★職場の人間関係・仕事の愚痴お聴きします
★対人関係や自身の身の振り方に悶々とする
★自分自身のことがよくわからなくなった…
★パートナーとの関係や悩み
★自己肯定感が低いのかしら?
☆ココナラ電話相談☆
営業 / 営業事務・アシスタント 経験年数 : 6年
事務・ビジネスサポート / 事務(一般事務) 経験年数 : 20年
ライフスタイル・その他 / カウンセラー・コーチ 経験年数 : 7年
Excel 経験年数 : 20年
Google スプレッドシート 経験年数 : 1年
PowerPoint 経験年数 : 5年
Word 経験年数 : 20年
・★職場の人間関係・仕事の愚痴お聴きします
➡職場の人に冷たい態度をとられる ➡上司からパワハラ・セクハラにあっている ➡挨拶しても無視される ➡何も悪いことをしていないのに怒鳴られる ➡先輩又は上司からいじめにあっている ➡理不尽な扱いを受けている 私も経験者のひとり、辛い毎日を過ごしましたが、話始めることで何か糸口がつかめることも、 前向きになる一歩を踏み出せることもあります。今日あった出来事はなしてみませんか?
・★対人関係や自身の身の振り方に悶々とする
➡こんなことで悩むなんて私はダメな奴だ… ➡こんなにミスするなんて自分に腹が立つ、許せない。 ➡どうしてわかってくれないわけ… ➡私には何の取り柄もない… ➡なんで私ってこんなにダメなんだろうか… 毎日、こんなことばかり思っていることはありませんか? 私もそんなときがありました。 素直で優しい人ほどその傾向は強く周りの期待に応えようとしていませんか? 気軽にお話ししてくださいね
・★自分自身のことがよくわからなくなった…
➡自分のことがよくわからなくなった ➡自分のことをもっとよく知りたい ➡自分と向き合いたい ➡私はだれ?なんかもうわからなくなってきた ➡わたしってどんなひと?か? 私も自分って何者?私って誰?考えたりする時があります。 あなた自身のセルフイメージを言語化することにより「今この時」のあなたが分かります。 無意識の中にいる自分を探しにいくことで、様々な気づきが起こることでしょう
・★パートナーとの関係や悩み
➡パートナーの気持ちが分からない、知りたい ➡パートナーを信じられなくなってしまった ➡喧嘩が絶えす関係がギクシャクしている ➡依存や執着をしてしまう ➡家事・育児の負担への不満がある 会話があまりなくなってきた、しかしたまにコミュニケーションと思い 会話をしてみるとまた喧嘩になるばかり… 何となく金銭や生活のズレが気になる 性格や価値感のずれもあるかも…ありませんか?
・★自己肯定感が低いのかしら?
➡なんで私ってこんなにダメなんだろう… ➡もっと頑張らないと… ➡また失敗しちゃった… ➡今日も嫌なことばかりだった… ➡どうしてわかってくれないの… 毎日、感じていませんか? もしかして自己肯定感が低く、いつも同じ典型的な感じ方をしているかもしれません。 今のままの自分でもその未来は変えられます。 明日に向かって一歩を進むために少しでも楽になりませんか、優しく寄り添います♡
メンタル心理カウンセラー 取得年 : 2016年
カラーセラピスト 取得年 : 2024年
会社経営する父とその会社の経理をしっかり支える母のもとに私が生まれました。 1934年5月 〜 2026年6月
・誕生から幼少期 / 誕生・複雑な家庭環境・血縁関係・理不尽・嫌がらせ・一人 1934年5月 〜 1940年5月
会社を経営していた父と、 その会社の経理をしっかり支えていた12歳年下の母のもとに、 私は一人娘として生まれました。 こう聞くと、ごく普通の家庭を想像されるかもしれません。 けれど実際は、とても複雑な家庭環境の中で育ちました。 父には、母とは別に「本妻」と呼ばれる女性がいて、 その家庭には3人の子どもがいました。 しかし、その子どもたちは父とも本妻とも血縁関係がなく、 何らかの事情で引き取り育てていたそうです。 私は父と母の実の子どもですが、その家族とも自然に行き来があり、 小さな頃は一緒に遊んだり、お泊まりをしたり、 年の離れた兄や姉のように可愛がってもらいました。 幼い頃の私は、その環境を特別だとは思っていませんでした。 それが私にとっての「当たり前」だったからです。 けれど、成長するにつれて、少しずつ「 私の家庭は、ほかとは違うのかもしれない」 と感じるようになりました。 そして私にとって父方の親戚との関わりは、 特につらいものでした。 親戚が集まる場では、私だけがそこにいないかのように扱われたり、 話しかけても返事をしてもらえなかったり、 仲間に入れてもらえなかったりすることがありました。 幼い私は、その理由が分かりませんでした。 「私は何か悪いことをしたのかな。」 「どうして私だけなんだろう。」 そんな思いを胸に抱えながら、 その場で笑っている大人たちを見つめていました。 自分の存在を否定されたような寂しさを感じながらも その気持ちを誰かに話すことはできませんでした。 その頃から私は、周りの空気を読む子どもになっていったように思います。 相手の表情や声のトーンを見て、 「今は話しかけても大丈夫かな」 「何も言わないほうがいいかな」と考えることが、 いつしか当たり前になっていました。 父は10人きょうだいの大家族で、 多くの親族が父の会社で働いていました。 母も同じ会社で働いていたため、 幼稚園が終わると会社で母の仕事が終わるのを待つことがよくありました。 絵を描いたり、 本を読んだり、 歌を歌ったり、 人前で踊ったりすることが大好きな子どもでした。 いつも明るく振る舞っていた一方で、 家でも一人で留守番をすることも少なくありませんでした。 母の帰りを待つ家は静かで、とても長い時間に感じられました。 最初は寂しくてたまりませんでした。 けれど、そのうち寂しさに慣れることを覚えました。 本当は慣れたのではなく、 「寂しい」という気持ちを心の奥にしまい込み、 それが日常になっていったのだと思います。 一方で父は、 そのような状況を大きく変えることはありませんでしたが、 血縁のない家族を長年支え続けていました。 幼い私には理解できないことも多くありましたが、 大人になった今振り返ると、 人を見捨てない情の深さや責任感を持った人だったのだと感じています。 人は善悪だけでは語れない。 そんなことを父の姿から学んだように思います。 母の人生にも、大きな歴史がありました。 祖父は中国・満州で教員をしていました。 一家で満州に暮らしていましたが、 母の母と3人のきょうだいは現地で病気により亡くなりました。 母と弟だけが生き延びましたが、 生活の事情から別々の家庭へ預けられ、 そのまま生き別れになってしまいました。 帰国後も祖父と母は、 中国残留孤児の方々が来日されるたびに、 生き別れた弟を探し続けていました。 幼い頃は、その話の重みを十分理解することはできませんでした。 しかし、大人になった今、 人は誰もが目には見えない事情や悲しみ、 人生の物語を抱えて生きていることを強く感じています。 私自身の幼少期の経験と、家族が歩んできた歴史。 そのすべてが、「人を決めつけないこと」 「まずは相手の話を丁寧に聴くこと」の大切さを教えてくれました。 今の私が、人に寄り添いたいと願う原点は、この幼少期にあるのだと思っています。
・学生時代 / いじめ・仲間・活発・暴力・恋愛・人間関係・お別れ・不良・失恋 1935年5月 〜 1942年5月
小学生の頃の私は、一人っ子ということもあり、 「天真爛漫だね」 「明るくて元気な子だね」と 言われることが多い子どもでした。 外で遊ぶことが大好きで、 水泳を習い始めてからは泳ぐことが大好きになり、 中学・高校では水泳部に所属しました。 部活動を通して、仲間との絆や礼儀、先輩・後輩との上下関係など、 多くのことを学ばせてもらいました。 一方で、「一人っ子だからわがまま」と 言われることもありました。 幼かった私は、その言葉をそのまま受け止め、 「私が悪いのかな」 「私の考え方がおかしいのかな」と、 自分を責めることもありました。 本当はわがままだったのではなく、 自分の気持ちをどう表現したらいいのか 分からなかっただけだったのかもしれません。 学校では仲の良い友達もいましたが、 小学生の頃から仲間外れを経験することが何度もありました。 昨日まで一緒に遊んでいた友達が、 次の日には口をきいてくれない。 またしばらくすると、 何事もなかったように仲良くなる…。 そんなことが繰り返されるたびに傷つきながらも、 「また元に戻れる」と信じて過ごしていました。 そして中学生になると、 人間関係はさらに複雑になりました。 「気持ちを新たに頑張ろう。」 そんな期待を胸に入学した中学校でしたが、 一年生の一学期からクラスでいじめの対象になりました。 朝、教室へ入ると自分の席の机いっぱいに 「バカ」 「死ね」と 書かれていることがありました。 机の中にはカビの生えたパンが入れられ、 体育の時間にはジャージが隠される。 グループ活動では仲間に入れてもらえず、 挙句の果てに 授業中に背中に針を刺されるようなこともありました。 特別な理由があったわけではありません。 誰かが標的になり、 その役目がたまたま私だった。 そんな空気が教室にはありました。 毎朝学校へ向かう足取りは重く、 「今日は何が起きるのだろう」と 不安を抱えながら登校していました。 誰にも助けを求めることができず、 一人で耐える毎日でした。 中学一年生の時、 私は母に「一週間だけ学校を休ませてほしい」とお願いしました。 その頃には、 「もう消えてしまいたい」 「生きているのがつらい」と 思うほど追い詰められていました。 自ら命を絶つことまで考えたのは、この時が初めてでした。 今振り返っても、本当に苦しく、 生きた心地のしない毎日だったことを覚えています。 中学二年生になると、 不良と呼ばれていたクラスメイトと意気投合し、 仲良くなりました。 すると、それまで親友だと思っていた友達から 「そんな子と付き合うなら縁を切る」と言われました。 その出来事は、 「親友とは何だろう」 「人とのつながりとは何だろう」と 考えるきっかけになりました。 この頃は、人間関係だけでなく、 さまざまな出来事やトラブルにも巻き込まれ、 心が揺れる経験をたくさんしました。 それでも、中学三年生の時には、 一年生の頃から密かに想い続けていた同級生に勇気を出して告白し、 お付き合いすることができました。 両思いになれた喜びは、 それまでのつらい出来事を忘れてしまうほど大きく、 「生きていてよかった」と心から思えた瞬間でした。 しかし、その恋も周囲の誤解や先輩の迷惑行為によって 信頼関係が崩れ、別れることになりました。 悲しみは大きかったものの、 この経験から、人を信じることや自分らしい恋愛について 考えるようになりました。 高校では、 「新しい自分で頑張ろう」と 気持ちを切り替え、新しい環境へ飛び込みました。 部活動ではレギュラーを目指し、 厳しい上下関係や練習にも負けないという気持ちで 毎日努力を重ねました。 苦しいこともありましたが、努力が実を結び、 レギュラーに選ばれた時の喜びは今でも忘れられません。 クラスメイトや部活動の仲間にも恵まれ、 高校時代は少しずつ自分らしく笑える時間が増えていきました。 学生時代を振り返ると、 人との出会いによって傷つき、 人との出会いによって支えられてきたように思います。 孤独やいじめ、裏切られたと感じた経験もありました。 それでも、誰かとの出会いが人生を明るく照らしてくれることも知りました。 だからこそ私は、人とのつながりを大切にしています。 誰にも言えない苦しさや、 一人で抱え込んでしまう気持ちは、 経験した人にしか分からないことがあります。 私自身がそうだったからこそ、 今は「安心して話せる場所」でありたいと思っています。 話すことで心が少し軽くなり、 「一人じゃなかった」と感じてもらえるように。 そんな存在でありたいという想いは、 この学生時代の経験が育ててくれた大切な宝物です。
・社会人になってから / 就職・転職・働き方・自分らしく・生きる・対人関係・結婚 1939年4月 〜 1947年5月
高校卒業後は、 「一度きりの人生だから、興味を持ったことには挑戦してみたい」と いう想いを大切にしながら、さまざまな仕事に携わってきました。 ホテルやレストラン、市役所、公務員としての事務職、 大手水産会社での給与担当、生命保険会社での営業、 商社や医療材料会社、営業事務、ホテル管理事務、 洋菓子店でのお菓子づくり、スーパーでの営業事務など、 多岐にわたる職種を経験してきました。 事務職だけではなく、接客や営業、ものづくりなど、 さまざまな立場で働いたことで、人との関わり方や仕事に対する責任感、 そして相手の立場に立って考えることの大切さを学びました。 当時は、 「一つの会社に長く勤めることが良いこと」と 言われる時代でした。 転職を繰り返すと、「長続きしない人」と いう印象を持たれることもありました。 それでも私は、人からどう思われるかよりも、 「自分の人生をどう生きたいか」を大切にしてきました。 興味を持った仕事には勇気を出して挑戦したり、 ご縁があり、恩師の紹介で有名企業へ入社し、 給与や労務に関わる仕事に就くこともありました。 どの仕事も一つひとつの経験が、今の私を育ててくれたと思っています。 短い職場では半年ほど、現在の職場では16年以上勤務し、 時にはダブルワークも経験しました。 どの職場にも、それぞれの学びと出会いがあり、 どれ一つとして無駄な経験はありませんでした。 働く人を支える仕事を通して、人にはそれぞれ事情があり、 職場では見えない悩みを抱えながら 働いている方がたくさんいることを実感しました。 仕事だけではなく、私生活でも結婚、出産、引っ越し、 主人の転勤による転職、そして飲酒運転の車との交通事故など、 人生にはさまざまな出来事がありました。 楽しいことやうれしいこともたくさんありましたが、 それと同じくらい、苦しいことや悲しいこと、 悔しさや迷いを経験してきました。 人を信じられなくなったこともあります。 自分に自信を失い、自己肯定感が下がってしまった時期もありました。 職場ではハラスメントを経験し、 人間関係に深く悩んだこともあります。 また、結婚を通して嫁姑関係の難しさを経験し、 「家族だからこそ難しい人間関係」があることも実感しました。 その一つひとつの出来事は、 その当時は決して楽なものではありませんでした。 けれど振り返ってみると、どの経験も 「人はそれぞれ目には見えない背景を抱えて生きている」ということを、 私に教えてくれました。 だから私は、目の前の人を決めつけず、 その人の言葉だけではなく、 その奥にある想いにも耳を傾けたいと思っています。 社会人になってからも、 人生は思いどおりに進むことばかりではありませんでした。 それでも、そのたびに立ち止まり、 悩み、学び、少しずつ前へ進んできました。 その積み重ねが、今の私の「寄り添う力」になっていると感じています。
・子育て時代 / 子育て・ママ友・対人関係・不登校 2000年5月 〜 2004年6月
結婚し、母になってからの人生は、 それまでとはまた違った学びの連続でした。 子どもが生まれたときは、 「元気に育ってくれたらそれでいい。」 そんな当たり前の幸せを願っていました。 けれど、子育ては思い描いていたようには進みませんでした。 子どもが学校へ行けなくなった時期がありました。 また、いじめや集団の中で孤立し、 苦しむ姿を目の前で見守ることもありました。 親として、 「何とかしてあげたい」 「代わってあげたい」と何度も思いました。 けれど、親だからこそ、 できることには限りがあることも知りました。 励ませばいいわけでもない。 頑張れと言えばいいわけでもない。 答えを与えれば解決するわけでもありませんでした。 子どもが本当に求めていたのは、答えではなく、 「自分の気持ちを安心して話せる場所」だったのだと思います。 私自身も、どう接したらいいのか分からず悩み、 自分を責めたこともありました。 「母親として何が足りなかったのだろう。」 「私の育て方が悪かったのだろうか。」 そんな思いを抱えながら過ごした日々もあります。 それでも、子どもと向き合い続ける中で、 一つだけ確信したことがあります。 それは、人は安心できる場所があるからこそ、 自分の力で前へ進んでいけるということです。 親がすべてを解決してあげることはできません。 けれど、どんな時も「あなたの味方だよ!」と 伝え続けることはできます。 そのことを、子どもから教えられたと思っています。 振り返れば、私自身も幼い頃から、 人間関係に悩み、居場所を探し続けてきました。 だからこそ、子どもの苦しさや孤独が、 自分のことのように胸に響いたのだと思います。 子育ては、子どもを育てる時間であると同時に、 私自身の心を育ててもらう時間でもありました。 思いどおりにならない日々の中で、 言葉よりも安心感を届けること、 そして寄り添うことの大切さを学びました。 その一方で、 子どもたちは、小学生の頃に病気を発症しました。 母親として、 「健康な体で産んであげられなかった」と、 自分を責め続けた時期もあります。 「私のせいなのではないか。」 そんな答えの出ない問いを、 何度も何度も心の中で繰り返していました。 「代われるものなら代わってあげたい」と 何もしてあげられない自分の無力さに涙したこともあります。 それでも子どもたちは、 自分のペースで一歩ずつ成長していきました。 その姿は、 「人は誰かと比べるものではなく、その人らしい歩幅で前へ進めばいい」と。 母親として子どもを育ててきたつもりでしたが、 本当は私のほうが子どもたちから、生きることの強さや、 人を信じて待つことの大切さを教えてもらい 子どもたちに育てられているのだと感じました。 そしてまた子育てを通して、 ママ友との出会いにも恵まれました。 子どもの成長を一緒に喜び合ったり、悩みを相談し合ったり、 支え合える関係に何度も助けられてきました。 その一方で、人の噂話や陰口が広がる場面に 出会うこともありました。 最初は「うまく付き合わなければ」と 思っていましたが、 誰かのことを話題にして評価したり、 憶測で話が広がっていくことに、 少しずつ違和感を覚えるようになりました。 そのような環境に身を置き続けるよりも、 自分の心が穏やかでいられることを大切にしたいと思い、 そっと距離を置くことを選びました。 人間関係は、無理をして続けるものではなく、 お互いを尊重し合い、 安心して過ごせる関係であることが 大切なのだと、この経験を通して学びました。 今では、人それぞれ考え方や価値観が違うことを受け入れながら、 自分らしくいられるご縁を大切にしています。 だから私は、答えを急がず、 その人のペースを大切にしながら、 安心して心を開ける時間を 一緒につくっていきたいと思っています。 子どもたちが私に教えてくれたことは、 今の私にとって何よりも大切な宝物です。 今、誰かのお話をお聴きするとき、 私は子育てを通して教えてもらったこの経験も大切にしています。
・心理学との出会い / 自己肯定感・悩み・自立・自責・手放し・傾聴・出会い 2008年6月 〜 2009年8月
幼少期の家庭環境、学生時代のいじめ、人間関係の悩み、 社会人になってからのさまざまな経験、結婚、子育て…。 人生を振り返ると、 その時々でたくさんの壁にぶつかってきました。 苦しい出来事があるたびに、 「どうして私ばかり…」 「どうしたらこの苦しさから抜け出せるのだろう」と悩み、 自分を責めてしまうことも少なくありませんでした。 そんな時に出会ったのが、心理学でした。 最初は、「少しでも今の自分を変えたい」 「心を楽にしたい」という思いから学び始めました。 ところが、学びを深めるにつれて気づいたのは、 変えなければならないのは出来事ではなく、 出来事に対する 「自分のものの見方や受け止め方」や「考え方」でした。 今まで当たり前だと思っていた思考の癖や、 自分自身への厳しさ、人との距離の取り方…。 心理学は、そんな自分自身を客観的に見つめる きっかけを与えてくれました。 さらに自己啓発のセミナーに参加する中で、 「傾聴」という言葉に出会いました。 それまでは、 「人を元気にするには、励ましたり、アドバイスをしたりすることが大切なのだ」と思っていました。 けれど、本当に苦しんでいる人が求めているのは、答えではなく、 「安心して話を聴いてもらえる時間」なのだということを学びました。 その学びは、これまでの私自身の人生経験とも重なりました。 幼い頃、自分の気持ちを誰にも話せなかったこと。 いじめを受け、一人で苦しんでいたこと。 母として悩み、自分を責め続けたこと。 「誰かに安心して話せていたら、少し違っていたかもしれない。」 そんな思いが心の中に湧き上がってきました。 私は心理学を通して、自分自身を責めることを 少しずつ手放せるようになりました。 そして、人を変えようとするのではなく、 その人の気持ちを受け止めることの大切さを知りました。 人は、自分の気持ちを言葉にすることで、 自分でも気づいていなかった本当の想いに出会うことがあります。 答えは、誰かが与えるものではなく、その人の心の中にある。 私は、そう信じています。 だからこそ今、 私は「話すこと」よりも、「聴くこと」を 何よりも大切にしています。 誰かの心を変えるためではなく、 その人が安心して自分の気持ちと向き合える時間を、 一緒に過ごしたい。 心理学との出会いは、私の人生を大きく変え、 「寄り添う」という生き方を教えてくれた、大切な転機となりました。
・現在 / 安心して話せる場所でありたい。 2012年5月 〜 2026年6月
もうひとつのきっかけ 心理学を学び、「傾聴」の大切さを知った頃のことです。 以前勤めていた職場で、 忘れることのできない出来事がありました。 ある日、 一人の方が自殺未遂をされ、 その後、職場を離れることになりました。 退職される日、 その方は私のもとへ来てくださり、静かにこう言われました。 「いろいろ話を聴いてくれて、ありがとう。」 その言葉を聞いた瞬間、胸がいっぱいになりました。 うれしさよりも先に込み上げてきたのは 、言葉では表せないほどの切なさでした。 「もっと私にできることはなかったのだろうか。」 「もっと早く気づいてあげられたのではないか。」 「もっと安心して話せる時間をつくれていたら、違う未来があったのではないか。」 そんな思いが次々とあふれ、 しばらくその場を動くことができませんでした。 あの出来事は、今でも私の心に深く刻まれています。 けれど、何度も振り返る中で、 一つの大切な気づきがありました。 私がその方にしていたことは、特別なことではありません。 相手を否定せず、答えを急がず、ただその方のありのままのお話を 丁寧に耳を傾けていただけでした。 それでも、その方にとっては、 「安心して話せる時間」が 心の支えになっていたのかもしれません。 私はこの経験を通して、人は誰かに答えを求めているのではなく、 「安心して話を聴いてもらえる場所」を求めていることがあるのだと、 改めて教えていただきました。 人生の中で苦しみや悲しみを抱えたとき、 人は一人で答えを見つけようとしてしまうことがあります。 でも、本当は話すことで、 自分の心の中にある想いや答えに、 少しずつ気づいていけることがあります。 だから私は、誰かを変えたいとは思っていません。 その人が安心して話せる時間を大切にし、 その人自身が自分の心と向き合い、 自分らしい答えを見つけていく、 その歩みに寄り添いたいと思っています。 あの日いただいた「話を聴いてくれてありがとう」という言葉は、 私にとって一生忘れることのできない、大切な言葉。 そして今でも、「寄り添うとはどういうことなのか」を 教え続けてくれている、かけがえのない言葉でもあります。 これまでの人生で、私自身も家庭や学校、仕事、人間関係、子育てなど、 さまざまな悩みや苦しみを経験してきました。 だからこそ今は、誰かの苦しさを決めつけることなく、 その人だけの人生や想いを大切に受け止めたいと思っています。 今日も私は、一人ひとりの心にそっと寄り添いながら、 「ここなら安心して話せる」と思っていただける場所で ありたいと願っています。