恋愛と出会い1-3の相性、自分の天性の星があつて、その出会いへの欲望があって、雑多な交流の中から歯車の合う人がピックアップされる。したがって出会いを求める人は引きこもりでネットも使わないというのはうまくない。常に交流を求め、どこかの窓口を開いておかないと出会えない。しかし軽い気分で遊びまわってもろくな出会いはない。したがって慎重さと自分スタイルを維持したまま、出会いに備えるということになる。
実はこの出会いというのは恋愛だけではない。ビジネスは常に新しい取引先を探しての出会いである。ビジネスでは、ともに利益を分け合う、欲しいものを提供する。自分のものを欲しがらせる。などの仕掛けと欲望が渦巻いての出会いだ。
もちろん詐欺師たちは、ありもしないものをあるように見せて売りつけるなどの不正な出会いを求めているから、そんな出会いの星の来る時を見ておけば犯罪被害の予防時期も分かるわけだ。
出会いだけは、不思議なもので、個人の努力ではどうにもできない・・・・そのような論もある。したがって神仏に帰依して祈りなさいという教えもある。当然、出会いには、自分の生活範囲内でしか出会えないという限界がある。たとえネットで砂漠の中の異国人と知り合えても、何の下積みもなくどちらかが、異国に行ってともに暮らすという決断にはまず至らない。その生活圏はどこまでかという範囲なのだが、「二婚三婚の命」7人に一人の星を持つ人がそれを抑える星を持つパートナーと出会う確率はおよそ5-7人に一人の解除の命を持つ人と出会う、まあ天が用意したほかの人ではだめですという運命の組み合わせのようなものだろうか。
付け加えれば、「二婚三婚の命」を持つ人は奔放な遊び人でない場合が多い。まったく行動や外見から予想つかない場合があるが、会話の中に片鱗があるので占い師なら問答しているとわかる。
また相手に「解除の命」がなくとも本人の努力で回避している人々も多い。この本人の努力というのは多くの場合社会的成功に結び付いているから、「二婚三婚の命」を嘆くべきか奮起すべきかわかるのだが、嘆く人は、それだけ結婚に依存しているので自立心から養わないといけない。
また「命」は生まれた時の「星」とほぼ同義で用いるが、「命」といった場合、生年月日だけでなく国出生地などを加える。命と星は「性格」に現れるが、その性格が変化することを含み、今は性格に表れていないこともある。
さて猛悪のパターンについて出会い次第の幸不幸、そして相性に関しては、金與禄や禄馬などと表される吉星のある人との縁も欲しいだろう。結婚生活を楽しくする性格やそんな行動力を持つ人との縁は自分もそのような行動をした時に生まれる。今はインターネットもあるので、思わぬ行動をまわりに影響されず行うこともできる時代なので、使えるものを駆使して探してほしい。