絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

7 件中 1 - 7 件表示
カバー画像

ココナラの森🌳梅雨さんぽ☔60歳乙女【第121話|60歳って、どんなイメージですか?🤣】

こんにちは😊 60歳乙女🩷のひろです。今日はね、「60歳って、世間からどう見えているんだろう」としみじみ考えたお話です。先日、会社での何気ない雑談の中で、「実は、8月いっぱいで退職しようと思っています」と、ポツリとお話ししました。まだ正式な辞表を出したわけでもありません。上司とのきちんとした退職面談があったわけでもありません。ところが、それから一週間後のこと。会社の共有スケジュールを開くと、私の名前に重ねるように、「退職手続き」という文字が、すでにしっかりと書き込まれていました。それを見た瞬間、胸の奥が少しだけチクリと痛みました。会社には会社の事情があることも、次の段取りを急ぎたい気持ちも分かっています。でもね。「あぁ、世間にとっての60歳って、こういう風にあっさりと次のステップへ押し出されるような、そんな年齢に見られているのかな……」なんて、少しだけ考えてしまったんです。若い人が新しく入れば、職場はパーッと活気づくかもしれません。それも自然で、とても良いことです。でもね。私は声を大にして言いたい。60歳には、60歳にしか出せない、熟した果実のような魅力がちゃんとあると思うんです。これまでの人生で積み重ねてきた、たくさんの経験。痛い思いをした、数え切れないほどの失敗。不器用に進んできた、たくさんの遠回り。そして、それらを乗り越えてきたからこそ持てる「人の痛みに寄り添い、気持ちを想像する力」これは、若さとはまた違う、人生の荒波をくぐり抜けてきた私たちだけの財産です。実は、ココナラのお店でも、私は同じことを考えていました。私は、自分の年齢を一切隠していません。ブログでもプロフィール
0
カバー画像

還暦のお祝いしてくれたのは、まさかの「この2人」でした

私事ですが、本日還暦(60歳)の誕生日を迎えました。若いころには、還暦の誕生日には「娘2人や孫たちに囲まれて、赤いちゃんちゃんこを着てお祝いされてるだろう」と思ってたんですが、遠くに嫁いだ娘たちは、何の連絡も、お祝いのLINEもしてこない。孫が2人いるんですが、生まれて数年たつのに見せに来ない。で、そんな風に思って膨れっ面してたら、ある2人から、「還暦のお祝いがしたい」という電話がありました。その2人というのは、私の両親なんですよ。若いころの「私の還暦のイメージ図」には両親の姿はなかった。つまり、この世にはもういないと思ってたんですが、実際は生きていた(笑)で、お祝いされに実家に行ってきました。それにしても最近の高齢者は元気ですね。父は私と同じ60歳の時に、重い心臓病を患って、医師から「そんなに長くないです」と言われたのに、90歳近くになっても生きている。母も90歳近いのに、先日も片道1時間かけて1人で電車に乗って「お料理教室」に出かけてた。これを見ると、私も長生きしちゃうかもしれないけど、年金は少ないしなぁ…(苦笑)。仮に100歳まで生きちゃったら、まだ結婚相談所をやってるんだろうか?はたして、そんな結婚相談所に誰か入会するかしら?それはともかく、両親から、2万円も「お祝いのお小遣い」をもらっちゃいました。まさか、60歳になって親からお小遣いもらうとは思わなかった。全く予想してない展開が面白かったので書きました。では、本日もごきげんよう!
0
カバー画像

🌿60歳から、もう一度“私の人生”を始めた話【第3話】副業に挑戦したけれど──お金も心もギリギリだった日々

娘のひとことで、 私は「もう一度やってみよう」と思えた。 でも、そこから始まったカウンセラーへの道は、 想像以上に苦しく、孤独な挑戦でした。 「このままでは終われない」 半年間の抜け殻のような日々を経て、 私はようやく動き出しました。 目指したのは、 「カウンセラーになる」という道。 誰かの心に寄り添う仕事を、自分の“これから” として歩んでみたかったんです。 でも、 現実はきれいごとだけじゃありませんでした。本業のない副業というのは、 想像以上にしんどいものでした。 60歳。 定年で退職したわけではなく、突然の解雇。 再就職も考えましたが、 心も体も疲れきっていて、 すぐに働き出す気力はありませんでした。 それでも、「もう一度、社会と関わりたい」 「誰かの役に立てる自分でいたい」そう思って、少しずつ情報を集め始めました。 でも、実は最初のころ、 私は「何をめざせばいいのか」さえ、 わかりませんでした。 どこに向かっていいのか、見当もつかなくて── そんなときに、娘が言ってくれたのです。 「お母さんが今まで経験してきたことは、 無駄じゃないよ。 その経験を、悩んでる人たちのために使ったら?私は、 お母さんがカウンセラーになるのがいいと思う。」 その言葉に、私はハッとしました。 私の人生にも、意味がある。 誰かの苦しみに、寄り添えるだけの時間を 、私は生きてきたんだ── そう思えたのは、 あのときが初めてだったかもしれません。 そして私は、 カウンセラーを目指すことに決めたのです。 資格や経験がすぐに求められる世界。 いくつかの講座を受講し、コミュニティに参加し 出会った人に教わ
0
カバー画像

人生の結果は60歳で明らかに!行動が創る老後

霊視占い師/サイキックリーダーのリーベココです。60歳って、自分のこれまでの人生がどう反映されるか、はっきりと見えてくる年齢だと思いませんか?人生って長い旅みたいなもので、毎日どんな風に過ごし、他人とどんなふうに関わってきたかが、老後の生活の質をぐっと左右するんですよね。例えば、家族との関係だけ見ても、その影響はすごく大きいです。60歳になった時、もう家族は自分に依存しないし、独立しているわけです。この時、過去に家族に優しく接していたかどうかが、老後が孤独になるかどうかを決める大きな要因になります。逆に、ずっと厳しくて自己中心的だった人は、老後は孤独になりがちですよ。健康の話も同じです。若い頃の生活習慣が、老後の健康を大きく左右します。健康的な食事や適度な運動を心掛けていた人は、老後も比較的元気でいられますが、不健康な食生活や運動不足は、いろいろな健康問題を引き起こす原因になるんです。仕事の態度も、退職後の生活満足度に直結します。情熱を持って仕事に打ち込んでいた人は、退職後も生活が充実しています。ただ金のために働いていた人は、退職後、何の満足感も感じないことが多いんですよ。そして、一番大切なのは自分自身を愛することです。自分を大切にして、いつも自己肯定感を持っていると、心の健康も守れます。自分に厳しく、自己批判ばかりしている人は、老後も心の平和が得られにくいんです。60歳で歳を取るだけじゃなくて、これまでの人生がどう影響しているかが、目に見えてわかる時なんです。だから、今からでも遅くないんですよ。良い習慣を身につけて、ポジティブな人間関係を築くことが、これからの人生をより良くす
0
カバー画像

60歳を過ぎたらリスクを取るな、と言われる問題

 現在でも多くの企業では、60歳定年制を設けています。 65歳までの雇用継続義務があり、70歳までについても努力義務があるわけですが、60歳を過ぎれば雇用はあっても収入はガックリ落ちるのが普通です。  そしてその後は年金収入と貯えの取り崩しで生活していくことになるので、まかり間違っても投資で損はできない状況となります。  ですから、教科書的には60歳を過ぎたらリスクを取るな、と言われるわけです。  FP(ファイナンシャルプランナー)100人に相談してみたら、特段の事情(数億円の遺産を相続しているとか)がない限り、100人全員がそう言うでしょう。  投資系YouTuberですら、60歳を過ぎてリスクを取りに行くのはお勧めしないと言っています。リスクを取らないことのリスクはないだろうか? でも、ちょっと考えてみてください。  60歳を過ぎて、その後の生活に十分と思える程度の貯えができていない場合、どうしたら良いのでしょうか。  そういう人、いますよね。私もそうなるかもしれません(というか、なりそう)。 それに、資産のすべてを銀行預金と個人向け国債とかの安全(=低金利)商品で固定し、年々着実に食いつぶしていくだけでそれを「安心」と呼ぶのが適切なのか、疑問も残ります。  人生100年時代だとすると、60歳から先に40年もあるのですから! 長生きと老後資金不足と超々低金利に打ち勝つには オプション取引の価格形成理論となった「ブラック=ショールズ公式」を編み出した金融工学者フィッシャー・ブラックは下記のように言っています。 一般に若い時にはたくさんリスクを取り、年を取ってから減らせとアドバ
0
カバー画像

はじめまして

私は子育てを終えた60歳のおばちゃんです。3人の子どもたちは無事に成人して、社会人として頑張っています。さあ、これから第二の人生!!と思ったとたんの義両親の介護。私の人生どうなっちゃうの~~~!!というのが現在地。それでも私はあきらめませんよ。一度しかない自分の人生、これからは自分が楽しむために生きるのだ!!とはいえ介護は切り離せないとは思いますが....自分の心を大切にして、日々笑顔で過ごしていけたら。このブログでは、私が楽しかったこと、うれしかったことをみなさんに共有できたらいいなと思います。よかったら見てくださいね♡
0
カバー画像

🌿60歳から、もう一度“私の人生”を始めた話【第2話】何もできなかったあの半年──抜け殻のような日々

解雇されたあの日から、 私は完全に抜け殻になっていました。 気力も、体力も、 そして 「これからどうしたいか」という想像力さえも どこかへ行ってしまったようでした。 目が覚めても、起き上がれない。 食事を作る気にもなれない。 「自由になった」はずなのに、時間はただ重く 苦しく流れていく──。 誰とも話したくない、でも孤独が怖い。 そんな矛盾した気持ちに振り回されながら、 私は毎日をやりすごしていました。 テレビをつけても何も頭に入ってこず、 スマホを見ても、誰かの「がんばってる姿」が 刃物となって自分の胸に刺さり、苦しくなる。 痛いけど涙も出ない。 だからこそ、よりつらくなる。 「今の私には、がんばるって言葉がつらいな」 と、思ってしまうこともありました。 何もしない自分を責める毎日。 「60歳で仕事を失った私なんて、 もう必要とされないんじゃないか」 「ここから何ができる? 何をしたいのかさえわからない」 そんな言葉が頭の中で ずっとぐるぐるしていました。 けれど今思えば、その半年は、 私にとって必要な“充電期間”だったのかも しれません。 すぐに立ち上がれなくてもいい。 走り出せなくてもいい。 ただ、じっとうずくまる時間が必要だった。 そう思えるようになったのは、 もっとずっと後になってからでしたが、 あの「何もできなかった日々」も、 私の人生の大切な一部です。 半年かかって、ようやく私は 「もう一度、何かを始めてみよう」 と思えるようになりました。 🌿このエッセイは、 私の実体験をもとにした連載シリーズです。 子育てが終わったと思ったら突然の解雇、 そして“もう一度自分の
0
7 件中 1 - 7