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境界線を引くのに罪悪感を感じる時は

こんにちは、松河沙奈(まつかわ・さな)です。ココナラさんで占いや相談のお仕事をしながら、ブログでは「人生をちょっとラクにするヒント」を綴っています。この記事は、「いつも誰かに頼られる。嬉しいけど、時にそれが負担になってしまう…」そんなあなたに届けたくて、書きました。きっかけは、ある人とのプライベートでのやり取りから。最近知り合った、付き合いとしては浅い方。決して悪い人ではないんです。むしろ、優しくていい方。とても悩んでおられて、私も「何とか力になりたいな」と思いました。だから毎日毎日、夜中も早朝も、何通ものメッセージのやり取りをしていたんですね。──本当に苦しい状況の中で、誰かに話を聞いてほしい。理解してほしい。寄り添ってほしい。その気持ちは、私にもよく分かります。でも……私自身にも日常があり、体力や時間には限りがあります。睡眠を削りながら続けるラリーに、少しずつ気持ちや体力が削られていきました。そして、ふと気づいたんです。「これは“頼られている”というより、“依存されている”状態かもしれない」心の奥に、モヤモヤが残るようになっていきました。「頼る」と「依存」の違いってなんだろう?私なりに考えてみて、ひとつのキーワードが浮かびました。“エネルギーの循環があるかどうか”頼るって、すごく大事なこと人は一人では生きていけません。困ったときに誰かを頼るのは、とても自然で健やかな行為だと思います。“甘える”という言葉にも、優しさと信頼が含まれているような気がします。でも、それが一方通行になったとき。相手の状況やエネルギーを無視して、ただ「なんとかして!」としがみつくような形になったとき─
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ごきげんでいることは“癒しの技術”──水鏡の法則

ごきげんでいることは“癒しの技術”──水鏡の法則 はじめに 私、松河はココナラさんで占いや人生相談をお仕事としています。 先日、「もし自分が相談する立場だったら、どんな人に話を聞いてもらいたいかな〜?」と考えていたときに、ふと気づいたことがあったんです。 今日はそれをシェアしたくて、この記事を書いています。 --- 「ごきげんな人」に話を聞いてもらいたい もし松河が相談するなら、こんな人がいい: ・優しい人(受け止めてくれそう!) ・穏やかな人(なんでも話せそう!) ・柔軟に合わせてくれる人(思わず本音が出ちゃう!) ・ニコニコしている、口角が上がってる人(快く話を聞いてくれそう!) などなど、いろいろ出てくるけど……結局のところ、一言で言うと、 **「いつもごきげんな人」がいいなって思いました。** イライラしてる占い師、プリプリ怒ってるカウンセラー……いや、そういうタイプが刺さる方も中にはいるかもしれませんが、私はちょっと……ね😂 イライラしてる人のそばにいると、自分もなんか落ち着かなくなったりしません? 怒ってる人の近くって、できるだけ距離とりたくなりますよね。 ---  水鏡とは?──感情は共鳴する仕組み これって実は、感情には“共鳴する仕組み”があるからなんです。 たとえば…… ・誰かが怒ってると、こっちもピリッとしちゃう ・誰かが泣いてると、つられて胸がギュッとなる ・誰かがニコニコしてると、自然とこちらも笑顔になる これ、脳内で“ミラーニューロン”っていうカッコイイ名前の神経細胞が働いてるからなんですね。 (中二っぽいけど、ほんとにあるんですよ!) さらにやっかい
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寄り添いすぎて見失っていた“私の気持ち”――境界線は、自分と誰かを守る「見えない優しさ」

こんにちは、松河沙奈(まつかわ・さな)です。ココナラさんで占いや相談のお仕事をしながら、ブログでは「人生をちょっとラクにするヒント」を綴っています。今回は、「優しさ」の中にひそむ“自己犠牲グセ”についてのお話です。「寄り添いたい」と「応えすぎてしんどい」のあいだで最近、境界線を引いたことについて記事を書きました。期待や要望に応えたい気持ちって、たしかにあるんですよね。でも──正直、キャパオーバーでしんどくなってしまうこともある。そんな中で、ふと気づいたんです。「あれ?私、“寄り添う”ことと“自己犠牲”をごっちゃにしてたかも…」「レッツ深掘り」発動しました。どうして自分を削ってまで、相手に合わせようとするんだろう?どうして“ガッカリされたくない”って、あんなに怖かったんやろう?思い返してみると──私の“合わせグセ”“自己犠牲グセ”の始まりは、母との関係だったように思います。“水鏡が濁るのは、寄り添いと自己犠牲を間違えてるとき。”私は昔から、人の気持ちを敏感に察するタイプでした。でもそれって、「自分の気持ち」と「相手の気持ち」の境界線があいまいだっただけかもしれません。特に母との関係では、「母の気分=自分の気分」みたいに、完全に一体化してたんですよね。「人の気持ちを感じすぎて、しんどい」そんなふうに悩んでいた頃の私は、きっと、“自分の感情”の居場所がなかったのかもしれません。今はこう思います。“相手のごきげんは、相手の責任”。自分に余裕があるときだけ、そっと手を差し伸べたらいい。その方が、ちゃんとした「助け」になりますよね。自己チェックのための3つの問いかけ✔️ 誰かのために何かし
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ごきげんな自分を守る境界線──「水鏡が荒れる前」にできること

こんにちは、松河と申します。ココナラさんでは、占いや人生相談のお仕事をしながら、時に「誰かの小さな相談役」になることもあります。お仕事としてのご相談はもちろんのこと、時にはプライベートでもちょこちょこ頼られることがある私です(ありがたいことに)。ただ、何件か重なると、どうしても生活や他のお仕事に影響が出てしまうことも…。頼ってもらえるのはすごく嬉しい。でも、どこまでを大切にするか、どう線引きするか──それは長年の私のテーマでもありました。この記事は、 「いつも誰かに頼られる。でも、それが少し重たく感じてしまうこともある…」そんな方に、そっと寄り添うような気持ちでお届けします。テーマはずばり、「ごきげんな自分を守る境界線」について。 🌸 ある日のこと ある朝、とあるリピーター様から有難いことに、「待機されてないけど、今すぐ相談したいです」とメッセージをいただきました。 私はすぐにお返事を送りました。 「準備しますので最短15分後にお電話できますよ。もしよければご検討くださいね😊」 それからお返事を待っていたのですが…… しばらく経っても返信がなくて。 「何かあったのかな?」と心配になりながらも、 50分を超えたあたりで、だんだん「どうしよう、どうしよう…」と心がザワザワしてきました。 その日は、週に一度のお楽しみ──「お弁当屋さんの出張販売」がある日! そして、他のお客様のご依頼をお受けせず、ひたすら待っている私。出発時間も近づく中、「どうしよ、どうしよう…」と迷う私。 🤔以前の私なら… 返事が来るまでひたすら待つ(お客様のために)お弁当も諦める(しょうがない)他のご依頼も受けな
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