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カイのひとり言(7)

少し古いけど、ラグビーの五郎丸のルーチンや野球のイチローのルーチンなど、スポーツでもビジネスでも受験生でも、自分のルーチンを決め、いつ何時も必ずそれを行うことで、平静を保ち、成功確率を上げるという。確かにその考え方は、ある意味、理に適っていて正しいのだろう。ルーチンは別の言葉で言えば習慣化ともいえる。武道や花道・茶道などの”道”の世界では、必ず「型」が存在し、まずその型を身に着け、しっかり守ることが求められる。いわゆる「守破離」の「守」だ。ただ、守破離では、守で留まるのでなく、守のあと、そこから脱皮して、自分の境地に至ることが求められる。ルーチンや習慣化も同じで、同じことを同じようにただ繰り返すだけではだめで、そこから離れ、型がなくても、どんな状況でもフレキシブルに対応できることを最終的には目指すべきだ。柔軟に対応できる能力、臨機応変力、要領の良さは、しっかりと型を身に着けた後に生まれる心の余裕から生まれるのかもしれない。いずれにせよ、同じことをただ惰性で繰り返すことには、何の意味もない。単なる、縁起とか験を担ぐためなら、それができなかった時は逆効果となり、おのれの首を絞めかねないので要注意だ。習慣に囚われずに自由に生きたいものだ。
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カイのひとり言(6)

世の中、健康志向の人が多い。納豆を食べるといいとか、麹がいいんだとか、糠漬けがいいとか。いいと言われるものを全部食べたら、食べ過ぎで病気になりそうだ。それに、毎日運動しなきゃとジムに車や電車を使って通うのもなんだか、ぼくから見ると矛盾している。車や電車、エレベーターなんか使わず、歩くのが一番の運動じゃないか。わざわざお金を使って運動するより、日常の何気ない動作をもっと意識的にやった方がいいんじゃないか。野生動物でわざわざ健康のために運動を心がけるような生き物はいない。人間ってつくづく馬鹿な生き物だと思う。それになんでみんな長生きをしたがるのかも分からない。もちろん病気や怪我をして、痛い思いをしたり、苦しむのはまっぴらごめんだ。でも、長生きするのを生きる目的にするのも、なんだかおかしい気がする。ま、美容も健康も長生きも今では全てビジネスと密接に結びついているから、一筋縄ではいかない話だ。ぼくのおかあちゃん(といってもほんとの母親じゃなく飼い主だけど)は、一時期断食業にはまっていたらしい。一週間から10日の断食はしょっちゅう、最長は3週間、水だけの生活をしていたようだ。そのおかあちゃんも、今では毎晩ぼくと晩酌しながら、好きなお肉や甘いものをほどほど食べて楽しく暮らしている。なんでもバランスが一番。自然が一番。そして食べ過ぎ・呑み過ぎを続けるのが一番悪い。世の中、身体にいいものなんてない。同じように悪いものもない。運動も食べ物も趣味趣向もなんでも適度・節度を守ることが一番大事。
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カイのひとり言(5)

あなたにとっての「成功」とはなに?お金持ちになること?(いくらあったら成功なの?)幸せになること?(どういう状況が幸せなの?)みんな「成功」とか「幸せ」とか、ちゃんと考えずに使ってる。ひとりひとり違った定義があることはわかるけど、じゃあなたの定義はなに?意外とみんな考えていない。そして意外と絶対的な金額とか、具体的な状況ではなく、周りの人と比較して同じくらいの(もしくはそれより少し多い)”お金”だったり、周りの人と同じくらいの”生活”が送れて、同じくらいの”寿命”が生きられれば幸せだと思っていたりして、如何に人間の「成功」や「幸せ」は相対的なものかということに気付く。因みにぼくの「成功」は、臨時のオヤツをゲットできること。おかあちゃんから使用済マスクや靴下をせしめること。そしてお腹いっぱい食べて、いっぱい面白い匂いを嗅ぎまわって、いっぱいボール遊びをして走り回って、ぐっすり寝ることが「幸せ」だ。それは他の犬たちと比較して、多くのオヤツをもらうことだったり、匂いを嗅ぐことだったり、遊ぶことではない。そんな相対的な基準ではなく、あくまで絶対的な”ぼくの”基準だ。ここいらが、人間とぼくたちわんことの違いかな。「ぼくは典型的なネガティブ思考の人間なんですが、どうやったらポジティブになれますか。成功したいのです」という内容の質問をする人がいた。その時、回答者が「ネガティブ思考で成功することを考えましょう」とおっしゃった。素晴らしい回答だ。つまり、今の世の中ポジティブでないと成功しないように言われてるけど、他人の真似をしてもダメ。他人は他人だ。無理にポジティブになる必要はなく、自分流の成功
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カイのひとり言(3)

「効率的に仕事をせよ」「生産性の向上」「他人の時間を盗むな」現代社会で生きていると(ビジネスだけでなく日常生活を送っているだけで)あちこちから常に聞こえてくる言葉たち。ぼくは、これらの言葉を聞くたびにいつも疑問に感じる。そんなに生産性向上って大切?効率的に仕事するって重要?他人の時間を盗むなって酷い言いがかりだ。因みにぼくの仕事はというと、如何に人間を非効率な時間にいざなうか。人間たちの時間を盗み、人間たちに無駄な時間を作らせることだ。時間を節約して、無駄なおしゃべりは止めて、そうやって作った時間で、いったい人間は何をしたいんだろう。効率的に仕事し、生産性を上げて、好きな人と過ごす時間や趣味を楽しむための時間を増やし、もっと好きなことをやって遊びたいのかなって思ったけど、どうも違うらしい。効率的に仕事をし、生産性を上げたら、その削った時間を使ってさらに仕事を増やし、さらにさらに楽しい時間を削ってる。楽しいことってたいてい非効率で、生産性が悪い。例えば、手作りってまさに生産性が悪いよね。でもそれが楽しいという人も多い。生産性や効率を高めるって、何か矛盾している。ぼくは、なにかおかしいと思う。
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カイのひとり言(2)

ぼくが散歩してると、「公園内に犬を入れないでください」といった看板を目にする。禁止されているのは公園に犬が入ることだけじゃない。公園でのボール遊び、ローラースケート、ローラーボード、大きな声を出すことなどなど。「ダメ、ダメ、ダメ」のオンパレード。区役所に苦情が1件でも入ると、その対応として禁止看板。この安易な解決策、短絡すぎないか?人間は高等な頭脳をもつ動物としてキャラクタライズされるのに、人間の特徴である高等頭脳をちゃんと使って問題解決してほしいものだ。今じゃ都会の子は、スポーツクラブにでも入らない限り、自由に空き地でボール遊びもできないらしいし。禁止する前に、みんながもっとハッピーになるやり方で対応策を考えることはできないのか。犬だって公園に入りたい。人間と一番長く共生してきた動物で、野良としての生きることが許されない日本で、人間によって改良されてきた動物のことももう少し考えてほしいものだ。
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カイのひとり言(1)

※このブログシリーズは、ポメラニアンのカイの目線で記載します。おかあちゃんが録画したまま観ていなかったTV番組(『シリーズコロナ危機 グローバル経済 回復力の攻防戦』)を見ていたら、「第8章 不確実性の渦の中で」の途中、ケインズの『ハロッドへの手紙』が引用されていた。‟経済学は本質的に道徳学であり、自然科学ではありません。経済学は内省と価値判断を用います。・・・それに加えて、動機、期待、心理的不確実性を取り扱うのです”ぼくは、経済学って科学だと思ってたのでビックリしたけど、すぐになるほどなと納得してしまった。確かに、この20年弱の間に「行動経済学」の理論で、2002年のダニエル・カーネマン、2013年のロバート・シラー、2017年のリチャード・セイラーと、3人がノーベル経済学賞を取り、それまでの合理的人間をモデルに考えていたクラッシックな経済学とは違う、感情のある人間の「あるある行動」をモデル化した理論が主流となってきている。経済学の本質は道徳学、ケインズ先生は改めて凄いなぁと思った次第。犬もやっぱり合理的には行動しない。その時の感情やその場の雰囲気、相手とのことを考えて行動するよ。
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カイのひとり言(4)

少し前まで、遺伝情報の大半は意味のない無駄なもの(ジャンクDNA)だと言われていたけど、今ではそのジャンクDNAこそ、いろんな情報の宝庫であることが分かってきている。同じような話で、昔は見向きもされなかった腸内細菌の重要性も昨今は声高に叫ばれるようになってきた。そして宇宙の大半を占める、ダークマターも、意味のない無駄なものなどではなく、宇宙創生に関わる謎の解明に非常に重要なものであると言われている。世の中、不要・無駄と思われていたものが、実は重要だったという話は意外と多い。そう、ぼくたち、ワンコをはじめとするペットも、不要・無駄なものなどではなく、人類を救う重要な生き物なのである、わん!
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