満員電車。周りの反応が変わる!声がけ実験結果について。

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満員電車の悪化から、東京への一極集中を肌で感じるここ数年です。

満員電車では、自分の領域を侵すなよとテリトリー意識が強く感じられる人や、何かあればいつでも反撃するからなという臨戦態勢丸出し、という人も稀にいますが、最近私が多くの人から感じるのは、まるで“私は周りのあなた方を、物として認識していますよ”というような意思表示です。

ドアの外まで乗客で一杯の車内に、意識的に目を逸らして、お尻を向けて乗り込んで背中で無理やり自分を押し込むのも、周りを物として扱えば、良心は痛まない。

正気を保つために自分を敢えて麻痺させているようにすら感じます。そこに気を配るとパンクするので、または一日エネルギーが持たないので、放棄するしかない、削れるものを削るという選択なのかなと考えています。

駅のマナー広告には、音漏れに注意しましょう、順番は守りましょう、大声で話さないようにしましょう、大きな荷物は持ち方に注意しましょう、などありとあらゆるものがありますが、迷惑をかけないようにしましょう、という案内しかないことを不思議に思っています。

保育園児でもあるまいし、いちいちそんな注意が必要か?という意見もあると思いますが、どのみち掲示するなら、迷惑をかけてしまった後にどうするか、も書いたらいいのにと思っています。

というのは、最近電車内で「すみません」という声がけを、本当に聞かなくなったからです。

目を合わせないで荷物で人を押し退けて進む、が正しい乗降の方法なの!?と思うほどで、寧ろ言う方がビックリされるので、遠慮してしまうほど。

以前、読書をしながら電車で移動中の時に、考えさせられた出来事がありました。

満員電車とはいかないまでも、通路は立つ人で殆ど埋まっている状態でした。後ろから「スミマセン」という小さい声が2回程聞こえた時、気付いて振り返りました。

小学校高学年くらいと思われる外国人の男の子が、もう一人の小さな男の子を連れて、通路の両側に立っている男性2人に、声をかけていました。声が小さかったこともあり、気づかれない状態のまま繰り返しお願いをしていました。

その時に、あぁこの子達は、電車の乗り方をこう教えられているんだな、見本とならなければいけない大人が、やらなくなってしまっているなとハッとしました。

進路の邪魔になっていた私の隣の男性は、ヘッドフォンをしており気づいていなかったので、声を掛けて道を譲ってもらったところ、お礼を言いながら去って行きました。

私達の普段の乗り降り方法がこのままで良い訳がないので、改善できないかと実験をしてみました。

特に、降車駅で車両の奥から降りようとする時、通路やドア付近の人達に道を空けてもらえないことが多いので、声がけを変えてみることにしました。

考えた末、降車駅に近づいたところで、誰に言うでもなく「すみません、降りまーす。ありがとうございまーす」と皆に聞こえるくらいの声量で伝え、駅に着いたら「ありがとうございまーす」と言いながら降りるようにしてみたところ。

「ありがとう」という言葉が聞こえると、周りの空気が一瞬変わる感覚があり、動かなかった人が退いてくれたり、既に避けてくれている人も、よりスペースを空けてくださることが多い、と気づきました。

この件をツイートしたところ、10万を超えるインプレッションがあり「なるほどー、この方法やってみます!」という意見もあって、驚きました。

関心がある人も多く、ぶつかる方もぶつかられる方も、お互い何も言わないことについての暗黙の了解を打ち破りたいけれど、“大袈裟にせずに、変に目立たずにサラリとやりたい。その方法が知りたい”という人も、いるのかもなと思いました。

でも、この過密状態の都会では、仕方ない部分がある、とも思います。良心や人間性が正常に機能するためには、環境の余裕が欠かせないと感じます。

かと言ってなす術なしと流されて、理想像を失うことはしたくない。トラブルの際など、傍観者効果を目の当たりにするとハッとします。

この流れに身を任せて、生きる指針をやすやすと失ってはいけない、と自分の中から叫びが聞こえるような感覚があります。

良い例はどんどん取り入れ、悪い例は反面教師としていきたいと思っています。

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