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履歴書に書けない経験の扱い方

履歴書に書けない経験が確かにあった――そう感じていても、いざ言葉にしようとすると、胸の奥が少しだけ固くなる。「うまく言えなかったらどうしよう」「正しく語らなければいけない気がする」「いまさら掘り返しても仕方ないのではないか」そんな思いがよぎり、手が止まる。それは、決しておかしなことではありません。むしろ、自分の経験を大切にしてきた証かもしれません。*いきなり物語にしなくていい無理に「整理された説明」をつくらなくても大丈夫です。長い文章でなくても、きれいにまとめられなくてもいい。まずは、たった一つの言葉だけでも十分です。それは完成された答えではなく、種のようなもの。あとから芽を出すかもしれない、小さな入り口です。たとえば――感情の一語記憶にいちばん近い感情を、一つだけ。「悔しかった」「疲れていた」「誇らしかった」「やりきった」「置いていかれた」説明はいりません。理由づけもしなくていい。ただ、その一語をそっと置いてみる。役割の一語自分が担ってきた役割を、一つだけ。「つなぎ役」「調整役」「支え役」「黒子」「守り手」履歴書には書けなくても、あなたの働き方や生き方を映す言葉かもしれません。風景の一語記憶を象徴する風景を、一つだけ。「深夜のオフィス」「冷めたコーヒー」「誰もいないホーム」「家族の寝顔」「静かな会議室」その言葉が呼び起こす情景のなかに、あなたの経験は静かに息づいています。*なぜ「一語」でいいのか完璧に語ろうとすると、言葉は遠ざかります。「正しく書かなければ」と思うほど、何も書けなくなる。けれど、一語なら――立ち止まらずに済む。小さく頼りないようでいて、あとから大きな意味を運ん
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がんばってきたのに、“語る言葉”が残っていない

忙しい日々のなかで、私たちは振り返る時間をほとんど持てませんでしたよね。目の前の仕事を回すこと。生活を守ること。誰かの期待に応えること。それだけで精一杯だった――という人は少なくないはずです。気がつけば年月が過ぎていて、ふと立ち止まったときにこう思う。「私は、何をやってきたんだろう。」その問いに、すぐ答えられない自分がいる。それが、どこか心に引っかかる。なぜ言葉が残らないのかそれは、能力がなかったからでも、経験が薄かったからでもない。ただ、言葉を用意するための余白がなかっただけなのかもしれません。日々はあまりに慌ただしく、「今日は何を感じたか」を書き留める時間も、「自分は何を大切にしているのか」を確かめる時間も、多くの人にとっては「贅沢」でした。評価されるのは、数字や肩書きや成果ばかりで、あなたがどんな気持ちで働いてきたか、どんな葛藤を抱えてきたかを語る言葉は、ほとんど用意されていなかった。だから、「何もしてこなかったわけじゃないのに、何も語れない」という感覚だけが、ぽつんと残る。それでも経験は、ちゃんとある言葉になっていないだけで、あなたの経験は確かに残っています。上司に認められなくても現場を回し続けた記憶。家族のために飲み込んできた気持ち。転職したくても動けなかった事情。そうした記憶は、履歴書には書けなくても、あなたを形づくってきた大切な時間です。ただ――それを「うまく説明する言葉」が、これまであまり用意されてこなかっただけ。ここでは、まだ整理しなくてOKこのシリーズは、「今すぐ言葉にしよう」「きれいにまとめよう」と迫る場所ではありません。言葉が出てこない自分を責める必要も
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履歴書に書けない経験を、どう扱うか

言葉にならなかった経験は、どこへ消えていくのでしょうか。履歴書に書けないものは、「なかったこと」になるのでしょうか。前回は、「がんばってきたのに言葉が残っていない」という感覚について書きました。では、その経験そのものは、いまどこにあるのか。今日はそこに、そっと目を向けてみたいと思います。*履歴書に書けない経験は、どこにあるのか私たちはつい、こう考えてしまいがちです。「履歴書に書けないなら、たいした経験ではなかったのかもしれない」「数値や肩書きにならないなら、価値はなかったのかもしれない」でも、それは本当にそうでしょうか。履歴書に書けない経験は、たいてい次のような形であなたの中に残っています。見えない実務の記憶上司に認められなくても現場を回し続けた判断。誰も気づかないところで整えた段取り。トラブルの芽を、静かに摘んできた時間。飲み込んだ気持ち家族のために飲み込んできた不満。自分の希望を少し後回しにした決断。怒りや悔しさを、外にぶつけず内側で受け止めてきた力。選ばなかった道転職したくても動けなかった事情。安定を優先した選択。「挑戦しなかった」ように見えて、実は熟慮の末に下した判断。これらはどれも、履歴書には載りにくい。でも、あなたを形づくってきた大切な時間です。*「価値がない」と感じてしまう理由なぜ、こうした経験が見えにくいのでしょうか。それは多くの場合、あなたの問題ではありません。社会の評価軸と、あなたの経験の質が合っていなかっただけです。数字や成果物、役職名は、測りやすいものです。だからこそ、評価の場に並びやすい。一方で――・人を支え続けた力・現場を回した判断・家庭と仕事のあい
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「語れる経験がない」と感じるとき

自己PRや職務経歴書を考えているとき、「自分には語れる経験がない」と感じてしまうことがあります。特別な実績があるわけではない。胸を張れる成功体験も思い浮かばない。何を書けばいいのかわからない。こうした感覚を抱く方は少なくありません。けれど、この「語れる経験がない」という感覚は、事実とは少し異なる場合があります。経験がないのではなく、切り出し方が見えていない多くの場合、問題は経験の有無ではありません。日々の仕事や生活の中で、何らかの判断や工夫、対応を行ってきていることがほとんどです。ただ、それを「経験として認識していない」だけ。・当たり前にこなしていたこと・特別だと思っていなかった行動・自然に続けていた役割これらは自分では見えにくくなります。「語れる話=大きな成果」という思い込み語れる経験がないと感じる背景には、一つの思い込みが潜んでいることがあります。それは、「立派な実績でなければ語れない」という前提です。けれど実際には、評価される材料は必ずしも派手な成果だけではありません。・安定して続けてきたこと・繰り返し任されていたこと・周囲との関わりの中で果たしていた役割こうしたものも十分に語れる経験です。記憶は「事件」だけを残す傾向がある人の記憶は、目立つ出来事や大きな変化を優先して残します。一方で、問題が起きなかった日々大きなトラブルのなかった期間淡々と続いていた仕事こうした時間は記憶に残りにくいものです。しかし実務の世界では、むしろこの「何も起きなかった状態」を維持する行動こそが重要になります。まずは評価ではなく観察から始める語れる経験がないと感じたときは、無理に強みを探そうとする
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「会社やめたいなぁ~♪(退職代行?)」

「退職願を書く^^;」「あ~っ。もう会社行きたくないよぉ~!」・・・「は?キミどうしたの?」・・・「え?何だかダルイのっ。^^;」・・・「はぁ?ダルイから会社行きたくない」・・・「はい。もう限界かな~♪もうイヤっ」・・・「まだ、入社半年じゃん。ダメじゃん」・・・「もう、かなりガンバッタんですよ~」・・・「あ~、そう。じゃ、もうやめるの?」・・・「はい、だけど、会社には言いにくい」・・・「はぁ?なんだって?すぐに会社にい        わないとダメじゃん。」・・・「そうなんですけど、なんだかはずかし    いの^^;」・・・「恥ずかしいとか言ってる場合じゃない    よ。早く言わないと次の仕事にも影響    でるだろ~!?」・・・「はい。だから退職代行を頼んだんです」・・・「ほぉ、退職代行って、大丈夫かい?」・・・「まあ、数万円かかりますけど、安心し    て退職できますし、もう頼んでます。」・・・「あ~。そう。それじゃ~しょうがない」・・・「もう、後の処理は今日連絡していただ    いていますので、もう自分のデスクの    残存物を整理してもって帰るだけです」・・・「なんか、早いねぇ。じゃ、退職届もあと    の離職票とかもすでに処理済みかな?」・・・「はい。もうあとは自動でスイスイ。」・・・「スイスイって。せめて上司にあいさつ    とかしないの?^^;;」・・・「え~っ。それがイヤだから代行頼んだ    んですよぉ。わかりますか?もぅ。」・・・「あ~。そっか。じゃ、もうOKね?」・・・「はい、今までありがとうございます」・・・「あ、はいはい。ありがとう。でも、次    の仕
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サラリーマンは地獄な稼業と来たもんだ  Copilot版

Q、今の世の中、高度な仕事をしないとまともな収入を得ることができない厳しい時代ですね。バブル景気の頃は「サラリーマンは気楽な稼業と来たもんだ」の最後の時代でした。おまけにこの物価高ですから。 A、本当に、いまの日本は「高度なスキルを持つ人だけがまともに稼げる」ように見える厳しい構造になっていますね。西田さんのように就職氷河期をくぐり抜けてきた世代からすると、なおさら実感が強いと思います。 とはいえ、ここにはいくつか誤解されがちなポイントもあって、少し整理すると見えてくるものがあります。 ■ バブル期は「気楽」だったのか バブルの頃は確かに給与水準も高く、終身雇用・年功序列が強固で、 「会社にいればなんとかなる」時代でした。 でもその裏では、 長時間労働 飲み会・接待文化 転職の自由がほぼない 上司の命令は絶対 という“別の意味での息苦しさ”もありました。 つまり「気楽」だったのは収入面だけで、働き方そのものは今より不自由だった側面もあります。 ■ 今の時代が厳しい理由 現代は構造的に厳しいです。 特に孝治さんがよく分析しているように、氷河期世代は制度の谷間に落とされました。 終身雇用の崩壊 非正規雇用の拡大 企業の教育投資の縮小 実力主義の名のもとに「即戦力」ばかり求められる 物価高で生活コストだけ上昇 これでは「普通に働いて普通に暮らす」が難しくなるのも当然です。 ■ ただし、今の時代にも“逆にチャンス”がある ここが西田さんの強みでもある部分です。 現代は「スキルの幅」や「経験の多様性」が価値になる時代でもあります。 西田さんは 創作(歌・文章・バーチャルアイドル) Web
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就職氷河期世代とリスキリングの可能性

「キャリアの再構築は今からでも遅くない」20年以上前の“スタートの差”が、今も影を落としている「思うような会社に就職できなかった」「非正規での経験が長く、履歴書が埋まらない」「転職市場で評価されない気がして、応募をためらっている」そんな不安を感じている40代・50代の方も少なくありません。いわゆる「就職氷河期世代」にあたる方々は、1990年代後半~2000年代前半の厳しい就職市場を経験し、社会に出る“スタート時点”で大きなハンデを背負ってきました。時代や景気の影響を大きく受けながらも、懸命に働き続けてきたにも関わらず、いまだに「キャリアに自信が持てない」と感じている方も多いのが現状です。今、企業が再注目している「ミドル人材」の価値実は近年、40代・50代の採用ニーズが確実に増えています。・若手だけでは回らない現場・マネジメントや育成経験のある人材の不足・デジタル化や人材流動化による人手不足これらを背景に、「経験」を求める企業が増加中です。また、政府や自治体も「就職氷河期支援プログラム」や「リスキリング助成」などの支援を強化しており、ミドル世代にとっての“追い風”が吹いています。リスキリングとは「新しい武器を持つこと」「リスキリング」とは、社会や職場の変化に合わせて、新たなスキルを学び直すこと。たとえば──・ExcelやWordなどの基本操作をビジネス水準で身につけ直す・事務職希望の方が簿記やPCスキルを学ぶ・IT業界を目指す人がプログラミングやWebスキルに挑戦する・プレゼンや書類作成のスキルを体系的に学ぶ「今さら勉強なんて…」と感じるかもしれませんが、今の学びは“今後の安心材
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【有料級!管理職必見】第3部 日本企業の構造的弱点はどこにあるのか。

はじめに 第2部のような元に戻ることが考えづらい経営環境下となっていても、これまで会社を支えてきた経営者や管理職はこれまでの成功体験が忘れられない。このため、無意識的に正常性バイアスが働き、思考の転換が図れず、現状を維持しつつ難局を乗り越えようと考えるものである。  しかし、これらは企業文化や組織及びシステムを硬直化させ、見えないところで負債が貯まっていくこととなり気づいたときには既に手遅れとなる可能性が低いとは言い切れない。これらの組織内の問題は最終段階の一片として見え始めている。  まずは、このような引き締め環境下において、先行きの不安定さを嫌う経営者は、企業の内部留保を使うことを嫌う傾向があると考えられるため、利益を生むリソースを増やすために、短期的には管理職(管理監督者)にしわ寄せするような構造となっている可能性が高い。これは、近年の問題である管理職のなり手が不足している状況と整合している。  特に、そのような状況でも転職が困難と感じている就職氷河期世代が近年の雇用研究の中では特に被害を受けている状況にあると推察されている。  これらの仮説を深掘りすると共に政府がこれらに対してどのように対処してきているかを考察する。 全部で4部構成となっています。  ・第1部 厳しい経営環境に置かれる日本企業について  ・第2部 経営環境は今後、緩和的な状況に逆戻りするのか  ・第3部 日本企業の構造的弱点はどこにあるのか  ←イマココ!!  ・第4部 構造転換がもたらす未来像と管理職における千載一遇のチャンス 1. 仮説の蓋然性についての考察 (1) 内部留保の活用を嫌う経営者の行動
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就職

コーチング歴4年のmogomoです。 皆様こんにちは。 ブログを見に来てくださりありがとうございます。 少しでも興味がわいたらいつでもコメントくださいね。 とても励みになります。昨日から、多くのコメントをいただいています。私のブログを読んでいただいている方がいらっしゃると励みになります。ありがとうございます。私もフォローバックをさせていただいております。是非引き続きご覧ください。【過去の話】専門学校を卒業後、すぐに就職をしました。就職氷河期だったので、なかなか採用されず、苦労した記憶があります。専門学校で簿記の資格を取得したので、経理の仕事についたのですが、預けられた伝票が何度電卓をたたいても同じ数字にならない毎日。薄々、「経理に向いていないのか?」と思っていた日々。上司から「明日からで申し訳ないけど、営業に回ってみないか?」と提案がありました。まだ平成初期の話。営業=男性の仕事、キツイイメージがあったのですが、若い私は怖さもわからずすぐに営業へ出ていきました。そこから、営業魂に火が付き仕事が楽しくなり。どうやら、営業に向いていたのですね笑営業に回してくれた上司に「感謝」そこから、職種は変わるもののずーっと営業畑。28年になります!!!多分ですがコミュニケーション能力バイタリティー力は高い方だと思います。私がお役に立てることがあるなら喜んでお話をさせていただきます。お気軽に連絡をくださいね。今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。
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努力が足りなかったわけじゃない

就職氷河期という言葉を、私たちは長いあいだ聞いてきました。でもその言葉は、いつのまにか少し雑に使われるようになった気がします。「運が悪かった世代」「自己責任が強調されすぎた世代」そうやって、ひとまとめにされてきたのではないでしょうか。一方で――実際にその時代を生きた人の多くは、怠けていたわけでも、考えるのをやめていたわけでもありません。むしろ――がんばりすぎるほど、がんばっていたと思います。努力は、確かにそこにあった・上司に認められなくても、現場を回し続けた日々・家族のために、飲み込んできた気持ち・転職したくても、動けなかった事情そのときは、それ以外の選び方がなかなか見えにくい状況でした。少なくとも、そう信じるしかなかった人も多かったのではないかと思います。その結果、キャリアはきれいな右肩上がりにはならなかったかもしれない。履歴書に並ぶ言葉も、華やかではないかもしれない。でもそれは、努力が足りなかったからではありません。*評価のルールが、途中で変わっただけ時代は、静かに、しかし確実に変わりました。成果主義。スピード。自己プロデュース。語れる成功体験。こうした評価軸の多くは、氷河期世代が「耐えること」に全力を注いでいた時代には、まだそこまで求められていませんでした。たとえるなら――ルールが途中で変わったゲームを、同じ地点からやり直させられたようなもの。それを「努力不足」と呼ぶのは、やはりどこか不公平です。*「うまくいかなかった」のではなく、社会のしくみと噛み合っていなかった氷河期世代の多くが抱えているのは、単なる失敗感ではありません。・報われた実感がない・何を積み上げたのかわから
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