おじいちゃんの話とお母さんの話

記事
小説
千年絵本。
お父さんの遺した最後の物語。

私にはなっちゃんという高校生の娘がいる。
なっちゃんは反抗期真っ只中で、何を考えているのかわからない。
学校も休んでばかり、話しかけても無視されるばかり・・・。
大人になりかけで、難しい年頃なのかな?
自分の時のことを思い出そうにも、
高校時代のことなんて、
とうに忘れてしまった・・・。

他にも、悩んでいることがある。
年老いたお母さんのことだ。

今年のお正月に久しぶりに帰省しようとお父さんに電話をした。
なっちゃんが幼稚園の頃はよく孫の顔を見せるために帰省していたが、
なっちゃんが大きくなるにつれて疎遠になってしまった・・・。
中学生くらいになると、孫とはいえ何を話せば良いかお父さんはわからなくなってしまったようだったので・・・。

「来ても良いけどさ、お母さんがなんだかおかしいんだよ」
お父さんは歯切れ悪く、こんなことを言った。
いやな予感がして実家に帰ったら、久しぶりに顔を合わせたお母さんはこう言った。
「どちら様?」

お母さんは、認知症になっていた。
なんでも自分でやろうとする昔かたぎのお父さんは、誰にも相談できなかったのだ。

どうしようかと思ったけれど、
お父さんはお母さんのことを自宅で介護すると言って譲らなかった。

お父さんが、私やなっちゃんに迷惑をかけることはなかった。
お母さんは、どんどん小さくなっていくようだった。
だんだん子どもにかえっていくお母さんを、お父さんはそばで見守っていた。

お母さんは、あまりご飯を食べなくなった。
そして、だんだん眠っている時間が長くなっていった。
お母さんは、もう長くは生きられないのではないか・・・。
そんな思いが胸をよぎったけれども、
私もお父さんも口には出さなかった。

ある日、お父さんは介護疲れで体調を崩してしまった。
病院に行くと、がんが見つかった。
昔かたぎのお父さんは、自分の身体がおかしいと言い出せなかったのだ。

お父さんは入院することになった。
なっちゃんと一緒に会いにいったお父さんは、小さく見えた。

「お母さんに会いたいなぁ」
「埼玉の家に帰りたいなぁ」
お父さんはずっと、病室のベッドでこんなことを言っていた。

お父さんとは何も話せないまま、そのままたったの1ヶ月後に亡くなってしまった。

白いお花の香りの中で、私はお父さんがいなくなってしまったことがまだ信じられなかった。
あの大きかった背中が、もうどこにもないなんて・・・。

お父さんのお葬式には、たくさんの親戚の叔父さんや叔母さんが集まった。
「このたびは・・・」
「急なことで・・・」
そんな言葉が飛び交っている。
泣いている人も多い。
なっちゃんも泣いていた・・・。

「恵子ちゃん、このたびは・・・」
恵太郎叔父さんが話かけてきた。
お父さんのお兄ちゃんの息子さんだ。
恵太郎叔父さんの『恵』の字がいいなと思ったお父さんが、1字貰って私に『恵子』と名付けたのだ。

「たかし叔父さんは、子ども好きの優しい人だったねぇ。なっちゃんの花嫁姿が見たいと言ってたんだけどねぇ」
「たかしさんは、子煩悩だったからねぇ」

みんなで白黒のアルバムをめくった。
「私が新婚の頃は、みんなで毎晩お酒を飲んでいたんだよ」
恵太郎さんのお母さんは、お父さんの若い頃を知っているようだ。

「戦争から生きて帰って来れたから、みんな喜んでねぇ・・・」
「たかしさん、お嫁さんをもらった時は、たいそう嬉しそうだったなぁ・・・」
「戦後は焼け野原だったけど、小学校ができてからは賑やかになってね・・・」

「たかしさんのところにいた赤ちゃんは、あんたかい?」
恵太郎さんのお母さんは、なっちゃんを見て驚いたようだ。
共働きの私の仕事が忙しかった頃、なっちゃんを実家に預けていたことがあったのだ。
子どもって、すぐ大きくなっちゃうよね。
お父さんにとって、私もそうだったのかな?

お父さんは、私たちのことをどう思ってたのかな?

「おじいちゃんは、どうして戦争に行ってたの?」
なっちゃんが、叔父さんたちに尋ねる。
「おじいちゃん、なんでおばあちゃんと結婚したの?」
「おじいちゃん、なんで学校の先生になったの?」
なっちゃんの質問に、みんな困ったような顔をした。

「昔のことだしねぇ」
「たかしさんも、あまり自分のことを多くは語らなかったからね・・・」
恵太郎さんのお母さんがぽつんと呟いた。
「たかしさんと、話せたら良かったんだけどね」

「おじいちゃんのこと、ちゃんと知りたかったな」
そう言うと、なっちゃんは寂しそうに私の手をぎゅっと握った。

数日後──
ポストに大きな包みが届いた。
送り主の名は・・・お父さんだった。

開けてみると、『千年物語』という絵本。
お父さん、いつの間にこんなものを作っていたんだろう?

ページを開くと――
幼い日のこと。
戦争で仲間を失ったこと。
お母さんと結婚した日のこと。
新たな家族が増えた喜び。
学校の子どもたちと過ごした穏やかな日々。

絵本を読んでいるうちに、少しずつ心が癒されていくのがわかった。
自分の死を悟ったお父さんの、遺していく家族たちに最期に伝えたかったこと。
お父さんが私たちを大切に想う愛情を感じ、
自然と目に涙が浮かんだ。
それは、なっちゃんも一緒だった。

それからのなっちゃんは、少しずつ変わっていった。
学校へ行くようになり、机に向かう時間が増えた。
「おじいちゃんみたいな先生になりたい。世界で困っている子どもたちの力になりたい」
そう言って、青年海外協力隊を目指すようになった。

お父さん。
私たちに『千年物語』を遺してくれて、ありがとう。
私たちはお父さんの遺してくれた温かい気持ちを、
これからずっとずっと胸に抱いて歩んでいくことができます。

お父さん、これからも天国から私たちを見守っていてね。

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