心のブレーキ 見えないメリット
「私が我慢すればうまくいく」「嫌われたくないから、望みは言わない」──恋愛が始まった頃は、それでも幸せだったかもしれません。でも関係が続くほど、「なんで私ばかり…」という思いが顔を出す。別れたあと、こう思ったことはないでしょうか。「あのとき、本音を言っていたら違ったかもしれない」でも、当時の自分はそうしなかった。「言えば嫌われる」「傷つけるかも」──そう感じて、飲み込んだ。守るための判断だったはずが、気づけばいちばん自分を苦しめる選択になっていた。「やめとけ」という声「○○するな、それは危険だ」「○○しないことで、安全が保てる」たとえば:自分の意見を言えば、怒られる自己主張すれば、孤立する感情を出せば、嫌われるだから、「言わない」「見せない」「我慢する」それは一見、合理的な自己防衛。けれど本質は、「我慢すれば、傷つかない」という思い込みにすぎません。ブレーキの正体は偽りのメリット人はブレーキを踏むとき、実は何かを得ているんです。怒られないで済む嫌われないでいられる波風を立てずに済むでも、それって本当に「メリット」でしょうか?「嫌われたくない」から言わない──それで得ているのは、「好かれている私」という幻想かもしれません。「怒られないように動く」──それは「怒られる前提の自分」を前提にしているのかもしれません。傷つかない戦略は、傷を深めることもある「自分を守るため」にやってきたことが、実は自分を否定している。本音を隠して関係が壊れた我慢し続けた想いが爆発して全てが終わった「傷つかないための選択」は、あとから一番深い傷として返ってくる。それが、心のブレーキの落とし穴です。感情を認め
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