桜の散り際の華やかさ(ヒューマンデザイン的考察)

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コラム
coconalaさんのヘッダー画像は、6年前の4月上旬、東京都北区王子駅付近のとある場所で私が自ら撮ったものです。飛鳥山の喧騒から離れて、ふらり歩いて見つけた風景です。

桜の花びらが目の前を舞い、水面には無数の花びらが放たれている。なんと華やかで美しいことか。

「桜は散り際が一番美しい」という。

一週間ほどで華かに散っていく、“ はかなさ ”があるから桜の美しさは際立つのだ。とある写真家の雑誌の記事を思いだしたのです。

私は、はっとしたのです。 
桜はどう感じているのか。

毎年のように春になるとテレビや雑誌などメディアがここぞとばかりに取り上げ盛り上げます。

一見すると、確かにとても華やかなのですが、
私は常々疑問に思っていたのです。

「桜は歓迎しているのだろうか」と。

私たちは、「満開の桜は華やかで美しい。当然、桜だって大喜びだし、歓迎している」という先入観というか、“思い込み”があるのではないだろうかと。
本当は、どことなく寂しげで痛々しくて、けなげに咲いてはいないのだろうか。

私たちは毎年のように、春になると、それこそ夜もライトアップの桜を見ながら、桜の下で大いに盛り上がっています。

ライトアップされた桜を眺めながら確かに美しいのですが、
「華やかさと何かが違う」と感じたことが、度々あったからです。

「華やかで美しい」と感じたり、
「どことなく寂しげで、けなげで、痛々しい」と感じることもある。
そんなことを考えながら撮った中の一枚です。

私の感情というのは、本当に不思議です。

実は、“これぞ”という一瞬がなかなか狙えず、本当に何枚も撮りました。
桜の花の散り具合と、青と黒のコントラストが気に入っています。

ポジティブと、ネガティブ。これも二元性というのでしょうか。
ヒューマンデザイン的にはどうなのでしょうか。
興味深いです。
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