嬉しいも腹が立つも、すべての主語は自分ということ

嬉しいも腹が立つも、すべての主語は自分ということ

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だから、対するのは相手ではなく自分だと思う。

自分を喜ばすことをもっと増やせばいいし、腹が立ったら「ああ、怒ってるな」と心を見つめ直す。

「またやってしまった」「嫌な心の癖がまた出てしまった」と気づくだけ。子どもが手にした風船を手離すように、怒りをそっと空に放つ。

気負って「ダメだ」「今度こそ直そう」とは思わない。
すべては自然に任せる。

腹が立っても主語は自分だからと、相手を責めない。

大切な人なら変わって欲しいと思うが、そうでもない相手ならどうでもいい。どうでもいいことに心を疲弊させる時間は、私にはもう無い。

それでも直す事柄はある。それは頭で決めること、心を関わらせない。
仕組みを変えたり、システムを変えて相手が間違いを起こせないようにすること、など。この時、自分の感情を絡めないのが大切だ。

頭脳で処理する相手への行動と自分の内なる感情を別物として考える。

「人間関係」とは、人と人の間に存在する感情だと思う。
その人そのものには存在しない。

そんなことをつらつら考えていたら
いつの間にか腹が立ってることを忘れてしまった。

それでいい。
怒りは自分の心と身体を蝕む毒のようなものだから。


世の中には仕事を変えるメソッドや手法が溢れています。
横文字で新しいメソッドが現れると多くの人が飛びつきます。
でも、それがなかなか実にならないのは何故でしょう。 

忘れていたのは、「自分の心に対処する」という考え方です。

行動を決めた後、私たちは「ポジティブ」という言葉で自分も相手も追い詰めていました。心の存在を忘れていました。

行動には心のケアが必要です。

やることを決めたら後は根性で乗り切る、頑張る、ポジティブにという発想を切り替え、その時の「自分の心に対処する」という発想が必要です。

「自分の心に対処するライフスキル」

あなたにとって必要なライフスキルは何ですか?
一度考えてみませんか。




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