このタイトルを読んでドキッとした方、いらっしゃるんじゃないでしょうか。
日本は出る杭は打たれる文化で、周りに合わせることを期待されて育つので、
そのうち自分について分からなくなってしまう、はあるあるだと感じています。
【自分の求めているものが分からない例:ファッション】
自分のファッションについて思い返してみると、これはかなり納得するところです。
思春期になり人と自分を比較するようになってからは、私はとにかく周りに合わせることに必死でした。
オシャレがまさに典型で、流行っているものを入れる(私の場合は寧ろ、流行っていないものを入れないようにする、に必死でしたが笑)
無難な色や形でとにかく”人が見ておかしくないコーディネートをすること”に、かなりのエネルギーを使っていました。
思春期を過ぎた頃から、少し落ち着いて工夫してみるようになりました。
より明るい色や柄を着てみたり、普段とは違うファッションをしてみたり。
雑誌などで研究して買ったりしていましたが、やっぱり”着られてる感”が抜けず、また、どういう服が好きなのか、似合うのか自分でもよく分からなくなってきました。
随分大人になってからですが、相変わらずパッとしない自分のセンスに嫌気がさしつつも、下手なんだから努力と投資が必要だと考えを改めました。
最短で完璧なものを見つける道を諦め、何度も試着をすることや、ある程度数を買うことも許すことにしました。このおかげで、自分の体型や似合う形・色が少し分かった気がします。
プラス、店員さんのアドバイスは聞くけれど、しっくりこない場合は断ると決めました。今思うと、これが一番大きかったなと感じます。
売りたがりの店員さんには、「今はこの着方もありです」とか「こういう靴との組合せが面白いです」「お似合いです」などと畳みかけられることがありますが、自分が着ていて気持ち良くないと、結局箪笥の肥やしになるので、買わないことにしました。
これを繰り返しているうちに、自分の好みや自分として表現したいイメージが固まってきて、楽しくなってきました。
店員さんにも、「私は黒はキツくて苦手です」とか「リボンがあるデザインは好みじゃないです」「スカートと合わせたいのですが、この丈はどうでしょうか」、「夏も着られるジャケットを探しているんですが、これとこれだったらどっちが合わせやすいですか」など、具体的に希望や質問を伝えられるようになり、より合うものを提案してもらえるようになりました。
驚いたのは、周りの反応が変わったことです。
高級なブランドでもなければ流行のファッションでもないのに、似合っていると褒められたり、どこで買ったのかと聞かれたりするようになったんです。
【やりたくないことをやめる】
自分が何をやりたいか?を知るためには、”やりたくないことをやめると良い”という意見を聞いたことがありますが。
まさにこういうことなんだな、と実体験を通して感じます。簡単そうに聞こえますが、〝やりたくないこと”の洗い出しが、意外と難しかったりします。
長い間、自分の希望や欲求を抑圧して生きてしまうと、〝やりたくないこと”が麻痺して、気付けなくなってしまうんですよね。
【自分の人生を振り返り、好き・嫌い、快・不快を探る】
今でも、オシャレが得意という訳では全くなく試行錯誤ですが笑、やっぱり自分の好きなことや、快適な状態が分かると、自分らしく生きているという満足感があり、人生が一つ楽しくなるな、と実感しています。
立ち止まって、自分のこれまでの人生を振り返ってみるって大切です。
人から質問を受けてその答えを考えることで、また、それを考えながら人に話すことで、あぁ、あの頃はこういうことが好きだったんだった。いつから止めてしまったんだろう、今の仕事、あの頃は楽しく通えていた。いつからやる気がなくなったんだろう。そう言えば…なんて、考えるきっかけになります。
または、そうか、あの時あの人に出会ってあんなふうに声をかけてもらって、あの行動に繋がり今の自分があるんだ、と納得できたり。いろんな発見があります。
話を聞いてもらったという被受容感、出来上がった自己紹介冊子を見て自分のこれまでの軌跡を感じる、じわ~っとした感慨深さ。
口では説明が限られるので笑、是非一度体験してみてください(^ー^*)