絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

7 件中 1 - 7 件表示
カバー画像

犬のボランティア

ランちゃんの四十九日が5/29 6/3が13歳の誕生日でした。亡くなった頃より、居ない状態に慣れてきています。ゲージを処分する気になれず、誰か必要な人はいないかなぁと思っていたら、近くで保護犬の譲渡会があり、見学に行きました。和気藹々で和やかな雰囲気譲渡会と知らなければ、休みの日のドッグランでした。スタッフから里親さんが見つかるまでのボランティアさんを知りました。里親さんになる資格【犬の譲渡条件】 ※猫の譲渡条件はこちらです1.家族の一員として終生、責任と愛情をもって育てていただける方2.ご家族の全員が犬を迎えることに同意している方3.ペット飼育可の住宅にお住まいの方(集合住宅や賃貸にお住まいの方は飼育許可書の提出をお願いします)4.身分証明書のコピーを提出いただける方(裏面記載がある方は裏面も提出)5.室内飼育をお約束いただける方6.混合ワクチン接種・フィラリア予防・狂犬病予防・ノミダニ予防等の健康管理を必ず行っていただける方7.避妊・去勢手術にご理解いただける方8.単身者・65歳以上の方は後見人を確保いただける方9.保護犬にかかる医療費(避妊去勢手術・混合ワクチン・血液検査等)をご負担いただける方10.賛助金(搬送交通費・通信費・保護犬猫に関わる費用の一部)にご賛同いただける方11.遠方の方にはお届けにかかる交通費をご負担いただいております12.譲渡エリアは神奈川県、東京23区、およびその近郊になります13.生計を立てるお仕事をお持ちか、それに準ずる収入がある方14.犬種によっては、未就学のお子様のいるご家庭はお断りさせていただいております(12は、保護団体による)ランちゃ
0
カバー画像

仏教とスピリチュアリズムが語る四十九日

 仏教では亡くなられてから49日後に生まれ変わり先が決まると言われています。行く場所は、極楽浄土、または六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天)のうちのどこかです。 <49日目までの審判内容> 7日目:無益な殺傷に関する審判を受ける 14日目:盗みに関する審判を受ける。 21日目:不貞に関する審判を受ける 28日目:ウソに関する審判を受ける 35日目:閻魔大王によって、どの六道に行くか審判を受ける、 42日目:六道の中で、具体的にどの場所に生まれるか詳細が決定される。 49日目:生まれ変わる姿が決定される。  ウソを話したことも審判されますし、なんと生まれ変わる時の容姿さえ決められていたのですね。  次にスピリチュアリズムでは次のように言われています。  亡くなられてから49日間は生きてきた時の家族、親戚、友達、知り合いにお別れをする時期。実際に魂はその人たちのところに訪れてお別れをします。(敏感な人は感じると言われています)  次に魂はこの世に残って幽霊的存在になるか幽界に行くかを選択します。この世に未練がある魂はこの世に残ります。  幽界は生きてきた時の出来事を反省させられる場所です。しかし、痛みをともなうことは一切なく、それは魂の成長のためです。幽界で一定期間(最高で50年程度)過ごすと、魂は霊界に移動します。  そこで魂は、ふたたび今世に戻るか、守護霊的な存在になるかを選択します。ただし、守護霊になるには一定以上の霊格がないとなれません。  また、非常にまれですが別の惑星に生まれ変わる魂や神界に行く魂もいます。  仏教とスピリチュアリズムが語るあの世の世界、あなたはどち
0
カバー画像

未浄化霊(幽霊)はなぜ救済しなければならないのか

 本来、人間は死ねば四十九日間は人々とのお別れ期間としてこの世にとどまりますが、やがて霊界(幽界)に行き、反省して、また生まれ変わり進化向上していく存在です。  ところが、未浄化霊はさまざまな理由(たとえば自分が死んだことに気づいていない等)で霊界に行かないので、ほとんど進化向上が止まってしまいます。この停滞を打破することが、未浄化霊を救済しなければならない一つ目の理由です。 もう一つの理由は、未浄化霊が人間に取りついた場合、人間のエネルギーを吸い取ってしまうからです。  また、いわゆる「電波が飛んでくる」などと言う現象も未浄化霊が起こしているケースが多いようですし、自殺の名所に住み着き自殺希望者を本当に自殺させてしまうこともあります。  このように人間が亡くなって四十九日間を超えても、この世にとどまり未浄化霊になることはお互いにとって本当によくありません。  映画「ゴーストバスターズ」では科学的な方法でタンクに未浄化霊を閉じ込めていましたが、実際にあんなことをしたら未浄化霊の怒りをかうだけで、タンクがこわれた場合に大変なことになってしまいます。  実際の救済の方法は、ここでは書きませんが、救済は平和的な方法で霊界に行っていただくことになります。https://coconala.com/services/983852 (左下のハートを押して下さると嬉しいです)
0
カバー画像

四十九日を前に、気持ちの整理がつかないあなたへ。

大切な存在を亡くして四十九日が近づいてきた。それなのに、気持ちの整理が全然つかない——そういう人に、今日は届けたい内容です。もしかして「そろそろ落ち着かなきゃ」「区切りをつけなきゃ」と、自分を急かしていませんか?急かさなくていい。四十九日は、あなたの悲しみに期限を設ける日じゃない。四十九日という節目の、本当の意味仏教では、亡くなってから四十九日の間、魂がこの世とあの世の間をさまようと言われている。そして四十九日を境に、魂が次の場所へ旅立つとされている。つまりこの日は、「あなたが悲しみを終わらせる日」ではなく、「あの子・あの人が、次の場所へ向かう節目の日」。残された側が気持ちを整理し終える必要は、どこにもない。そんな期日ではないということです。四十九日を迎えても、まだ悲しくていい。まだ泣いていい。それは、ふつうのことだし、当然のこと。「気持ちの整理」は、しなくていい「気持ちの整理をつける」という言葉が、私はあまり好きじゃないのです。だって悲しみは、整理するものじゃないと思っているから。引き出しに片付けて、蓋をして、見えないようにする——それは整理じゃなく、封印というかたちに過ぎない。そして思うに、封印された悲しみは消えない。深いところに沈んで、夜中にふと浮かび上がってくる。それって今は目の前にいないあの子、あの人にどれだけ失礼なのかと感じてしまいます。悲しみは整理するものじゃなく、共に歩むものだと私は何度も言いたいです。四十九日が来ても、悲しみはそこにある。それでいい。この節目に、できることとして気持ちの整理はしなくていい。でも、この節目に向けてできることが、ひとつあります。「あ
0
カバー画像

ペットロスのグリーフ、5つのよくある誤解

大切なペットを亡くしたとき、周りからかけられる言葉に傷ついた経験はありませんか。悪意はない。でも、刺さる。それはもしかしたら、グリーフ(悲嘆)についての「誤解」から来ているかもしれません。今日は、よくある5つの誤解についてお伝えします。誤解①「時間が解決してくれる」時間は確かに、悲しみの鋭さを和らげてくれることがあります。でも「解決」はしません。グリーフは時間で消えるものではなく、その人の中で少しずつ形を変えながら、共に生きていくものです。「まだ立ち直れていない」と自分を責める必要は、まったくありません。誤解②「また飼えばいい」これは最もよく聞く言葉の一つです。そして最も傷つく言葉の一つでもあります。ペットは「モノ」ではありません。あなたと時間を共にした、かけがえのない存在です。新しい子を迎えることは悪いことではありませんが、それはあの子の代わりにはなりません。悲しみをなかったことにする必要はないのです。誤解③「ペットだから、そんなに悲しまなくていい」「人間じゃないから」という言葉で、悲しみをしまい込んできた方をたくさん見てきました。でも、一緒に朝を迎えて、名前を呼べば反応してくれた。その子の温もりを、息遣いを、知っていた。それは深い愛です。愛が深ければ、悲しみも深い。それは当然のことです。誤解④「グリーフには正しい悲しみ方がある」泣かなければいけない、落ち込まなければいけない・・・そんなことはありません。人によって、悲しみの表れ方は違います。食欲がなくなる人もいれば、逆に何も感じられなくなる人もいる。怒りが出てくる人もいます。どれも正常な反応です。正しい悲しみ方など、存在しま
0
カバー画像

【四十九日が怖い夜に】“つながりが切れる”のではなく、形が整っていく節目

大切な人を見送ったあと、ふと訪れる不安があります。「もう二度と逢えないのかもしれない」「四十九日を過ぎたら、つながりが消えてしまうのでは」この感覚は、とても自然です。悲しみの中にいるときほど、心は“確かめられるもの”を求めます。夢に出てきてほしい。サインがほしい。声を聞きたい。その想いは、愛の深さそのものです。四十九日で「終わる」わけじゃないスピリチュアルの世界では、四十九日は“節目”として語られます。ただ、それは「ここで断絶して二度と届かない」という意味ではなく、むしろ 移行の期間が一区切りして、関係の形が整っていくタイミングとして現れることが多いです。四十九日前後は、供養や祈り、場の力、周囲の想いが強く集まりやすい時期です。その影響で、夢やサインの出方が一時的に揺れたり、静かになったりすることがあります。でもそれは、拒絶ではなく“調整”のようなもの。静かになるのは、離れる合図ではなく、整っていく過程として起きることもあります。「夢に出てこない」は、愛が足りないせいじゃない夢は、相手側の意思だけで決まるものではありません。受け取る側の心身の状態にも強く左右されます。悲しみが深いときほど、眠りが浅くなったり、夢の記憶が残りにくくなったりします。さらに、こちらの苦しさを感じ取って、「出たら余計に苦しくさせるかもしれない」そんな遠慮のようなエネルギーが働くこともあります。つまり“出ない”のではなく、出方を探している、という形で起きている場合もあるんです。いちばん苦しいのは「理由」を探し続けること喪失の中で、人は理由を探します。いつから悩んでいたんだろう。なぜ言ってくれなかったんだろ
0
カバー画像

【四十九日が怖い夜に】“つながりが切れる”のではなく、形が整っていく節目

大切な人を見送ったあと、ふと訪れる不安があります。「もう二度と逢えないのかもしれない」「四十九日を過ぎたら、つながりが消えてしまうのでは」この感覚は、とても自然です。悲しみの中にいるときほど、心は“確かめられるもの”を求めます。夢に出てきてほしい。サインがほしい。声を聞きたい。その想いは、愛の深さそのものです。四十九日で「終わる」わけじゃないスピリチュアルの世界では、四十九日は“節目”として語られます。ただ、それは「ここで断絶して二度と届かない」という意味ではなく、むしろ 移行の期間が一区切りして、関係の形が整っていくタイミングとして現れることが多いです。四十九日前後は、供養や祈り、場の力、周囲の想いが強く集まりやすい時期です。その影響で、夢やサインの出方が一時的に揺れたり、静かになったりすることがあります。でもそれは、拒絶ではなく“調整”のようなもの。静かになるのは、離れる合図ではなく、整っていく過程として起きることもあります。「夢に出てこない」は、愛が足りないせいじゃない夢は、相手側の意思だけで決まるものではありません。受け取る側の心身の状態にも強く左右されます。悲しみが深いときほど、眠りが浅くなったり、夢の記憶が残りにくくなったりします。さらに、こちらの苦しさを感じ取って、「出たら余計に苦しくさせるかもしれない」そんな遠慮のようなエネルギーが働くこともあります。つまり“出ない”のではなく、出方を探している、という形で起きている場合もあるんです。いちばん苦しいのは「理由」を探し続けること喪失の中で、人は理由を探します。いつから悩んでいたんだろう。なぜ言ってくれなかったんだろ
0
7 件中 1 - 7