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弘法大師様の奇跡(大師はいまだおわします)⑥

(係長のお婆様、あんなに誰とも話さず無表情だったのに、〃お坊さんが来てお経をあげてくれるんよ〃と話してくれてから、だんだん明るくなってきたというところからのつづきです(*´ω`*)) お婆様はとても信仰心のあつい方で、施設に入る前は月に一度、篠栗町という霊場にある南蔵院というお寺にお参りに行かれてました。  お婆様がもうお参りに行けないので、係長とお母さまが代わりに行った時のこと。  お寺に入りかけて 「あ!おばあちゃんが言いよったお坊さん、この人やない?」と係長が指さしたそのお方は。。   お寺に建立されてる、弘法大師様の像でした!(お母様から、これっ!指をさしなさんなっ!と怒られたそうです(笑))   係長がお婆様に、「どんなお坊さんが来るん?」と聞いたとき、こんな格好をしとってね、と話してくれた特徴がそのまま、その弘法大師様だったそうなのです。 これは、おばあちゃんのために弘法大師様がお部屋に来てくださり、お経を唱えご利益を授けてくださったので、明るくなりお話もしてくれるようになったんだ!と、二人でとても感激して、丁寧にお礼を申し上げて帰ったそうです。  それから数年後、お婆様はご病気で亡くなられましたが、その日までずっと穏やかに施設での生活を楽しんで過ごされてたそうです。  このお話しを聞いて、ハッとしました!つづきます~♡愛する皆さま今日も読んでくださりありがとうございます(*´з`)
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弘法大師様の奇跡(大師はいまだおわします)①

これは、私が母の入院を通じて体験した実話です。弘法大師様が今でも私たち衆生を救い続けてくださってることを知った、感動の出来事です。。端折るのが苦手で、つい長い文章になってしまいました。。何回かに分けて載せたいと思います。拙い文章ですが、読んでいただけたらうれしいです(*´з`) 実家の近く、車一台通れるかくらいの山道を登ったところに水上観音寺というお寺があります。自然豊かな風情のあるお寺で、お祀りしてある仏像の横に、椿やアジサイなど四季それぞれの綺麗なお花が咲いていて、滝の上にはどっしりと貫禄のお不動様が、お寺全体を見守っておられます。 檀家ではないのですが、ご縁をいただき月に一度法要の際は、去年亡くなった母の供養とともに後片付けなどのお手伝いをさせていただいてます。  なぜご縁をいただいたかと申しますと。。私が母の病気が治るようにと何度もお参りに来ているのをみて、優しいお寺の奥様がお声をかけてくださったのがはじまりです。  私の母が脳梗塞で倒れたのが一昨年の夏でした。兄がすぐ発見して救急車を呼びました。 運ばれた大学病院で手術を受けました。母は91歳と高齢で、90代の方には普通は手術はしないとのことでしたが、母は比較的しっかりとしていたし発見が早かったので、特別にしていただけたとのことでした。 太ももの付け根の大きな血管からカテーテルを入れて、画像をみながら脳まで届けて、詰まっている血栓をカテーテルの先につけた網で回収するのだそうです。 これを執刀医の先生からお聞きした時、神様だとおもいました。日本の医療って素晴らしいし、こんな治療を受けられるなんて本当に幸せなことだと思いま
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弘法大師様の奇跡(大師はいまだおわします)最終回(*'ω'*)

(お婆様の所に来てくれたお坊様は、お婆様がお元気な時に、毎月お参りに行ってたお寺の弘法大師様像だったんだと気付いたお話しを係長がしてくださったとこからのつづきです(*´ω`*)) このお話しを聞いて、ハッとしました! 水上観音寺の入り口にも弘法大師様の像があるのです!  そうか。。。弘法大師様が母の病室に来てくださったんだ。。。なんてありがたい。。  感激と感動で胸がいっぱいになりました。。 菅笠をかぶり杖を持った弘法大師様が、母の病院まで歩いて行かれてるお姿が目に浮かび涙が出ました。 さっきまで悲しみと心配で胸が張り裂けそうだった、母の(お坊さんがいる)発言が、こんな奇跡に変わるなんて。。。  弘法大師様の愛はこの世界に満ちていて、心から祈れば必ず助けてくださるんだ。。と思うと、瑞々しい感動と喜びと希望の光が体の中から湧き上がってくるようでした。。  そして、私の泣き言と、お婆様の弘法大師様のお話を結び付けてくれた係長にも感謝の気持ちでいっぱいでした。。  このお話しに興奮して(笑)すぐ水上観音寺の奥様にお話しに行きました。  奥様も「鳥肌が立ちました!寿命が5年は延びたわ!」と感激されてました。。 母はそれから徐々に体は動かなくなっていきましたが、亡くなるまでの約10か月、穏やかに前向きに過ごし、私に最後の親孝行をさせてくれました。。 母が亡くなる日も、いろいろな偶然が重なり、病室で二人きりで過ごすことができました。。 抱きしめながらたくさんの感謝の気持ちを耳元で伝えました。母は穏やかに旅立ちました。  こうして私の胸の中に母を抱き、母を見送ることができた幸せも、弘法大師様
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弘法大師様の奇跡(大師はいまだおわします)③

 当時コロナがまだまだ脅威で、病院では面会を一切させてもらえませんでした。洗濯物などを渡す時に、母へのお手紙と、生花は禁止だったので造花で作った小さなブーケを一緒に持っていきました。 それと、電話を2台持っていき、1台を看護師さんにお渡しして母のベッドに持って行ってもらい、ほんの少し母と会話をさせてもらってました。顔が見れないので、本当にその時間が楽しみでした。 私は電話で母の声が聞けるのが嬉しくて嬉しくて「おかーさーん!おかーさーん!きたよ~♡♡♡」とテンションMaxで話すのですが、母は「あ~。。。もう話すのやめようか。。」と。早々に電話を切られてしまい、電話を持って帰ってくれた看護師さんから「お母さん寝起きでぼんやりしてたのかなあ。」などと慰めの言葉をいただきながら、悲しくなりながら帰ることが多かったのです。       手術後に誤嚥性肺炎をおこしたり、輸血をして熱が出たり、2か月くらいたっても体調が安定しない日が多かったからしかたないのですけど。  でも、ある日。。いつものように母とお電話したときの会話 私「おかあさん♡今日は熱ある?どこか痛いとこある?」 母「今日は熱はないよ。痛い所もないよ。」 私「よかったーーー!お母さんすぐそこにおるのに会いに行けんとか悲しい。。お母さんの傍に行きたいよぉ。。」 母「おいでおいで~。」 私「コロナの関係で傍に行かれんのよ。。お母さん!退院したらみんなでお祝いしようね!お母さん絶対大丈夫やけん!お母さん大好きよ!」 母「お母さんもよ。」 私「!!!!!うれしい!ありがとうお母さん!」 と、いつになく言葉がよく出てたし声の感じも明るくて
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弘法大師様の奇跡(大師はいまだおわします)⑤

(母が病院で、お坊さんがいると言ってたこと。私の上司に話したら、それは絶対良い知らせ!って自信もって言われ、お婆様のお話しを。。からのつづきです(*´ω`*)) 係長のお婆様はもともと、とても明るく、良く笑う社交的な方でした。「ありがとうとごめんなさいをきちんと言える人になってね」というお婆様の教えは今でも胸に刻まれていて守ってるそうです。いつも家族に愛情をそそぎ、太陽のような存在でした。  そのお婆様が急に全く家族と話しをしなくなりました。 そして、「砂がこぼれるから。。」と、一生けん命首の付け根を押さえてたり、表情も無くなっていき、以前のお婆様とは明らかに変わっていきます。。    そのうちお庭で転んでしまってたそうで、昼間誰もいないお家でお婆様一人で過ごすのは危ないので、施設に入ることになりました。 施設に入ってから、係長とお母様で面会に行ってもお婆様は全く無表情。お二人でコントなみにネタを練り、お婆様を笑わせようと面会にいって披露しても、全く無表情。。無言のまま部屋に戻っていかれてたそうです。 ある日お婆様が「部屋に若いお坊さんが来てお経をあげてくれるんよ。」と面会の時に言ったそうです。施設でそんなサービスがあるのかと思って職員の方に聞いてみても、そんなことは行っていないとのこと。  その日からお婆様はだんだん表情があかるくなってきました。今まで部屋に籠りっきりだったのに、他の利用者さんや施設の職員さんとも交流しだして、レクレーションなども楽しんでいました。 つづきます~♡愛する皆さま♡いつもよんでくださりありがとうございます(*´ω`*)
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弘法大師様の奇跡(大師はいまだおわします)④

(いつもきつそうに電話もすぐきってしまう母が、その日はいつになく明るくお話ししてくれ、幸せいっぱい  からの続きです(*´ω`*)) 嬉しくてふわふわしながら帰りかけると、担当のリハビリの先生がちょうどこられ声をかけてくださいました。  「お母さん、今日は顔色も良く調子良かったみたいですね。リハビリ室に車いすで連れていく時、脇にお札(水上観音寺のご住職様が下さった病気平癒のお札 20cmくらい)を挟んで行こうとするので (そんな大きいの折れ曲がりますよ)と言うと、小さなお守りをしっかり持っていかれてました。 そういえば。。ずっと寝てばかりいるから仕方ないのでしょうが、時々わからないことをおっしゃいます。 (お坊さんがおったよ)と。(ここは病院ですからお坊さんはいませんよ。しっかりしないと娘さんが悲しみますよ!)と言うと(ああ。。ごめんごめん)って言ってました。」 などと話してくださいました。  帰ってから、「お坊さん」というのが気になりネットで検索してしまいました。 いろいろありましたが、生死にかかわる出来事があるかも  とか。。   ネガティブなことばかりが出てきます。 やっぱり  お坊さん=お葬式 なんでしょうか((+_+)) お母さん死期が近いからそんなの見るんやろか。。と背中を凍らせながら、翌日仕事に向かいました。  当時の私の係長さんは、私よりも年下ですがとても頼りになるし熱いハートと優しい心をもった素敵な女性。 笑いのセンスも抜群で、いつもお腹どころか背中の筋肉が痛くなるほど笑わせてもらってました。 母が倒れた時からとても心配してくれていて、母のことでお仕事お休みさ
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弘法大師様の奇跡(大師はいまだおわします)②

 母が入院した時に一番にお参りに行こうと思ったのが水上観音寺です。なぜかというと、母が私を産んだ時のお話しなのですが。。   高齢出産だったこともあり難産で。お腹にばい菌が入ったようで、私が産まれた後腹膜炎をおこし意識不明になりました。   懸命に治療してもらいましたが意識は戻らず。。県外の親戚は喪服を持って来ていたそうです。 たまらなくなった父が、一人で病院を抜け出し水上観音寺に向かい、本堂に入らせてもらって、必死で「助けてください」と祈りました。  1時間くらいたち、なんだかとてもすっきりした気持ちになり、病院に戻ると。     なんと母の意識が戻っていたのです!  というのを幼い頃父から何度も聞いていたので、真っ先にお参りに行きました。 私も本堂に入らせていただき、母のことを一生懸命祈りました。  熱が出たときや、主治医から「積極的なリハビリは心臓に負担がかかるのでやりません。もとの生活には戻れません。」などの悲しいお話を聞いたとき。。    何かある度すぐに水上観音寺に行って祈り、優しい奥様やご住職さまにお話を聞いていただき、時には泣いて。 帰る時には癒され、心は穏やかになっていました。。愛する皆さま♡まだまだ弘法大師様出てきませんけど、どうかお付き合いください(*´з`)続きます~♡ 
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