意識が
必要になっていきます。
自己責任の意識ができなければ
努力をすることはできないし
基準高く歩むことはできません。
努力というのは
自分で勝手に決めて
勝手にやることなので
全て自己責任なのです。
環境の制限によって
努力ができなかったとしても
他責にしていたのでは
工夫をすることができなくなり
前に進むことが
できなくなります。
他責にしないためには
他責にしない意識が必要なのです。
他責にしたい思いは
常に湧き上がってきますが
その思いを把握して
他責にしない意識を
していくことで
自己責任としての
思考ができるのです。
現実の環境は
他責にするような
環境ばかりであるので
他責にしてしまう
誘惑が多いのです。
この誘惑を見抜いて
誘惑に同調しなければ
自己責任の思考ができます。
大抵、他責にすることというのは
自分にも、その要素があることなのです。
自分の要素を
受け入れたくないので
他責にしたいのです。
他責にしたくなることは
自分の中にある要素を
発見することでもあるのです。
同じ要素があるので
その要素を他責にしたくなるのです。
同じ要素として
受け入れることは
簡単ではないのですが
把握しておくことで
自分の心理状態の
把握ができます。
心理的な転換ができれば
心霊的な余裕ができるので
他責のようなことでも
自己責任にすることができます。
誰が良くて
誰が悪いというのは
どうでもいいことなのです。
トータル的に考えれば
皆が良くて、皆が悪くなるのです。
なので、誰か良いか
悪いかというのは
大した問題ではないのです。
皆が自己責任を
全うすることができれば
自然に調和されていきます。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌