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子育ての事を他人に指摘されて自分はダメな母親だと落ち込んでいるママへ

どうして自分はこんなにダメな母親なんだろう、と思って自分を責めていませんか?あなたはいつもお子さんの事を一生懸命に考えています。でも周りのお母さんの様に、上手に子育てが出来なくて、「どうして自分は他のお母さんの様に要領よく子育てができないの?」と思っているのではないですか?そして自分はダメな母親だと思って落ち込んでいるのではないですか?子供のことで気になる事が1つあると、そればかりを考えてしまって、他の事に目がいかなくなり、空回りしてしまう。子供を叱って、叱り過ぎた事を1人で反省して、1人でへこんで…の繰り返しで、どうして自分はこんなに子育てができないんだろう?と思うと情けなくなってしまう。周りのお母さん達は、ちゃんと子供を育てているのに、私は息子1人なのに上手に育てる事が出来ない。そう思うと益々落ち込んでしまう。そして、知り合いの人に子育てが上手に出来ないことを相談すると、あなたの子育ての仕方に問題がある、と言われて余計に落ち込んでしまったのですね。そんなに自分を責めないでください。あなたは子育てを十分頑張っていますよ。昔から他人の言うことが気になる性格のあなたへあなたは、お子さんに対して本当に一生懸命接しています。昔から他人の言うことが気になり、子供を産んで益々他人の言うことが気になるようになったのですね。自分の子育てに自信がないから、失敗することも多くて、落ち込んで泣くのを我慢しているのですね。失敗したっていいんですよ。私なんて、子育て中は失敗だらけでした。失敗したら、子供に「ごめんね。ママ、又間違えちゃった。」と謝ることばかりでした。失敗だらけの子育てをした私の子供達も
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我が子を愛せなくて悩んでいるママへ、そんなに自分を責めないでくださいね

「我が子を愛せない、我が子を愛せない自分が嫌い、どうして自分は我が子を愛せないの?」と悩んでいるママへ。我が子を愛せなくて自分は母親失格、と思っていませんか?子供が生まれると母親は無条件に我が子の事を愛することが出来る、と思っていたのに現実はそうではなくて。生まれた時から「この子は他の子とは何かが違う」と思ってあなたは育ててきたのではないですか?何が違うのか分からないけど、持って生まれた物が他の子供とは違う気がする…そのせいで我が子が育てにくいと思っているのではないですか? 持って生まれた気質みたいなものが自分と合わなくて、だから愛せないの?と思ったり。我が子を愛せないまま育てても大丈夫なのかと心配になって、施設かどこかに預けた方がこの子の為かも、と思ったこともあるのではないですか。でも、自分の子供だから自分で育てないといけないと思って頑張って育てているあなたは、本当にすごい方だと思います。「私は子供を愛することが出来ないお母さんなの?」と思いながらも、2人目を出産したあなた。1人目の時は我が子を愛せなかったのに、2人目の男の子はかわいくてかわいくて仕方がないほど愛している。「私は子供を愛することが出来るお母さんなんだ」と気が付かれたのですね。自分は子供を愛することが出来るお母さんだと安心したのはいいけど、1人目の子供は愛せない。それどころか2人目の子供が生まれて、1人目の子供をどうして愛せないのか、ますます悩むことになりましたよね。あなたは物事をてきぱきとこなすタイプで、でも1人目のお子さんはマイペースでのんびりしている。そこが合わない原因なのかもしれないと思っているのではな
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親に優しくしなければ、という呪縛

「保健室まるみ」です。私、年老いた父親とあまり仲良くありません。最低限のことはしていますが、話をすると3回に2回くらいの確率でものすごく腹が立ってキツイ口調で責めてしまいます。カウンセラーなのに。身内問題はカウンセラーにも難しい、と思っております。父を激しく責めた後には、なんともいえないイライラと腹立たしさと、後悔と、もう少し優しくできないものかと少し自分を責めます。先日そのことで私がモヤモヤしている時に、偶然なのか必然なのか、You Tubeでこんなことを聞いたんです。「親に会いに行かなければならないですか?会いたいなら良いですけど、会いたくないのに会いに行く必要は無いと思います。私なら行きません。親は子供に幸せにしてもらいたいなんて思っていないと思いますよ。私は全く思いませんね。子供に幸せにしてもらうものじゃないでしょ」そして同時期にもう1人別の方も「あなたはあなたの人生だけを考えて下さい。親は親の人生です。あなたが幸せであることが伝わればそれで良いんじゃないですか?」この2人の発言で、私すーっと楽になったんですよね。この発言で私がこんなに楽になったということは、私は、「父を幸せにしなければならない。その為には頻繁に会いに行ったり、父の要求に全て答えなければならない。父にまつわる問題は全て私が解決しなければならない」と思っているんだな、ということに気づいたんです。そして「それは別にしなくても良いですよ」とユーチューバーに言われた気がして、なんかすごく肩の荷がおりたんですよね。だからもう何もしてやらないっていうことでは無いんですが、「やらなければならない」と思えば思う程イライ
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私がOL時代に我慢した出来事から学んだ大切な1つのこと

約15年前のことですが、私は、職場でのある出来事を今でも引きずり、心がモヤモヤすることがあります。ある事務処理の完了で、私と上司で終わらせなければいけないものがありました。その処理は、早く完了させないと周囲の仕事に影響する重要なものでした。それが、なんと私は自分のやるべきことを終わらせて、後は上司にお願いしたのですが、その上司は、処理するのをすっかり忘れていたのです。それから、職場のみんなから「どうなってるんだよ!」と、なぜか私が、責められることに(涙)その上司は、私をかばうどころか、私に全ての責任を負わせようと知らんふりをしたのです。「ヒドイ、ひどすぎる・・・」もう悔しいやら、泣きたいやらで。心が激しく揺れ動きました。でも、上司を悪者にするのも角が立つと思い、「大変申し訳ありません」となぜか私が、謝ってしまったんです。そうしたら、「周りから仕事ができない人」「失敗してやらかした人」というふうに、周りから思われ、さらに厳しく私が怒られるはめになりました。当時、理不尽なことで怒られたけど、ぐっとこらえたあの時の出来事。未だに、思い出すと心がズキズキ痛みます。誰かに「実はあの時、上司が忘れていたんです」と、話を聞いてもらい、「そうだったんだね」って認めてくれる人が一人でもいたのなら、私はここまで引きずっていなかったと思います。もう過去のことだから忘れたと思っていても、数年に一度記憶としてよみがえる時があります。あの頃は、まだ若かったこともあり、 他人を悪く言うことに 抵抗があったんですよね。この経験から私は、学んだんです。自分が悪くないことを我慢して自分の責任にすることは、ずっと自
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1番の味方は自分自身だということを忘れない

私のブログ(ココナラ外)で2番目に読まれている記事を編集して紹介しようと思います。自分では「ジーニーに何をお願いする?」と今回の記事の中には伝えたい思いがぎゅっと詰まっている気がして好きなんですよね~完璧主義な人、自他ともに厳しい人はつい結果が全てだと思いがちです。 常に結果を求められて来た人、結果を出して誰かに褒めてもらい認めてもらうことでしか自分を肯定できなかった人の多くは、望んだような結果にならなかった時は自分を責めてしまいます。 華やかな世界で活躍&成功を収めていて人気も地位も獲得し、大勢のファンに愛され必要とされていたり、ビジネスなどで素晴らしい結果を出しているのにも関わらず、自信がなくて不安な人がいますがそれはどうしてでしょう?自己肯定ができていないから 自分らしく生きていないからどれほど多くの人に認めてもらっても、本人が「こんな自分じゃダメだ」と、自分を認めない限り、結果を出し続けても自分に満足ができず神経を擦り減らしながら完璧を目指し無理をしてしまう。それが向上心だったらもちろんいいのです。 現状に満足ができずもっと上を目指すのは全然問題ないのですが、それなりの人生が送れているのに常に『満たされない』という感覚があるのだとしたら、自分軸で生きていないため幸せを感じにくくなっているのではないでしょうか。何がしたいのかわからないと大学まで行かせてもらったのに学年でただ一人『フリーター』という言葉も知らないまま、私だけが就職先が見つけられずアルバイトをしながらの自分探し。 気にしない、そういう生き方もある 世間一般的な生き方から外れた道を歩み自分らしさに拘って来た私に
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「できない私」を責めるのはNG行為だって知ってる?

こんにちは^^実は、私、数字が大の苦手なんですよ。それなのに、会社員として事務や経理の仕事を長年していました。数字を間違わないように正確なものにするために、何度も丁寧に確認していたため、数字が得意な人に比べると出来が遅かったです。会議でも数字のことをいろいろ言われても、何度か自分の頭の中で整理して落とし込まないと理解できなかったんです。でも、一回ですぐに理解できる人っているんですよね。上司は、私の事を『できない人間と思っているのではないか』そんな不安をいつも抱え、「私ってダメな人間だよな」「人に迷惑かけているかも」「人の足を引っ張っているかも」と自分を責めながら、仕事をしていました。でも、得意な人がたくさんいる中で、苦手な私が同じスピードでできるわけがなかったんですよね。それをあれこれ、試行錯誤して努力して、できない日々に落ち込んで、自分を責めてばかりで。これでは、自分らしさが全く生かされませんよね。そんなわけで長い間、生きづらい人生を送っていました。それから、自分の得意な事や好きなことをとことん考えたんです。そして、私の幼い頃に得意だったことは、絵を描くこと。好きなことは、音楽を聴くこと。感受性が豊かな子供だったことを思い出しました。楽曲は、その時の気分で幅広いジャンルの中から、選んでいました。そのことに気づいてから、休みの日は、好きなことや興味のあることをする時間をなるべく増やしていきました。美術館巡りをして芸術に触れたり、好きな音楽を聴く時間を増やしていきました。そのような時間を増やすことで、感性が研ぎ澄まされていきました。そして、気づいたら、YoutubeやSNSで動画
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キラキラした誰かと比べてしまうときに思い出してほしいこと

こんにちは。 癒しのセラピーカウンセラーのはるです。あなたは、ふとしたときに「わたしってダメ人間だな…」って思ってしまうこと、ありませんか?もしそうなら、どんなときに、そんな気持ちになりますか?たとえば──・毎日楽しそうに生きている人を見たとき・元気に行動している人を見かけたとき・いつも笑顔でいる人に出会ったときそんな誰かと自分を比べて、「わたしは全然できてない…」「どうして、あんなふうになれないんだろう…」と、落ち込んでしまうことがあるかもしれません。でもね、“キラキラして見える人”にも、必ず影の部分があります。人に見せない涙や、抱えている不安、つまずき…。その人もきっと、あなたと同じように、迷いながら歩いてきたんです。実は弱さを認めるって、とっても強いことなんです。自分の中にある「弱い部分」を、「これがわたし」と素直に認められたとき、不思議と心はふっと軽くなります。影の部分をちゃんと知っているのは、他でもない“あなた自身”。だからこそ、その弱さを否定せず、まるごと受け入れてあげてくださいね。「わたしには、ダメなところもある」「でも、それがわたしらしさでもある」そう思えるようになると、自分を少しずつ好きになれて、自然と自信も生まれてきます✨そして、次にできることとして自分の心がやさしさで満たされると、そのやさしさを、今度は誰かに分けてあげられるようになります。まずは「自分を一番」にしてあげましょう。そのあとで、やさしさを「周りへおすそわけ」するイメージで、あなたらしく、人と関わっていけばいいのです🌿最後まで読んでくださって、ありがとうございました。もしあなたが今、自分を責めて
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『自分の人生を生きるために』

「私の気持ちって、どこにいったんだろう?」 「いいよ、私は大丈夫だから」と無理に笑ってしまう 本当は嫌なのに、断るのが怖い 誰かの意見にすぐ流されて、あとから自己嫌悪になる そんなふうに、人に合わせすぎて疲れてしまうこと、ありませんか? 私もかつて、周りの目や期待を気にしてばかりで、 「自分はどうしたいのか?」がわからない時期がありました。 いつも誰かに合わせて、我慢して、傷ついて── でも、そのたびに、心の奥でこう思っていたのです。 「本当の私は、どこにいるんだろう?」と。 この記事は、かつての私と同じように 「人に合わせすぎる自分」に悩むあなたのために書きました。 「人に合わせすぎる」って、どうして起こるの?私たちは誰しも、人間関係の中で生きています。 相手の気持ちを思いやったり、空気を読むことは、 もちろん大切なことです。 でも── それが過剰になりすぎて 「他人の気持ちばかりを優先」してしまうと、 自分の本音を無視してしまうようになります。 なぜ、人に合わせすぎてしまうんでしょうか? よくある背景には、こんな要因があります 小さい頃から「いい子」でいることを求められてきた 争いごとや否定が怖くて、波風を立てたくない 自分の意見を言って拒否された経験がある 「嫌われたくない」「見捨てられたくない」思いが強い 気づけば、自分の気持ちよりも 「どうすれば相手に好かれるか」「嫌われないか」にばかり、 意識が向いてしまうんです。 他人軸の人生は、どこか虚しい いつも相手に合わせてばかりいると、次第にこう感じてきます。 「私は何のために生きてるんだろう?」 「誰かの期待を満たすため
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今、深刻になって自分を責めてる人。ちょっとこっちおいで、大丈夫だぞ

「私ってなんでこう〇〇なんだろう?」「いや、〇〇だけじゃなく■■なところも、、、あれもこれもどうしようもない、、、グギギギギ」こうなることってありません?私はありますよ、鬱ですからね。何を隠そう、今日もさっきまでなってました。でも、抜け出すことができたので今、グギギギギなってるあなたに「大丈夫だぞ」と言いに来ました(笑)親戚の人にありがとう言えないけど、大丈夫という結論になった数日前に、実家で困りごとが起きましてね。今、近くに住んでる親戚が助けてくれてるんですよ。で、助けてくれてるんだから電話の一本もしないといけないと思ったんです。最初は自分を責める理由は「本当は自分が代わりに帰らないといけないのに」というのだけだった。それなのに、そこからどんどん自分を責める理由が広がってしまいました。↓こういう具合です。「助けてもらってるのに電話もできてない」「そもそも、なぜ身内と親しくできてないんだ私は」「年取ったら、誰からも見向きもされないで寂しく死ぬに違いない、、、」「ああ、なんで親はいつでも帰ってこいと言っているのに、勝手にどんどんひとりで孤独になってしまうんだろうな」「やっぱり私って生まれてきたことが迷惑な存在だよな…」おい!!!大丈夫か!!!(笑)我がことながら、広がりすぎです。電話できないのには、霊的な理由もあるんですよ。「霊的な理由???なんじゃそら??」ええ…ここんとこ、人には説明しづらいんですがね。その人んちのご先祖さまがちょっと一筋縄じゃいかない感じのかたでね。私が小さい頃はまだご存命でした。生前、鬼みたいなひどい人だったんです。そのかたの影響が、まだまだ亡くなった後も
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比べたくないのに

比べなくてもいい。そう分かっていても、気づくと比べてしまう。あの人達はあんなに普通に過ごしている。何の疑問も持たず。平気にこなして。毎日、上手くやっている。自分はそんなふうに出来ない。出来ない自分も責めてしまう。そうなんだね。自分を責めてしまうんだね。出来ない自分がダメなんじゃなく、出来るあの人達が凄い。出来ない自分が普通。そんなふうに思えたら、少しは楽になれるのかな。また下げたくない自分も出て来てしまうのかな。いつも真面目で頑張り屋な、あなただものね。そう、あなたはいつも頑張っているね。それが普通と言いながら。もう責めないであげようね。
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占いジプシー・セミナージプシーは「自分責める人になる」要注意

こんにちは。恋愛小説作家&スピリチュアル占師の紫メガネです☆彡1月も15日を過ぎましたね。月日は流れが速いです。世間ではまたまたコロちゃん騒動ですが、どうか自分の軸をしっかり持って進んで下さいね。さて。みなさん占いジプシーやセミナージプシーしていませんか?占いを頼る事が悪い事はありませんし、セミナーを受ける事は悪い事はありません。しかし、占いもセミナーもジプシーして、受けすぎると無意識に「自分を責める」人になってしまいよけいに辛くなります。占いもセミナーも、あなたが選んだものはご縁があり意味があるものなので。1つ受けたらそれをしっかり味わい繰り返し学ぶ必要があります。たとえしっくりこなくても、しっくりこないのは自分の内側に原因があるのでその原因を自分で追及する事が必要です。セミナーでもそうです。1つのセミナーを受けたら味わう必要があります。占いもセミナーも1つ受けたら最低1ヵ月~3ヶ月は間を置いてから次へ進む事です。ただし継続するものは別です。ジプシーをする人は自分を責めているから、どこかで都合の良い事を聞いて慰めて欲しい事が目的なのです。しっくりこないのは自分の事を責められていたり都合の良い答えではないからジプシーして都合の良い答えを求めるのです。しかしこれが逆効果になっている事気づいて下さい。占いで望まない結果が出たとしたら、それは軌道修正する時期を教えてもらっているのです。よくあるがお金のセミナーを受けまくる人がいますが、お金のセミナーは受けまくってもお金は手に入りません。逆にお金が逃げて行くばかりです。これこそ「無駄な課金」です。恋愛でも仕事でも人間関係でもお金でも…全
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自分に責任がないのに「私のせい」と思ってしまうあなたへ

「本当は自分の責任じゃないのに、なぜか『自分が悪い』と思ってしまう」。そんなふうに、自分を責めるクセがある人はいませんか?誰かが機嫌を損ねたとき、うまくいかなかったプロジェクト、人間関係のトラブル——自分の関与がほとんどなくても、まるで自分の落ち度であるかのように感じてしまう。それは優しさの裏返しでもありますが、知らず知らずのうちに、あなた自身をすり減らしてしまいます。今日は、そんな「不必要な自責のクセ」を和らげるための視点を5つご紹介します。1️⃣「誰の責任か」を冷静に仕分けるまず大切なのは、出来事の中で「自分が実際に何をしたのか」を整理すること。感情ではなく、事実ベースで振り返ってみましょう。たとえば、チームでのトラブルが起きたとき、「私がもっと気づいていれば…」と思いがちでも、実際には他のメンバーの判断や外的な要因が主だったかもしれません。感情と事実を分けてみるだけで、見える世界が変わります。2️⃣他人の感情や行動を「自分の責任」にしない誰かが不機嫌だったり、怒っていたりすると、「私のせいかも…」と考える人がいます。でもそれは、本来“その人自身の問題”です。あなたが配慮深くあろうと、相手の気分や態度まではコントロールできません。「自分がどう行動したか」と「相手がどう反応したか」は、別の次元なのです。3️⃣「過去の刷り込み」に気づく「自分のせい」と思うクセは、多くの場合、過去の体験から来ています。たとえば、子どもの頃に「お前のせいで○○になった」と言われた経験があると、大人になっても、「何か起きた=自分が悪い」と無意識に結びつけてしまいます。でも、その思い込みは「当時のあな
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「自信」より「自身」のあり方

私は中学時代 成績はとてもよかったので、 勉強に【自信】を持っていた。 しかしその【自信】は 高校へ行って、ものの見事に打ち砕かれた。能力や実績を根拠にした自信は 環境が変わると通用しないこともあるので、もろいのです。 一方「こうありたい」という 【自身のあり方】は 環境に左右されにくい。 私の場合は 「常に前を向いていきたい」 という【自身のあり方】を今も変わらずもっていて、心の支えになっている。 自信より自身のあり方。 Do の自分より Be の自分。 ぜひ参考にしてください。
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距離を置いたあとに出てくる、罪悪感の正体

距離を置いたあと、 しばらくしてから、 じわじわと出てくるものがある。 それが、罪悪感だった。 「私の言い方はきつくなかったかな」 「もっと別の終わらせ方があったんじゃないか」 「相手を傷つけたのは、私だったのかもしれない」 最初は、 関係から離れられた安心感のほうが大きかった。 でも時間が経つにつれて、 その安心の裏側から、 小さなトゲみたいに、 罪悪感が顔を出してくる。 私は長いあいだ、 この罪悪感を 「自分が冷たい人間だから」 「我慢が足りなかったから」 そう解釈していた。 でも、それは違った。 罪悪感の正体は、 “悪いことをした証拠”じゃなかった。 それは、 あの関係の中でずっと背負っていた 「責任感」が、 行き場を失っただけだった。 相手の感情を壊さないように。 場の空気を乱さないように。 問題が起きないように。 自分の本音より先に、 いつも「相手がどう感じるか」を考えていた。 そうやって関わってきた人ほど、 関係を終えたあとも、 無意識にこう思ってしまう。 「私はちゃんと配慮できただろうか」 「最後まで、責任を果たせただろうか」 でも、 関係を終わらせることは、 誰かを罰することじゃない。 それでも罪悪感が出てくるのは、 あなたが無責任だったからじゃなく、 責任を引き受けすぎていたから。 本来、 人と人の関係は、 どちらか一方が 感情の後始末まで背負うものじゃない。 でも、 一方がずっと我慢していた関係では、 終わらせた瞬間、 その歪みが「罪悪感」として表に出る。 だから、 距離を置いたあとに苦しくなる人ほど、 本当は、 とても誠実だった。 罪悪感が出てくるたびに、
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自分を責める声や思考が続くとき、何が起きているか

自分を責める。 最近、そんな時間が増えていませんか。 何かが進まないとき、「結局、私が弱いからだ」と理由を自分に引き取ってしまう。 ちゃんと考えているし、責任も状況も分かっているのに、それでも前に進めないときほど、人はそう考えがちです。 この記事は、あなたに「明日から何をやろうか」という答えを出させるためのものではなく、答えを出そうとして張りつめている思考を、いったんその場に置いて読むための時間です。 1.「私が弱いから」と思ってしまうのは、どんなときか 何か問題が起きたり、行き詰った時、「もっと頑張らなきゃ」と自分を奮い立たせますよね。 だけどそのままずっと頑張り続けることは難しい。 頭では「もっと頑張らなきゃ」と言い続けているけど、目指しているようには頑張れない。 「頑張ってないわけじゃないのに、どうして?」 「ちゃんとやるべきことはやっている。これが『頑張る』ことだよね」「なのに結果に繋がらないなら、問題は私の中にあるに違いない」 すると心の中で「頑張らなきゃいけない場面で頑張れない。それは私が弱いから」と自分を責めるフレーズが渦巻き始めます。 頑張ってるけど成果や結果が出ない。頑張るってもっと前に進んで、周りから認めてもらって、自分もやる気が出て気持ちいい状態になれるはずなのに、そうじゃない。 今自分がやらなければいけない「頑張る」が何かは、理解できている。だけど実行できない、決めきれない。 「それは私が弱いから」という言葉が、またここで湧き上がってきてしまいます。 2.覚悟・気合・前向きさで、越えようとしてきた過去 何かあったとき、つい「私が弱いから」と自分を責めるの
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自分がおかしいのか、分からなくなっていった理由

あの頃の私は、 「何かおかしい」と思っているはずなのに、 同時に「でも、私の考えすぎかもしれない」と 何度も自分に言い聞かせていました。 はっきりした出来事があったわけじゃない。 怒鳴られたわけでも、露骨に傷つけられたわけでもない。 ただ、 少しずつ、少しずつ、 自分の感覚に自信がなくなっていった。 「さっきと言ってることが違う気がする」 そう思っても、 「私の聞き間違いかな」で終わらせた。 「なんだか傷ついた」 そう感じても、 「気にしすぎだよね」と打ち消した。 違和感はあった。 でも、それを“確信”に変えるほどの材料が、 どこにも見当たらなかった。 気づけば私は、 相手の言葉よりも、 相手の機嫌よりも、 **「自分の受け取り方が正しいかどうか」**ばかりを 確認するようになっていました。 おかしいのは、相手かもしれない。 でも、 「もし自分のほうがおかしかったら?」 その不安のほうが、ずっと大きかった。 今思えば、 それは一気に壊れたわけじゃありません。 小さな違和感が、 否定され、 流され、 なかったことにされていくうちに、 自分の感覚そのものが、信用できなくなっていった。 それだけの話です。 もし、今この記事を読んでいるあなたが、 ・自分の感じ方に自信が持てない ・「私が神経質なだけ?」とよく思ってしまう ・何が起きているのか説明できないけど、しんどい そう感じているなら。 それは、あなたが弱いからでも、 考えすぎだからでもありません。 ここまで耐えてきたあなたは、 ちゃんと状況を理解しようとしていただけです。 このシリーズでは、 誰かを断定したり、 名前をつけたり、
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真面目な人ほど「燃え尽きる」3つの理由と、それでも前に動いた人たちの話

「今日もできなかった」という夜資料を提出した後、また読み返す。送信したメールを、3回確認する。休日に入っても、月曜のことが頭から離れない。「もっとちゃんとやれたはず」。毎晩、そう思う。ショウさん(30代前半、営業職)は、仕事はできると言われていた。数字も悪くない。でも、毎朝出勤前に胃薬を飲んでいた。休憩中もスマートフォンで仕事のメールを確認していた。ミスをすると、1週間以上引きずった。「なんであのとき、もっとうまくやれなかったんだろう」と、同じ記憶を何度もリプレイした。「真面目なだけ」と思っていた。でも、去年の秋に体調を崩した。検査で異常は見つからなかった。「心因性の疲労」と言われた。なぜ、頑張り続けていると体が壊れるのか。実は、完璧主義と心の強さはまったく別の話だった。「力を入れれば入れるほど、悪化する」という逆説これは、膝が痛いのに力を入れてスクワットを続けるようなものだ。膝の関節を鍛えようとするとき、強くスクワットをするより「ゆる~いスクワット」の方が効果があるらしい。強い力をかけると軟骨が潰れる。ゆっくり動かすことで、軟骨に必要な成分がじんわりと染み込む。頑張るほど、逆効果になる。人の心も、似たことが起きる。「もっとちゃんとしなきゃ」と力を入れる→緊張が高まる→パフォーマンスが下がる→「やっぱり自分はダメだ」→さらに力を入れる。このループ、知っている人も多いと思う。なぜこうなるのか。実は、かなりシンプルな構造がある。ただ、それは自分一人では気づきにくい。僕自身の話をしよう。会社で毎日10時間以上働いていたころ、自分の評価が思うように上がらないのが怖かった。だから、もっと
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アドバイス通りに行動できない自分を責めなくても、なぜかすんなり動き始められるコツ

「自分ではどうしていいかわからない」「AかBか、どっちを選ぶべき?」そんな悩みにぶつかった時友人や同僚、家族など信頼できる人に相談した経験は誰しもあると思います。的確なアドバイスをもらい「確かにその通りだ!」と納得したはずなのにいざ実行しようとすると、何故か気が重い…「せっかく話を聞いてくれてアドバイスしてくれたのに…」そんな罪悪感を感じることありませんか?実はその動けない原因はあなたのせいではなくて『エネルギーの扱い方』にあるのです。この記事では「信頼する人からの助言を行動に移すべきだけどできない」そんな葛藤を手放して自然と体が動き出す秘訣をお伝えします。読み終わった頃には、あなたが心軽やかに、悩み解決の方向に向かって一歩踏み出すことができますように…「アドバイス」がいつの間にか「絶対的な正解」になっていた以前、人間関係の悩みについて尊敬する方に相談したことがあります。「〇〇がRiccaさんの課題ですね。ここをクリアすれば、悩みは解決に向かいますよ」というアドバイスをいただき、「確かに!」と深く納得しました。それ以来、人間関係で似たような悩みが出てくるたびに「同じパターンを繰り返さないように」と努力しました。でも…なんだかだんだん苦しくなってきたんです。その課題と向き合うエネルギーがない日もあって。「向き合うべき」と分かっていてもなんだか気が重いんです。そしてある時、ふと気づいたのです。いただいた助言が、私の頭の中でいつの間にか「そうしなければならない絶対の正解」のようになっていたことに。自分が信頼し、尊敬している人のアドバイスだとなおさら、その人の言うことが絶対に正しい!そ
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離れたはずなのに、頭の中に相手がいる

連絡先を消した。 距離も置いた。 もう会うこともない。 それなのに、 気づくと頭の中に、まだ相手がいる。 ふとした瞬間に思い出す言葉。 あのときの表情。 もし、あの一言を言わなければ―― そんな「もう戻れない場面」を、何度も再生してしまう。 「もう終わった関係なのに」 「いつまで引きずってるんだろう」 そう思うたびに、 自分が弱くて、未練がましくて、 情けない人間のように感じていた。 周りからは言われる。「もう離れたんでしょ?」 「時間が経てば忘れるよ」 「次に行けばいいじゃん」 自分でも、頭では分かっている。 戻りたいわけじゃない。 あの関係に、もう戻ったらダメだということも。 それなのに、 心だけが置いていかれたみたいに、 まだその人の周りをぐるぐるしている。 私はずっと、 「こんなふうに考えてしまう自分が悪いんだ」 「だから苦しいんだ」 そう思っていた。 でも、あとから気づいた。 これは未練でも、依存でもなく、 「ちゃんと関わってしまった心の反応」だったんだと。 人は、 深く気を使った関係ほど、 自分を削った時間が長いほど、 離れたあとも、すぐには切り替えられない。 頭が理解するスピードと、 心がほどけるスピードは、同じじゃない。 それなのに、 先に頭だけで「もう終わり」と結論を出してしまうと、 追いつけない心が、 「まだ考えている自分=おかしい」 という形で責められてしまう。 離れたのに苦しい。 忘れたいのに、忘れられない。 それは、 あなたが弱いからじゃない。 壊れているからでもない。 ただ、 ちゃんと関わって、ちゃんと傷ついた心が、 まだ整理の途中なだけ。 このシリ
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「サイコパス」と調べ続けていた夜

眠れない夜が続いていました。 布団に入っても、 今日あったやりとりが頭の中で何度も再生される。 言葉は思い出せるのに、 どこが変だったのかは、うまく説明できない。 ただ、 胸の奥に小さなざらつきだけが残っている。 そんな夜、 私はスマホを開いて、 検索窓に同じ言葉を打ち込み続けていました。 「サイコパス」 何度も、何度も。 最初は、 相手を断定したかったわけじゃありません。 「私の感じているこの違和感に、  名前があるなら知りたい」 それだけでした。 自分の感覚が信じられなくなっていたからこそ、 外側に“基準”を探していたんだと思います。 記事を読んでは、 「当てはまる気もする」 「でも、違う気もする」 動画を見ては、 「ここは似てる」 「ここは違う」 その繰り返し。 でも、不思議なことに、 調べれば調べるほど、 少しだけ呼吸が楽になる瞬間がありました。 今なら分かります。 あの検索は、 誰かを裁くためのものじゃなかった。 「私の感じてきたことは、存在していいのか」 それを確かめる行為だった。 当時の私は、 自分の感覚をそのまま信じる勇気がなかった。 だから、 言葉や情報を借りて、 「ここにいていい理由」を探していた。 それは、 弱さじゃありません。 生き延びるための、知恵でした。 もし今、 同じように検索を繰り返している人がいたら。 「そんな言葉を調べる自分はおかしい」 そう思わなくて大丈夫です。 混乱の中で、 必死に状況を理解しようとしているだけ。 それはもう、 回復の入り口に立っているということだから。 大切なのは、 検索結果の正しさよりも、 「何かおかしい」と感じた自分
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心がつらいときに“絶対にやってはいけない3つのこと”

心が弱っているとき、人はつい “自分を追い詰める行動” をしてしまいます。でもそれは、あなたが悪いわけではありません。エネルギーが揺らぎ、判断力が落ちてしまうからです。今日は、スピリチュアルの視点から心がつらいときに絶対に避けてほしい3つのことをお伝えします。① 自分を責めること落ち込んでいるときほど、「私が悪いんだ」「もっと頑張らなきゃ」と無意識に自分を傷つけてしまいがちです。でもスピリチュアル的には、心が弱っている時は“浄化のプロセス”。あなたの魂が不要なエネルギーを手放しているだけ。責める必要なんて、どこにもありません。② 無理にポジティブになろうとすること「前向きに考えなきゃ」と思うほど、つらくなる…。これは多くの方が経験しているはずです。ネガティブな感情は、悪いものではなく“心のメンテナンスサイン”。押し込めるほど苦しさが増すので、まずは「今の自分をそのまま認める」だけで十分です。③ 他人に合わせすぎることつらい時、他人の気持ちを優先するとあなたのエネルギーがさらに削られてしまいます。心が弱っている時ほど「ひとりになりたい」「静かに休みたい」という感覚が出やすいですが、それは正常な反応。あなたの魂が“立て直し期間”に入っている証です。もし今あなたが苦しさを抱えているなら、それは “あなたの人生が止まっている” のではなく新しい流れへ向かう前の静けさです。自分を責めなくて大丈夫。がんばれない日があっても大丈夫。ひとりでは重くなってしまう気持ちは、話すことでふっと軽くなることがあります。「今の状態をスピリチュアル的に見てほしい」「どう乗り越えたらいいか知りたい」そんな方に
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あなたは本当に「いい母・いい妻」でなければならない?

「ねばねば主義」をやめて、もっとラクに生きる「ちゃんとしなければ」「完璧でなければ」「いい母、いい妻でなければ」そんな“ねばねば主義”に、縛られていませんか?仕事や子育てをしていると、知らず知らずのうちに「もっと頑張らなきゃ」と自分を追い込んでしまうことがあります。でも、ちょっと待って。それ、本当に「ねばならない」こと?「ねばねば主義」の落とし穴「完璧な食事を作らなきゃ」「家をいつもピカピカにしていなきゃ」「夫をしっかり支えなきゃ」頑張ることは素晴らしいこと。でも、それがプレッシャーになって、心が苦しくなってしまったら、本末転倒ですよね。「ねばねば主義」に縛られると、できない自分を責めまた、子どもや他人までも責めやすくなってしまします。それが、子育てや人間関係に影響を与えること、知っていましたか?「ねばねば」から「まぁ、いっか」へ「子どもがうまくできなくても大丈夫。」「部屋が散らかってても、命に関わらない。」「夫だって、大人なんだから全部やってあげなくてもいい。」こんなふうに、少しずつ「まぁ、いっか」と思えることを増やしていくと、心も体もラクになっていきます。自分を責めるのは、もう終わり!大事なのは、「ねばねば主義」を少しずつ手放していくこと。完璧じゃなくていい。「そこそこ」で十分。「でも、私ってやっぱり完璧主義かも…?」「なんでこんなに自分を責めてしまうんだろう?」と思ったあなたにおすすめなのが、マヤ暦。マヤ暦では、あなたの本質や思考のクセが分かります。実は、完璧主義になりやすいタイプや、自分を責めやすい傾向を持つ人もいるんです。自分の特性を知ることで、「だから私はこう感じる
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自分を責めたくなったら

自分でやると決めたことができなかったとき。失敗したとき。人に迷惑かけてしまったとき。うまくいかないとき。こんなときに、自分を責めてしまいたくなります。自分を責めたからといって状況が良くなるわけでもなく、自分の気がすむわけでもありません。でも責めたくなるときはありますよね。そんなときには、自分を責めることを自分で許してあげると、その後気持ちが全然変わってきます。「よし、今から徹底的に自分を責めるぞ」と決めて、変な言い方ですが、意気込んで自分を責めてみてください。自分の意志で責めよう、と決めるのと、無意識に責めるのでは責めている間にも違いがあります。責めようと決めているときには、もう1人の自分がどこかにいて、みている感覚になるのです。そうすると、完全に入り込む、というよりは自分を責める役を演じているような気分になってきます。役になりきって自分を責めるように頑張っている、という感じです。頑張って責めようとしているので、膨大なエネルギーを使います。エネルギーを使うと疲れます。責めるが疲れてくるのです。そうすると「もういいや」となって、自分を責めなくなります。逆に何も考えずに責めると、自己否定がとまらなくなります。いつまでたっても自分を責めるづけ、同じようにエネルギーを使いますが、疲れる感覚も分からなくなってしまうのです。これから自分を責めたいと思ったときには、ぜひ許可をしてとことん責めてみてください。
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不幸なことが続く人は〇〇をやめて!

こんにちは。すずなり神社のみやです。15年以上神職として多くの方々の人生相談に携わってきましたが、ココナラでは「私の人生不幸なことばかり続くんです」というご相談が多いです。そんな方々に共通しているのが、「全て自分のせいだ」と思い込んでしまう傾向です。今回は、なぜ不幸が連鎖してしまうのか、そしてその連鎖を断ち切る方法についてお話ししていきたいと思います。 なぜ「自分のせい」にするのは危険なのか 「私が悪いから」「自分が駄目だから」という思考は、一見、謙虚で素直な態度に思えるかもしれません。しかし、この考え方には大きな落とし穴があります。 神道の考えでは、私たち人間は神様の子供とされています。つまり、自分を否定することは、神様から授かった命そのものを否定することになってしまうのです。 私の経験では、自分を責め続ける人ほど、実は周りからの評価を気にしています。「周りの期待に応えられない自分は価値がない」という思い込みが、さらなる自己否定を生み出しているのです。 不幸の連鎖が起こるメカニズム 自分を責めることで起こる悪循環について、具体的に見ていきましょう。 まず、何か良くないことが起きると、「自分が○○だったから」と原因を全て自分に求めます。すると自己肯定感が下がり、自信を失います。自信がないと判断力も鈍り、さらに失敗を重ねてしまう。その失敗もまた自分のせいにして...という具合に、負のスパイラルに陥ってしまうのです。 ある相談者の方は、職場での失敗がきっかけで自己否定が強まり、人間関係も悪化し、最終的には体調も崩してしまいました。全ては「自分が悪い」という思い込みから始まったのです
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戻りたくなる気持ちは、依存じゃなかった

もう戻らない、と決めた。 あの関係は、終わったはずだった。 それなのに、 ふとした瞬間に思う。 「本当は、あの人も苦しかったのかもしれない」 「私がもう少し、うまくできていたら」 「完全に切らなくてもよかったのかな」 こんなふうに考えてしまうたび、 自分にラベルを貼っていた。 未練がある。 依存している。 だから前に進めないんだ、と。 でも、あとから分かった。 戻りたくなる気持ちの正体は、 必ずしも“相手にしがみつきたい”ことじゃなかった。 それは、 あの関係の中でずっとやってきた 「気を配る役割」が、 まだ心に残っていただけだった。 相手の機嫌を考える。 言葉を選ぶ。 自分の感情を後回しにする。 そうやって関わってきた時間は、 関係が終わった瞬間に、 すぐ消えるものじゃない。 だから心は、 もう必要のない場所でも、 反射的に戻ろうとする。 それを 「依存だ」「弱さだ」と切り捨ててしまうと、 また同じことを繰り返す。 自分を抑えて、 相手を優先して、 「ちゃんとできない私が悪い」と責める。 でも本当は、 その戻りたくなる気持ちは、 あなたの中に残っている “優しさ”や“誠実さ”の名残だった。 ちゃんと関わって、 ちゃんと傷ついた人ほど、 簡単に気持ちを切り替えられない。 それは依存ではなく、 急に役割を失った心が、 行き場を探している状態。 戻らなくていい。 でも、 戻りたくなる気持ちまで否定しなくていい。 否定しなかったとき、 少しずつ、 その気持ちは別の形に変わっていく。 このシリーズでは、 「なぜ離れたあとに罪悪感や情が残るのか」 「どうして自分を責めてしまうのか」 その
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羨ましいと感じたとき、心が伝えようとしていること

「羨ましいな、いいな」と、自分にないものに目を向けて、 誰かに何を言われたわけでもないのに、心が沈んでしまうことありませんか。今回はある方のお話から“羨ましさ”を感じたときの気持ちの整え方について書いてみたいと思います。コミュニティの合宿の話題で盛り上がるZoom。 半年前からの企画で申し込みはすでに終了しています。 3か月前に入会したばかりのその方は参加は物理的に無理だと分かっていても、 みんなの笑顔がまぶしく感じたそうです。 「いいな、羨ましい」――その言葉しか出てこない。 そんな自分が少し悲しくて、 でも誰かが明るく「楽しんできてねー!」と言うのを聞いた瞬間、 “そうか、そう言えばいいんだ”と思った。 それなのに、なぜかその一言が言えずさらに落ち込んでしまったそうです。 どうしてそんな気持ちになるのでしょう。 ________________________________________ 置いていかれる感覚 その流れに乗れないとき、人は本能的に「自分だけ外にいる」と感じます。 これは「所属欲求」が満たされないときに誰でも感じる自然な寂しさです。 「行けない=仲間じゃない」と思ってしまうのも無理はありません。 ________________________________________ 「羨ましい」の正体 「羨ましい」は、他人の楽しみがまぶしく見えるときに出る、 **自分の“願いのサイン”**でもあります。 「私ももっと関わりたい」「一緒に体験したい」という前向きな気持ちが、 悲しさの裏に隠れているのです。 ______________________________
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なぜ自分を裁く癖を手放せないのか?

あなたも、ふとした瞬間に「自分を責める声」が頭をよぎることはありませんか。たとえば、何かうまくいかなかったとき、「もっと頑張れ」「大人なんだからちゃんとしなきゃ」と、自分に厳しく言い聞かせてしまう——。医療の現場や治療の選択肢に直面したとき、“正しい”とか“間違っている”というジャッジメントが、心の中で静かに波紋を広げていく。僕自身も、体調や治療の副作用で思うように動けないとき、「こんな自分じゃダメだ」と感じてしまうことがありました。今回は、そんな“自分への厳しいジャッジ”とどう向き合えばいいのか、対話の中で見えてきた「気づき」と「小さな許可」について、一緒に考えてみませんか。セッションが始まったとき、相談者さんは「なぜ自分はシリアスな選択ばかりしてしまうのか」と、ぼんやりした違和感を抱えていました。「楽しいこともやってるはずなのに、なんだか心が晴れない。表面はうまくごまかせていても、どこかスッキリしないんです。」——それ、本当に“自分の本質”から湧いてきた声なんでしょうか。僕は、あえて少し踏み込んで尋ねてみました。「その“違和感”は、もしかしたらもっと深いところに隠れていませんか?」「確かに…僕、ずっと“ジャッジメントのエネルギー”を自分に向けてしまう癖があるんです。良い・悪い、不健全・健全、って。頭では『そんな必要ない』って分かっているのに、なぜか止められない。」相談者さんは「自分の中の子どもが暴れている」と表現しました。大人の理性では抑えられない“癇癪”のような衝動。それが時に、周りへの批判や自分責めとなって現れる——。「その子どもが、どうしても納得できないんです。本当は
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上司や管理職からパワハラやモラハラされても自分を責めてはいけません

パワハラやモラハラをされると、自分が悪いのじゃないか、こうなったのは自分の責任ではないか、という不安が生まれます。お前が悪い、お前のせいだ、お前はやる気がない。それに対して言い返すことができない自分への思い。それはあなただけじゃありません。みんなそうなんです。誰だって職場の人や家族や友人と争いたくない。仲良くしていない。職場の雰囲気を乱したくない。そういう平和主義の皆さんがたくさんいてくれるから、この世の中は治安もよくて平和なのです。では、いまあなたに心理的圧力をかけてくる人。その人ははどんな風に威圧してきますか?怒鳴る。嫌味を言う。怖い顔をする。否定ばかりする。暴力を振るう。こういう人たちはよく言うのです。「自分は正しい。だって・・・・。」こうして問題の原因をあなたのせいにするのです。ところで、私はパワハラ気質の人にカウンセリングをします。相手は経営者や経営幹部や管理職の場合がほとんどです。例えば、こんな対話をします。あなたはご自分が正しく部下が間違っていると思った。だから怒鳴ったのですか?「はい。」ところで、管理職や上司は部下を育成させる役割があって、それも仕事だと言うことは間違いないですか?「はい、そうですね。」それで、部下がちゃんとやらないから怒鳴ったんですね。「そういうことです。」それで、部下はちゃんとできるようになりましたか?「いいえ、だめです。だから許せないのです。」ほかの方法を試してみようとは思いましたか?「ほかの方法なんてありますか?私にはわからない。」ありますよ。でもあなたは考えたり、誰かに相談したりしましたか?「いいえ、していません。」あなたはこの世に、部
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自分を責めないようにすると「最初の1歩」がグッと楽になる

占いが好きなむらいちです。占いサイトは色々ありますが、VOGLE ホロスコープなどは結構見やすくてオススメです。「毎日占い」などもあり、意外にモチベーションになると思いますので、興味がある方は参考にしてみて下さい。 今回のテーマは「自分を責めないようにすると「最初の1歩」がグッと楽になる」です。 自己肯定感を高めるには 「自分を責めない」(自己批判しない) ということが大切だと心理学的に言われているのですが、さらに 「最初の1歩が踏み出しやすくなる」 「行動を積み重ねられるので、自信に繋がる」 というメリットもあるので、大切にしたい所です。 最初の1歩というのはどうしても慣れていないので、 「失敗が怖い」 「最大の失敗を絶対に避けたい」 という「防衛本能」が働きます。 そのためにも 「最初にある程度、失敗をイメージしておく」 ということももちろん大切なのですが、それ以前に 「自分を否定する」 というのは、 「次の行動を自ら抑制させる」 ということになりかねません。 ですので、 「最初の1歩はどんなに失敗しても責めたりしないし、大丈夫だよ!」 と自分に言い聞かせることが重要です。 ですので、最初の1歩をラクにするために、以下のステップを踏んで見ることをオススメします。 <最初の1歩をグッと楽にする方法>1.どんな結果を生んだとしても、自らやった行動に対して「自分を責めない」と決める 2.最初の1歩はできるだけ小さくして、失敗をできる限り減らす 3.自分のやった行動を1日で振り返り「良かったこと」として捉える 非常に簡単なステップにはなりますが、 「メンタル面のケア」 の部分が大き
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